同じ異世界にもう一度転移したけど状況は最悪になってました

川島 そあら

第一幕:200年越しの再会編

第1話 シフト・アゲイン

 私がこの世界に来た時、周りには担任の先生と数名の友人のみだった。学校の教室に居たはずなのに、急に白い球体に飲み込まれたと思ったらこのザマである。


与里より明美あけみ華奈かな…」


 気がついた私は友人達が側に居たことに少し安心する。彼女達もそれは同じだった。私達は駆け寄って互いの無事を歓喜する。


「貴女達、走って!!」


 不意に先生の大声で現実に引き戻される。ふと、周りを見渡せばそこは幻想的な世界ではなかった。鋼鉄の武器を持った人や少し変わった生き物達が、一つ目で黒いモヤに包まれた人のような化け物と戦闘している最中であった。


「何あれ…」

「貴女達、何してるのっ! 早くっ…ゲホッ…」


 許容できない光景に硬直した私達を押し出した先生はモヤに包まれた化け物の鋭い触手に胸を一突きされる。


「に、逃げ…て」

「せ、先生? 先生!」


 触手の抜けた先生の胸からは真っ赤な血が流れ出て、小さな水溜りを作るまでに広がっていく。その時私達は思ってしまった、先生は死んでしまったと。


「あ、あぁ…きゃああぁぁ!!」


 突然の出来事に叫ぶ私達を戦場に居る人々は見向きもしなかった。彼等にも余裕は無いらしく、得体の知れぬ私達に関与するよりも目の前の敵を倒すのに精一杯なのだろう。


「皆、逃げるよ! 逃げなきゃ私達も先生みたいに…」


 誰かがそう言った瞬間、私は両手で左右に居た友達の華奈と与里の腕を掴んだ。そして、自然と黒いモヤから遠ざかる方向に、武器を持った人々の間を潜るように駆け出した。


「ま、待って! 明美がまだっ!」


 引っ張っていた与里の言葉で背後を振り返る。明美は置いて行かないでと涙ながらに訴えていた。一瞬戻ろうとするが、明美の真後ろで触手を広げる化け物を一目見ると脚がすくんでしまう。


「嫌っ嫌あぁ!!」


 明美は触手に巻き取られて戦場の奥深くに引っ張られていく。泣き叫びながら遠ざかる明美を見た私は無言で二人を引っ張って走り出す。

 後ろの二人は叫んでいたが、私まで叫んだらもう走れなくなりそうだった。

 転移した場所から300メートルも走った辺りで右手が急に軽くなる。嫌な予感がして首を回そうとすると、聞きたくなかった音が耳に届く。


「与里っ与里ー!!」


 左手に掴んだ華奈の叫びと何かに掴まれているのに軽い右手が状況を知らせてくれる。心の中で謝りながら、涙を流して前に進む。


「何よこれ…夢なら覚めてよ…」


 口から零れたのは絶望だった。更に元々体力の無かった華奈の足取りが重くなり、走っている私と合わなくなってしまう。終いには二人して躓いて転んでしまった。仰向けになった私達は二人して昼なのに真っ黒に淀んだ空を見上げて渇いた笑い声を上げる。


「はは、死んじゃうのかな…私達」

「かもね…何このクソみたいな世界。一般人にはキツすぎるよ」


 起き上がる気力も無く、ただひたすらに理不尽で残酷な世界に文句を言う。ここで死ぬんだと覚悟すると、自然と脱力して気分が楽になる。


「——ねぇ、確認するけど二人とも生きてる?」


 諦めていた私の世界に一滴の言葉が零れ落ちる。それは死を間近にして水平を保っていく私の心に衝撃を与えて波打たせる。目を覚ました先には、明らかに日本人とわかる細い顔立ちの少年がこちらを覗き込んでいた。


「良かった。これで五人とも回収出来そうだ」

「五人?」


 私は。何とも曖昧な表現だが、彼の名前は知らないし話したこともない。ただ顔に見覚えがあったのだ。呑気な会話をしていたら黒い化け物に襲われるかもしれないのに、彼の言葉が妙に落ち着いていたせいか、私は疑問に思った事をふと尋ねていた。


「そう五人。先生と、東明美あずまあけみさんと、海色与里みいろよりさんと、信田華奈しだかなさんと、君『浮津風うきつふう』さん。皆何とか生きててくれて良かったよ」

「嘘…華奈と私以外、皆、皆……」


 とうの昔に枯れたと思った涙が溢れ出てくる。そんな私を見て彼は優しく微笑む。


「本当に無事で良かった…」


 その言葉に安心した私は意識を手放してしまう。

 私『浮津うきつ風』の話はここまで。何も知らぬ一般人が見知らぬ世界の理不尽から逃げた話だ。


 ◇◇◇◇


 ここからは俺『柊木冬馬ひいらぎとうま』の話。200中で、当時やり残した未練を終わらせる話だ。


「五人の内一人でも死なれたらと思うと…ゾッとする」


 安らかに眠る風と華奈の姿に安堵する。既に他の三人は治療して後方の支援部隊に回収させた。残るはこの二人だけ。そんな冬馬の前に、二人を絶望の淵に叩き込んだ諸悪の根源が現れる。


「来た…200年前の未練」


 黒いモヤに包まれた化け物は触手を唸らせてこちらの様子を伺っている。周りは自分達の戦いで精一杯な人しか居ないのでこっちを見ている者など居なかった。

 冬馬は背中に掛けていたショットガンを取り出すと右手一本で構える。


「『石化の魔弾』装填」


 自動で弾は装填されて何時でも発射可能になる。冬馬は痺れを切らした化け物が覆い被さるように飛びかかった瞬間を狙い発射した。空中で被弾した化け物は身体の中心から徐々に石になり始め、最後は芯まで石になると地面に落下して砕け散る。断面まで綺麗に石になった化け物の見下ろした冬馬は風と華奈の二人を両脇に抱えて帰路についた。


「さて、今回の転移は国王辺りが仕組んだのかな? 戻れば説明してくれると良いけど」

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