第16話 決意 (アルフォード視点)

 自分が婚約を思いもしない方法で断られた時、それは鮮明に俺の頭に残っている。

 特に、その後に侯爵家との婚約が発表されたこともあり、俺は自然とサーシャリアから目逸らすようになっていた。

 そうしなければ、自分を抑えられない気がして。


 ……だが、その行動が大きな間違いだったと、今の俺は理解できていた。


 俺は、いや俺達は知っていたのだ。

 サーシャリアが、どれだけ辛い環境で過ごしてきたかを。

 努力が報われるように、サーシャリアは認められてきた。

 それでも、サーシャリアが傷ついていないわけじゃないことを、俺達は知っていた。


 なのに、個人的な感情で、俺はサーシャリアから目を離してしまったのだ。


「……許せるわけが、あるか」


 強く俺は拳を握る。

 自分の決断のせいで、一歩間違えればサーシャリアは死んでいたかもしれない。

 そう知って、自分を許すことなどできるわけがなかった。


 そんな俺に、セバスチャンはさらに何か言おうとして。


「しかし、アルフォード様。今は……」


「……ああ、分かっている」


 その言葉を俺は中断して、頷いた。


 俺は自分を許すことはできない。

 いつか、必ずサーシャリアに償いをしなければならないと思っている。


 けれど、今最優先でしなければならないことは別だと、俺も理解できていた。


 安からかな顔、けれど傷だらけの足で眠るサーシャリア。

 その様子を見ながら、俺はセバスチャンに尋ねる。


「この時期に外に放り出す、躾で済むと思うか?」


「いえ、一歩間違えれば命の危険があります。躾ではなく、虐待の類でしょう」


「そうか」


 淡々と、セバスチャンの言葉に俺は頷く。

 けれど、その口調と対照的に、胸の中に怒りが浮かぶのを感じていた。


「本来、サーシャリアは伯爵家に戻らなくても良かった。それだけの財を事業で築いていた」


「辺境伯の取り成しがあれば、爵位を貰えたでしょうしな。やろうと思えば、実家から逃げるのは難しくなかったでしょう」


「それでもサーシャリアは伯爵家に戻った。……その礼がこれか?」


 それは、人として信じられない行為だった。

 いや、それは家族だけではない。

 サーシャリアとの婚約を破棄した侯爵家の令息も同じだ。


 俺には、そいつらがサーシャリアにまとわりつく寄生虫のようにしか感じられなかった。


 ふつふつと湧き上がってくる怒りを感じながら、俺は続ける。


「まずは王都でサーシャリアを療養させるぞ」


「分かりました」


 俺の言葉に頷き、セバスチャンは御者台へと戻っていく。

 そう、まずはサーシャリアの安全だ。

 ここまで消耗した彼女を守らなければならない。


 ……ここまで消耗したサーシャリアが初めてだからこそ、俺は強くそう思う。


 そして、行動を起こすのはそれからだ。

 誰もいなくなった室内、俺はサーシャリアの頭を撫でながら、俺は生徒会のメンバーを思い浮かべる。


 公爵家令嬢でありながら多くの商人と繋がり、その影響力は公爵家当主を凌ぐと言われる、ソシリア。


 今や、王家さえ無視できない力を持つ辺境伯の次期当主、マルク。


 豪商の愛娘であり、自身も大手の商会の会長を務める、リーリア。


 表向きは近衛騎士でありながら、その実王家直属の影としての身分を持つ、セイン。



 最後に王族としての立場弱くとも、音楽関係で成功し、貴族の人脈に関しては生徒会一の俺、アルフォード。



 力を合わせれば、どんな貴族であっても逆らえない力を持つ生徒会メンバーを思い浮かべながら、俺は御者台に座るセバスチャンへと、宣言する。


「それから俺達が動く。──生徒会メンバー全員の力を使って、サーシャリアにまとわりつく虫を潰す」


 滅多に見せない怒りを込めて宣言した言葉に、セバスチャンが息を飲む気配が伝わってくる。

 しかし、次の瞬間にはセバスチャンは楽しげに笑っていた。


「本当に変わりましたな、アルフォード王子。アルフォード王子を変えて下さったそのお嬢様は、本当に面白いお方のようですな」


「……ああ。そうだな」


 面白い、そのセバスチャンの言葉に俺は思わず口を緩ませる。

 その言葉は、サーシャリアに表すのに言い得て妙な言葉な気がして。

 けれど、その表情もすぐに曇る。


 ……ようやく会えた時の、疲れ果てたサーシャリアの表情を思い出して。


 後悔と怒りが合わさった複雑な感情。


「だから、俺達は取り戻す」


 胸中に溢れ出すそれらの思いを整理するよう俺は目を閉じ、そして俺は宣言する。


「元のようにサーシャリアが笑える環境を。そのために迎えに来たのだから」


 俺の外套に包まり眠るサーシャリアは、安らかに眠っていた……。

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