第70話 乾いた笑み (アルフォード視点)

「はっ? じゃないわよ」


 呆然とする俺に、ソシリアは怒りが隠せない様子で口を開く。


「で、いつまでこんなことを続けるつもりなの?」


「いったい何の話なん……」


「いいから答えなさい」


 ただならぬ様子のソシリアに気圧され、俺の視線が泳ぐ。

 いったいなにが起きているのか、俺には理解できなかった。

 ただ、そんな状態でも一つだけは俺も理解することができた。


 ……そう、ソシリアが激怒していることを。


 最早、怒りを隠す様子もないソシリアは、ゆっくりと口を開く。


「もしかして楽しんでいるのかしら? 思わせぶりな態度で、サーシャリアを惑わすことを?」


 ソシリアの言葉に反応するように、背後にいたメイド……おそらくマリアと呼ばれていた彼女がお盆を振り上げる。

 おかしい、彼女は少し前まで俺に凄く低姿勢ではなかったか?

 なにが起きれば、ここまで敵意を露わにする事態が訪れる?


 混乱する俺に、目だけが笑っていない笑顔のまま、ソシリアは告げる。


「言っておくけど、本気でそのつもりだったら、三発は殴らせるわよ。セインに」


 やばい、これは本気で殺すつもりだ。


 決して、俺も体を鍛えていないわけじゃない。

 いやむしろ、鍛えて多少なりともセインの強さが理解できるからこそ、俺は震えずにはいられなかった。


 ……しかしそう怯えつつも、俺は未だなぜこんなに怒りを露わにされているのか、理解できないままだった。


「……少し、待ってくれないか? 思わせぶりな態度、いったい何の話なんだ?」


「とぼけるつもり?」


「違う!」


 思わず叫ぶと、疑わしそうな表情を浮かべつつも、ソシリアは押し黙る。

 長いつきあいだけあり、俺が本気でそう叫んでいることが分かったのだろう。


 しかし、マリアに通じることはなかった。


「……私はだまされませんよ! あんなサーシャリア様を弄ぶようなことをして……!」


「弄ぶ……? うん、ああ。そういうことか」


 ようやく俺が、自分がなぜ責められているのか気づいたのは、その時だった。

 そう、サーシャリアへのアタックが、弄んでいるように見えるのだと。

 そのことに気づいたとき、俺は思わず笑っていた。

 そんな俺を見て、マリアはその顔を険しいものに変える。


「やはり自覚があったのですね……!」


「いや、違うよ。ただ、とんでもない勘違いをしていると思って」


「勘違い、ですって!」


「ああ、当たり前だろう。……その言い方じゃ、まるでサーシャリアが俺を気にしているみたいじゃないか」


「……っ!」


 その瞬間、初めてマリアの表情から怒りが消える。

 しかし、それを気にすることなく俺は続けた。


「はは、サーシャリアに、この程度で意識してもらえるわけがないだろう?」


 乾いた笑みが口から漏れる。

 正直、あまり言いたくない話ではあるが、彼女にはいっておいた方がいいだろう。

 そう、覚悟を決めて俺は告げる。


「──何せ俺は、婚約の手紙さえ無視されるほど、サーシャリアに意識されていないんだから」

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