第25話 知らぬ事実

 カインから婚約破棄を告げられてから、伯爵家で起きた一悶着。

 その際に両親の怒りを買って家から追い出されたこと。


 そして、その凍える外でカインの会話を聞いてしまったこと。


 その全てを私はゆっくりと、言葉に詰まりながらも語り続ける。

 そうして、語り終えた頃には、私もソシリアも落ち着きを取り戻していた。


 ……にもかかわらず、それからしばらくソシリアは口を開かなかった。

 さすがに私が心配になってきたタイミングになって、ようやく口を開く。


「本当に舐めたことをしてくれるわね」


 憎悪にまみれたその言葉に、私は思わず目をみはる。

 そんな反応を私がとってしまうほどに、ソシリアは怒っていた。

 だが、ソシリアが私の方に向いたとき、その顔に浮かぶのは申し訳なさそうな表情だった。


「……ごめんなさい、サーシャリア。私の対処が甘かったわ」


「対処? 何かしてくれていたの?」


「……そう、それも知らないのね。以前、貴女に王妃様がバッジを渡されたでしょう? あの後、王妃様は貴女がお気に入りの令嬢だと宣言されたのよ」


「う、嘘……!」


「本当よ。貴女は嫌がるだろうから、教えなかったのよ」


 さらりととんでもない事実を明かされた私は固まるが、ソシリアは気にせず続ける。


「まあ、怒らないで。貴女が家で少しでも居心地良く過ごせるようアルフォートが王妃様に頼み込んだのよ」


「……っ!」


 その言葉に、私はなにも言えなくなってしまう。

 生徒会のみんなとは違い、私は取り立てて特別な能力など持っていない。

 王妃様のお気に入りなんて、不相応なのは分かり切っている。

 だが、アルフォートが心配して動いてくれたと知らされては、怒れるわけがなかった。


 ぼつりと、ソシリアが何事かを呟いたのは、そんなことを考えていたときだった。


「……どうして断ったのかしら」


「……何よ?」


「いえ、何でもありませんわよ」


 わざとらしく含みのある言い方で、ソシリアは目をそらす。

 それに何か言おうとするが、その前にソシリアは話を再開した。


「とにかく、おかしいのは今もサーシャリアが宣言について知らないことよ。……もしかしたら、そのせいで伯爵家の扱いが悪化したのかもしれないわ」


 その瞬間、ソシリアの顔が曇っていく。

 咄嗟に、私は否定する。


「そんなことないわ。実家に戻ってから、顧客の私に対する態度が明らかに変わっていたもの。そのときは分からなかったけど、間違いなく宣言のおかげだわ」


 実際、それは本当のことだった。

 確かに家族のあたりは酷かったが、それ以外の人間、顧客の貴族や商人は優しかった。

 それを心の支えにして、私は今まで頑張ってこれたのだから。

 ……まあ、一番の心の支えだったカインは、私を利用していただけだったが。


 嫌な考えを振り払って、私は笑う。


「だから、ありがとうソシリア。分相応な宣言だとは思うけど、それのお陰で私は今まで頑張ってこられたから」


「……それは間違いなく、貴女の努力が認められただけだと思うけどね」


 そう言いつつも、少しソシリアの顔に活力が戻る。

 ……それを確認して、私は謝ることにした。


「そ、ソシリア。実は一つ謝らないといけないことがあって」


「どうしたの? 大抵のことなら、今だけは許してあげるわよ」


 その言葉を信じ、私は自分の罪を告白することにする。

 どうせ書くし通せはしないと分かっていたから。


「そ、その、王妃様から頂いたバッジなのだけど、アメリアに盗られてしまって……」


「……は?」


 その瞬間、ソシリアの表情は固まった。

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