妹に全てを奪われた私は〜虐げられた才女が愛されることを知るまで〜

陰茸

第1話 婚約破棄

「……すまない、サーシャリア。私との婚約をなかったことにしてくれ」


 想像もしていないそんな言葉を私が送られたのは、日が暮れた時間。

 奮発して赴いたレストランでのことだった。


 私は呆然と声の主である婚約者、侯爵令息カインの顔を見上げる。

 そんな私の視線に、居心地が悪そうに顔を俯かせながら、それでも彼がその言葉を訂正することはなかった。

 そんな彼の姿に、どんどんと不安が胸に広がっていくのを感じながら、私は尋ねる。


「ど、どうして? 私が何か悪かったの? それなら、私直すから!」


 そう言いながら、私はまだ希望を抱いていた。

 それなら、と言ってカインが婚約破棄を撤回してくれることを。

 けれど、そんな望みが叶うことはなかった。


「違う。君が悪いわけじゃない」


「なら、どうして」


「……好きな人が、できてしまったんだ」


 まるで想像もしていなかった理由に、私は唇を噛み締める。

 今までのことを思い返しても、カインの態度の変化はなかった。

 どうして、いつ、一体誰?

 そんな思考が頭に過ぎるが、すぐに私は頭からそんな考えを振り払う。

 とにかく今は、婚約破棄を撤回させることこそが最優先だ。


「待って、カイン。そんなこと言われても、私の一存では決められないわ。これは家同士の取り決めよ」


 その瞬間、カインの顔が曇る。

 それを、婚約破棄ができないと気づいたからの反応だと判断した私は、さらに説得を続ける。


「ね、もう少しゆっくり考えましょう。少なくとも、お父様達、カルベスト伯爵家が婚約破棄を了承するわけがないわ」


 何とかして、婚約破棄を取り消そうとする両親の姿、それを私は容易に想像できた。

 カインも想像できたのか、さらに顔を歪める。

 普段ならば、決して好きではない二人だが、今だけは感謝する。

 その二人のおかげで、カインを思いとどまらせることができるのだから。


 しかし、その私の判断は大きな勘違いだった。


「……大丈夫、それについては問題ないよ」


「え?」


 その判断の理由が分からずカインを見つめるが、その理由を彼が話すことはなかった。

 ただ、カインは顔を俯かせたまま告げる。


「本当に、すまない」


 その様子にカインが本気だと理解した私は、混乱しつつも考える。

 どうして、私の両親の厄介さを知るカインが、こんな行動に出たのかと。

 婚約破棄など、絶対にあの二人が許すわけがないのに。


 ……いや、もしかしたら。


 ふと、ある考えが私の頭に浮かんだのはその時だった。

 その考えがあっていれば、カインが両親が問題ないと判断するのも理解できた。

 何せ、両親は彼女を責めることはほとんどないのだから。

 しかし、すぐに私はその考えを否定する。


 その考えが正しいことに薄々気づきながらも、認めたくなくて。

 想像している答えを否定して欲しくて、私はカインに問いかける。


「相手は、誰なの?」


「……伯爵令嬢、アメリア・カルベスト」


 だが、その答えは無慈悲なものだった。


「君の妹だ」


 呆然とその言葉を聞きながら、私は悟る。


 ──とうとう妹に、婚約者まで奪われたことを。


◇◇◇


 久しぶりの新連載となりますが、よろしくお願いいたします!

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