第一章

1.思い出して、目が覚めて

「──あたま、いたい」


ガンガンする頭を軽く振りながら、よろよろとベッドから体を起こす。


「・・・おかあ、さん?」


熱があるのだろうか。


ガラガラとした声で母親を呼んで周りを見渡す。


──はて、いつから私はお母様のことをお母さんと呼ぶようになったのでしょうか。


「繢亜?あら、起きたのね。大丈夫?昨日まで酷い高熱にうなされていたじゃないの」


「お母さん・・・水・・・」


「はいはい。顔もまだ変ね。熱は引いていなさそう。アンタ熱になるとすぐに顔に出るから分かりやすいわ、一応体温測って。」


「ん」


暫くしたらピピピ、ピピピ、と聞きなれないような、懐かしいような電子音が響いた。


「・・・38.7」


「あら、全然下がってない。私ちょっと買い物行ってくるわね?大丈夫?」


「はあ・・・もう高校生なんだから私。お母さん、大丈夫だよ、行ってらっしゃい」


 そう言って、だるそうにヒラヒラ手を振ってから、もう一度布団に戻った。


────お母さんが買い物に行ってから少し経った頃に、階段を上る音がした。


「・・・お母さん?もう、帰ってきたの・・?」


 思ったよりも早い帰りに、自分の体調を心配して急がせてしまっただろうかと思う。


ガチャリと扉の開く音がした。


「・・・・・・」


おかえり、そう言おうと思ったが違和感を覚え黙りこくる。


(お母さん、だったらいつも元気にただいまって言って入ってくるのに・・・誰?)


ドクドクドクと心臓が嫌な音をたてる。


トットットットット・・・と、土足なのか歩く音が聞こえた。


まるで何かを探しているかのように歩いている。


(もしかしたら、お母さんが忘れ物をしてきて帰ってきたのかな。私が寝てると思って静かに入ってきたのかも・・・)


 そう思い、ベッドから這い出たと同時に私の部屋の扉がひとりでに開いた。


「・・・・・・おか」


思わず固まって凝視する。


違う。


見知らぬ男が私の部屋の前に立っていた。


「──────ひっ」


 どちらが先に動きだしたのか分からないが、私は危険を感じ、部屋の窓に飛びつく。


・・・飛び降りるしかないよね。


きっと二階だし、下はフカフカの花壇の土だから大した怪我は負わない──はず。


叫んで助けを呼べば近所の人がすぐ異変を感じて出てきてくれるだろう。


通報だってしてくれる。助かる、助かるはずだ。


──だけど、熱のせいか、恐怖のせいか思った通りに動けない。


せめて、大きな声で助けを呼ぼう。


そうしたら、不法侵入してきた男も慌てて逃げるかもしれない。


「助けて!──誰かたすけ」


じんわりと、背中に感じる熱い感触。


──なに?


ソレを自覚すると同時に酷い痛みが背中を走った。


「あああああっ!」


「────ちゃん。一緒に──」


 男は笑っていた。


私を見る目は、歪んで、狂気に染まっていた。


「誰・・・私・・──ちゃんじゃな、い・・」



- - - - - - - - - - - - - - -



いつの日の記憶か。

そうか、私は既に死んでいたんだ。


よく分からない男に刺殺されていたんだ。


痛かったなぁ。熱くて、苦しくて。


それに疑問に思って呟く。


「──あれ?じゃあこの私は誰・・・?」


 意識が覚醒して、ガバリと飛び起きる。


周りを見渡すと見覚えのある、ちょっとゴテゴテとしたロリータな部屋。


「私の部屋・・・」


 じゃあ、今までの記憶はなんだろうか?


ただの夢?それにしてもやけに──


「あっ」


そう、〝前世〟のクセで閃いた、とばかりに手をポンと叩く。


「私、私は前世があるんだ。」


──そう、今の私は子爵令嬢。

けれど私はオリア。コウジ オリアよ。


【ツィーナ・デフレット】だけれども、記憶が混濁した今は、高校生だった【小路 繢亜】としての前世の記憶も蘇ったのだ。


「私・・・私!そう、階段から落っこちて・・・」


 バッとベッドから飛び降りて、鏡で自分を見る。


目の前には、見慣れている、赤髪で蜂蜜色の目をした私がいた。


肌はキメ細やかで手足は子供の割にほっそりしていて少し頼りない。


「そう、これが私・・・ツィーだよ。」


頭とおでこには、打ち付けて怪我をしたのか包帯が巻かれている。


それ以外に怪我はないようで驚いた。


「体のあちこちに打撲とかありそうだと思ったけど・・・運が良かったのかな。」


そんなことをブツブツ呟いていたら、扉を軽く叩く音がしたから返事をする。


「ツィー!?目が覚めたのね・・・!」


「お、お母様!」


 気が強そうな青いツリ目を珍しくへにょっと下げて、赤い髪を振り乱しながら私に飛びついてきたのは【アリス・デフレット】。


今世の私の母親だ。


 後から遅れて入ってきた、黒い髪に蜂蜜色の男性が私の父親、【ベルゼェル・デフレット】。


前世の私だったらベルゼェルなんて発音できない名前だ。


「あの、私・・・さっき落ちて・・・」


 ウェイド様にどつかれて落ちたことは何となく、言わないでいてしまった。


 けれど両親は既に事情を知っているのか、複雑そうな、それでいて怒っているような表情で話し始めた。


「え、ええ・・・」


「ツィー、ウェイド様に事故だとしても落とされたのは間違いないんだよね。」


 お父様が尋ねてきたから、こくりと頷いた。


「でも、ウェイド様には、肘でこずかれただけで、私がバランスを崩して落ちてしまったの・・・こうなるとは予想していなかったと、思うわ・・・。」


 言ってて、ウェイドが悪い所が多すぎたため、思わずしりすぼみに声が縮んでいった。


「ああ・・・その、ウェイド様のことなんだが、ツィーが落ちた時に庇おうとしたのか一緒に落ちちゃってね・・・全身を打ち付けてしまったみたいで」


「・・・えっ!嘘・・・その、ウェイド様は・・・」


「今は普通に起き上がってらっしゃるが・・・だいぶ怒っているようで・・・」


「・・・」


私が落ちた原因が、肘でどついてきたウェイド。


でも、私が落ちる時には、怪我をしないよう庇って一緒に落ちてしまった。


そのあとに、何故か怒っているのだ・・・


「えっと・・・なんて言っているの・・・?」


 そう聞いて、父が口を開こうとしたらドスドスと足音が外から響いてきた。


「なりません!お嬢様は今お召し物が・・・!」


「あんなガキの寝巻き姿なんかどうも思わない!良いから通せ!俺は伯爵家の息子だぞ!」


「・・・」


「・・・はぁ、なるほど。」


猪突猛進とはこのことだ。


扉を殴るように開けて、ウェイドは侵入してきた。


「おいガキ。この俺に怪我をさせやがって・・・!どう責任を取るつもりだ!」


今の私は12歳だからか、14歳の彼はとても大きく見えて、思わずびくりと身を震わせてしまった。


「す、すみません・・・」


「謝れば済むとでも?クソ・・・こんなガキと婚約だなんてお守りみたいなものじゃないか!」


「め、迷惑はかけません!その・・・」


 思わず慌てる。


我が子爵家はどうしても伯爵家と縁を結ばなければ行けない理由があった。


「フン。当たり前だろ。〝成り上がり子爵〟が伯爵位一の伯爵家と縁を結べるんだ。お前たちはお前たちの立場をしっかりと理解しておけ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る