第98話 追い詰められていく姿
それは、伯爵家に事業と共に帰った私に対し、両親が告げた言葉だった。
「お前は必ず、いつか見捨てられるぞ。サーシャリア」
「そうよ。貴女が無能だと気づいていないから、優遇されているだけよ」
……お礼も、感謝も、私を誇る言葉もなく、両親が真っ先に告げた言葉。
それを言われたとき、私は久々にふさぎ込んだのを覚えている。
……これで、手の平を変えて認めてくれるなんて、思っていなかった。
それでも、何かが変わるんじゃないかなんて、そんな甘い幻想をそのときの私は抱いていた。
だからその言葉は、私の中に深く刻み込まれていた。
そして、王宮にきてからその言葉は、ふとしたきっかけで私の頭に浮上するようになってしまっていた。
──全ては、これで皆に捨てられたら私はもう立ち直れないと言う恐怖から。
「……そんなことあり得ない! 違う、皆は……」
そう呟きながら、私は必死にそんな考えを振り払おうとする。
そんなことを皆がする訳がないと。
なのに、私の思考は止まらない。
絶対に考えたくないことまで、考えてしまう。
即ち、そう断言できるようなことを私はしているのかと。
瞬間、私の脳裏に今までの自身の姿が蘇る。
惨めに王宮に逃げ込み、皆に頼ることしかできない自分。
……その姿はまさしく情けない無能にしか見えない。
そして、そんな人間が見捨てられないなど、どうしていえるのか?
「……っ!」
息が詰まる。
この場から消えてしまいたくなるような不安に、身体がさらに震え出す。
とっさにシーツを身体に巻き付け、両腕で強く抱きしめるが、それで身体の震えが止まることはなかった。
……そんな状態の中、私の目に止まったのは書類の束だった。
それへと、私は震える手をのばす。
まるで何かにすがろうとするように。
「大丈夫、今からでも大丈夫……」
そう譫言のように呟きながら、私は書類をぐしゃり、と握りつぶす。
「私が今からでも価値を示せれば、皆は私を捨てないはずだから……」
そう、私が皆に有用だと示せれば、皆私を捨てることなどあり得ないのだ。
「だから、すぐにでも動けるようにしないと……」
そうして、私は一心不乱に書類を読み進める。
……そうして精神的に追いつめられていることによって、体調が悪くなっていることにも気づかずに。
たった一人の部屋の中、私が一心不乱に書類をめくる音だけが響いていた。
◇◇◇
次回からソシリア視点となります。
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