僕の妻《マスター》はヒキニート!
時島氷雨
第1話
ここは地獄の、ある偉大な悪魔によって作られた豪勢な城の一室。
日本時間にして午後一時、フランスならば午前三時
その偉大な悪魔は、とにかく退屈していた。
「……つまらん。」
「お坊っちゃま、そう言われても困ります。
あなたは先の小競り合いで、小傷とはいえども傷を負わされたのですよ?
ルキフグス様にも、「当分の間、養生せよ」と言われたばかりではありませんか。
……つい1時間前に」
「ええい!そう言われても疼くものは疼くし、痛くないものは痛くない!
そのようなこともわからんのか!?」
この悪魔が生まれてからというもの、今に至るまで世話を焼いてきた側仕えは、頭が鈍い痛みを訴えるほどに気が滅入っていた。
なにせ、この悪魔、高貴な身分であるが故に傲慢さが抜けきらないのである。
「(わたくし……甘やかしすぎたのでは……?)」
今更、自らの行為を振り返ろうとも遅いのだった。
「……いいから、なんか面白いものでも取って持ってこい。」
「はい?どこから、何を、取って持ってこいと仰ですかな?
わたくしも流石に困りますけど?」
「傲慢なのお前の方じゃない!?大丈夫か!?
僕も流石に心配になるくらい態度悪くなったな?急だな?
……ほら、あれだ、人間とか、女とか女とか」
はて?自分は傲慢だっただろうか?と首を傾げたのも二秒ほど。
またこの調子である。
というか、この要望ももう五千回くらい聞いたのでは?と、呆れ返っていた。
「……サタナキア様、自分の能力を過信しすぎでは?」
「は?僕は見目麗しい男だから大丈夫だろ、過信じゃない。
絶対に過信じゃない。」
「そういうのをフラグと申すのですよ、わたくし知っております!」
「フラグな訳があるか!この、この髪を見ろ?
いいか、こんな艶々の髪と色白の肌に惹かれない女は居ないだろう?
目鼻立ちもくっきり、目の色は……まあ馴染みのない色ではあるが、それを隠して尚光るこの垂れ目だ。
な、な、綺麗だろ?」
「何故わたくしに聞かれるのですか〜?
そういうのは人間の娘に聞いてくだいまし〜……わたくしは知りません〜……。」
またぞんざいに扱いおって!とぷんすこぷんすこ怒っている主人を見ながら、
あれ?この悪魔偉大なんだよな?あれそうだっけ?そうですよ、そうですとも何を隠そう大将の座をいただいているのですから……それにしても精神的に赤ちゃんすぎる気が……。
と、葛藤していた。
しかたない、それは私も同意する。
と、それとなく同情しているサタナキアの上司の声には気づかなかった。
まあ、心の声なのでな。
私の声がバレても困る、という訳だ。
さて、奴を呼び出そう。
物語は、ここから始まるのだから。
「……今、何と?」
「人間の娘が欲しいそうだな、ならば人間界に行ってはどうかと言った。」
「(自分から出向けと言われたのか、僕?)」
あれから数時間後、何故か上司ことルキフグスに呼ばれたので、出向いてみたところ、このような話を振られて困惑している僕だが。
「そうだ。」
「さらっと心の中を看破するのをやめていただきたい、割と洒落にならない。
それ三百年くらい前からやられてるから分かりますよ、多分みんな嫌がってる。」
「そうか、つまり君は私の悪口を」
「言ってません。」
「……どうだかな。」
「それだけは言ってません、多分。」
こういう時は、「多分」をつけた方が穏便に済むって前に迷い込んだ日本人が言ってたな!と思い出して、多少曖昧な答えをする。
「なんだ、やはり人間が欲しいんじゃないか。
やはり日本に行くべきでは?」
「うーん、次は国まで絞りますか〜!
まあ、満更でもないですが。」
だって、日本って悪魔に寛容だし。
なんならイケメンにも弱いし。
ハーフとかに弱いって、僕知ってるからな。
なんか前に迷い込んだ日本人が言ってた。
「……そういえば、前に迷い込んだ奴はどうなったんだろうな。
あの後、人間界に帰したんだろう?」
「それは……別に死んだ訳でもないですし、契約者でもなかったんですから、当たり前じゃないですか。」
「そういう所は、律儀だな。
あの方もお前の、その性格を気に入っていらっしゃるのだから、恥じることはないぞ。」
恥ずかしい、とか、思う訳ないだろう。
規則に則っただけだ。
それは確かに、考えてみれば、思い入れがなかった訳でもないのだが、恥じるようなことでもない。
「むしろ誇りに思ってますから、ご心配なさらず。
……で、日本に出向け。
と仰いましたね。
……つまり、養生だとか療養だとかはしなくてもいいんですね?」
「日本で行えばいい。」
「……は?」
「今の時勢なら、契約でもなんでもすると言ってくれる輩は溢れているだろうし、餌には困らないだろう?」
こ、この悪魔!また軽々しく、妙なことを言いやがる!
「聞こえている」
「……すみません。
まあ、女だったらそれでもいいですけど。」
「それはお前の好きにしろ、相手を決めるようなことはしない。
……だが……お前が気に入った人間の子孫が居るようでな、その人間がちょうど、お前の大好きな女だったから勧めてやろうかと思ったんだが」
「なるほど、何処ですか?」
「アイツが関わると話が早いな。」
女!しかもそこそこ気に入っていた奴の子孫!
ともなれば食わないわけに行かないのでは!?
そういう理屈である。
感情論とか言うな、なんかそう思っちゃったんだからしかたないだろ。
そんなに好いていた訳でもなかったはずなのに。
「お前はもしかして、ツンデレというやつか?」
「違います!断固として!違います!!」
「じゃあ、行くんだな?」
「まあ〜!僕を待ち焦がれている女が居るなら行くしかないですよね〜!!
喜ん……んっ……でないですけど、行かせていただきますよ。」
「(喜んでいる、これ以上ないくらいに喜んでいる。
……難点があるということは言わないでおいてやろう。
面白そうだし。)」
空からイケメンが!とか、空から女の子が!とかは全部空想の産物である。
いわゆる二次元のものだ。
オカルティックな方向で考えると、幽霊とか天使とか悪魔とかそれ以外にも色々あるものの、残念。
私は零感だ。霊感ゼロの零感。
「まあ、その二次元が好きなのは私なんだけどね……」
そんな呑気なことを考えている暇はない。
来年の春には通信高校を卒業してしまう上に、なんなら成人してしまうのだから、早急に仕事を見つけなければいけない。
いや、今はまだ焦らなくてもいいだろうけど、成人したらアワアワするに決まっている。
なんなら私は、生粋の引きこもりで、コミュ障なのだ。
「まじで私……成人してもヒキニートとか……やばいよね?
ゲームして仕事できたらな……今流行りのライバーとか目指してみる?」
まあパソコン無いんだけどね、と自分で結論付けて、諦めるようにため息をついた。
本当に救いようが無い。
母に負担ばかりかけて、生産性のある人間になれない生活をずっと送っているのが、申し訳なくなっていた。
生まれてからずっと、片親で育ててくれていたし、祖母のことも養いつつ、自分を食べさせてくれているのに、自分は何一つ返せていないのでは無いかと不安になる。
幸い、ここは北海道の中でも海に近い場所だから、母と親しくしている人に、期間限定かつ短期のバイトとして雇われているから、自分の欲しいものは殆ど自分で買うことができていた。
「耳吊りみたいな仕事が一番向いてるんだよね、単純作業だけど考えることもあるっていうのが一番。
でもやっぱ、好きな事を仕事にしたいよね〜……イラストレーターとか小説家とか。
創作グッズとか……。」
迫りくるお酒やタバコの解禁、そして年金保険料。
年金保険料とか怖くない?私は怖い。
でも国の義務だし、推しも「ちゃんと納付するか、猶予もしくは免除申請をして、仕事を見つけてから払いましょうね」って言ってるし(言っていないけど、多分言うと仮定して。)
払いたい気持ちはあるし、働きたいけど……。
「私みたいなの、雇ってくれるのかな?
あ〜……なんか消えたくなってきた……。
……空から金髪イケメン降ってこないかな〜、降りてこーい!悪魔とか天使とか!」
なーんて、と茶化そうとした。
したのに。
ドスン!と鈍い音が間近に聞こえた。
思わず、目をギュッと瞑って、力が入りすぎて目蓋が開きにくくなるほどには、長めに目蓋を閉じていた。
何かが動く音と、感じたことのない気配がする。
……ちょっと、あたたかい?
そっと、目を開く。
そこには……。
「尻から落ちるとは思わなかった。
……見られていないよな?」
「あ。」
「……あ?
……おい、おまえ、いま、見た?か?」
「えっ見てないです、聞いただけです!
というか、誰……っ!?」
カラーリングちょい違うけど、なんか推しっぽい雰囲気のイケメン!
やばい!興奮する!
って、待てよ?この人今落ちてきたよな?
「聞いたんだな?よし、忘れろ。」
「いや聞いただけですって。」
「忘れろったら忘れろ!みっともないだろ!」
「勝手に家の中に落ちてきておいて、よくもそんなこと言えますね!?」
てか金髪綺麗〜!髪長〜!
と、呑気に推しを見るかのような反応を心の中でしつつも、恐怖はひしひしと感じていた。
寒い。
いいや、寒いのではなくて、肌が粟立って、微かに震えが繰り返されている。
「……へえ、僕を見て震えているんですか?
可愛いところあるじゃないですか、ヤツの子孫とは言えど、ちゃんと女の子らしいところもあって安心しましたよ。」
「ひっ推し……。」
「はい?」
「なんでもないです……というか口調……?」
「だってこういう男が好きなんですよね、ほらあそこの本に……。」
「忘れてください。」
「えっ。」
殴ったら、この人の記憶消えるかな?と考えつつも、いつの間に読んだんだ?とも思う。
あれをちゃんと読む暇、あった?
それにしては、しっかりと好みを把握されてて怖いんだけど……。
「……なんで最初に言わなかったんだ、あの上司……!」
「へ?」
「君、さては……ヒキニートだな?」
私は目の前が真っ暗になった!
目の前で気絶した女。
状況に置いていかれた僕。
様々な物が僕たちを見ているが、状況は何一つ好転してはいなかった。
なにせ、名前も名乗らずに気絶されたのだ。
というか、僕自身の自己紹介すら済んでいない。
この女、どこまで無防備なのか。
悪魔ながらに心配になる。だって僕いい悪魔だし。
目の前に男がいる状況で、よくも気絶出来るものだと、呆れよりも関心が湧く。
なお誤字でも誤用でもない。これは紛れもなく、『関心』なのだ。
「しかし、どうしたものか……。
無理やり起こしてみるか?いや、初対面の男にやられたら絶対トラウマになる……人間はデリケートだから……。
そんなことになったら、取り入って隙あらば取って食う計画が台無しだ。」
そして自分への評価も下がる。特に天使共は煩くなるだろう。
またあの悪魔が人間を誘惑している、とか、いつまで経っても粗暴で品性のかけらもないとか、下品なばかりで大した能のない哀れな存在だとか。
もう沢山だ。そんな評価は。
第一、他の悪魔に見劣りする能力であることは、僕が一番知っている。
僕のことだから。
自分に自信がないことも、本当は理解している。
だが、立ち止まれば誰もついてはこない。
強気でいれば、部下は自ずとついてくる。
自らの力を立証していれば、能力に頼ることなく戦えば、暇一つさえ無くして働いていれば皆ついてきてくれる。
それが力、何より信じられる僕の能力。
特異な能力なんて、あってないようなものだった。
僕にはない、そんな、目立ったものは。
「だから、下手な事はしたくない……。」
ならば、目覚めるまで優しく待っていようと思った。
悪魔は天使よりも優しく甘いモノだ。
少なくとも、人間にとっては、これ以上ない居場所になる。
そうしていれば、悪魔も甘い蜜を吸えるからだ。
上手く行けば、死後を委ねさせ、魂の支配権すらも片手に収められる。
もっとも、僕にはそこまで気に入った人間はいなかったが。
所詮は、ただのエサにしか過ぎなかった。
吸い尽くして終わり。そんな空っぽな存在だった。
僕にとって人間なんて、その程度の産物にしか過ぎない。
「……はずなのに。」
どうしてだろう、こいつの寝顔を見ていると、なんだか体が温かくなる。
無いはずの心臓という物が、鼓動を上げているような、そこから熱が広がっているような気分だ。
じわり、じわりと滲み出す感覚に、視界が少しだけ揺らぐ。
「……寝るか、流石に暇だ……。」
僕は少しだけ、隣の女の真似をしてみることにした。
意識を失うその感覚は、なに一つとして分からないけれど。
「……これ、どういう状況?」
あの言葉を投げかけられた後の記憶が、何一つとしてない。
ごっそりと、存在が抜け落ちていた。
そしていつの間にか、私は寝ていたらしく、それは隣の何かも同じだった。
いや、記憶が続く限りで思い出すと、隣じゃなくて真っ正面にいたはずなのだけど。
「なんでこの人……と、隣り合わせで寝ていたのか、何も分からない。」
というか、祖母が何一つ気付いていないのはどういうことなのか。
結構な物音だった。記憶の限りでは。
感情がリンクした記憶は、やはり忘れにくいらしい。
「でも、この状況見られても困るし……好都合かも……。」
多分、泥棒だ!と叫んで通報するだろうと想像した。
これに関しては、もはや、確信なのかもしれない。
「……いつから、起きていたんです?」
「ひっ!?」
「そう怯えなくても大丈夫ですよ、僕は君の敵じゃない……味方です。」
「いや、見ず知らずの、しかも天井……から落ちてきた人に言われても困るんですけど……。」
「訂正しますが、僕は人ではないですね。」
「はい?」
この人、頭がおかしい人なのかもしれない。
「じゃあ聞きますけど、天井に穴は開いていますか?」
「……あっ。」
そう言われて、いつもの鈍い痛みが襲い始めた頭を上げれば。
「……分かりますか?
流石に君の目でも、見えますよね?
あの、健在である木造の天井が。」
「本当だ……えっ、じゃあ夢?」
「君は夢の中で眠って、夢の中で起き上がっているんですか?
それはなんとも、文学的で詩的な美しい表現と感性だとは思いますが、現実を見た方がいいですよ?」
「酷くないですか?」
確かに夢見がちではあるし、夢の中で起き上がることもあるけど、現実を見ていないわけではない。
現実逃避がしたかっただけだ。
「……ならいいです。
今ある現実を認めているなら、僕から文句はありませんよ。」
「さらっと脳内を読んでいるのはなぜですか?
やめて欲しいんですけど……。」
「ふふ、だって僕は人ではないですから……。
君は見たことがありますか?
僕のような容貌を持つ人間を。」
「コスプレイヤーさんとかですかね?」
作り物と一緒にしないでください、という抗議を受けた。
作り物でなければなんだって言うんだ。
赤い虹彩とか、アルビノの人ならともかく、通常の遺伝子から通常のままで発生するとは考えにくいだろうに。
なんらかの異常が虹彩にある場合なら、日光が強く当たる窓辺を直視する事は出来ないはずで、であれば、この人の鳩の血のような紅は作り物である可能性が高いだろう。
なにせ私は、気絶する前まで、窓辺を背にして会話していたのだから、快晴がもたらす逆光は眩しいはずだ。
「カラーコンタクトではありませんよ、見せてあげましょうか?」
「えっ?」
「ほら、近くに寄って……僕の目を見て。
作り物でない事は、これで分かるはずだから……。」
「あっ、ちょっと!」
「……寄ってきてくれないみたいなので、僕から行かせてもらいますね。
逃げないで……ね。」
近い、顔面兵器が至近距離まで迫ってくる。
この間、およそ1秒程である。
もしかすると、もっと速いかもしれない。
それほどまでに、距離を詰めてくる速度が異様だった。
「ちゃんと見て。
……逸らさないで。」
何故だか、瞳と瞳が出逢ってしまうのが恐ろしく感じられた。
あわせてしまったら、自分という存在が曖昧になりそうで、逸らすことへ注力してしまう。
とてもじゃ無いが、真贋を判別する精神的余裕は無かった。
「……つれない子だ、もっと深く繋がって欲しいのに。」
「は……!?な、なん、なんですって?」
繋がる、と言ったか、この男?
「精神的に、もっと深くあなたのことを知りたいって意味ですよ?
……もしかして、何か別の状況を想像してしまいましたか?
それでも勿論、僕はお応えしますよ。
むしろ喜んで、『お付き合い』させていただきますけど……。」
たまったものではない。
品の無い話だが、こちらはまだ未経験なのだ。
所謂、喪女と呼ばれる種別である私に、そんか高度な付き合いを申し込まれても困る。
経験のない奴は面倒だとか、自分から動ける人がいいとか言い始めるのが人間と言うものだ。
そしてそれは、往々にして適用されるものであり、仕事にも恋愛にも用いられるお決まりである。
「け、結構です……。
私は未経験だし、そもそも名前も知らない人にそんなことされたくないです……。
なんなら、出会って精々数時間じゃないですか。」
「おや、それは残念……。
でも、数時間とは言いますが、この世の中に存在する、ある種のお友達は数時間とは言わず数分でお付き合いしてしまうらしいですけど。」
「いや、私とあなたどう見ても釣り合わないじゃないですか、そういうお友達には私は向いてないですし……。
あなたなら、私以外の人とお友達になれると思うんですけど……。」
「……誰でもいいと思っているのか、お前。」
突然、彼の態度が一変する。
まるで、羊が皮を破り捨て、狼が姿を現したかのような苛烈さを放ったその口調や振る舞い。
思わず胸奥が、悲鳴を上げる。
「僕はお前がいい。
ああ、今決めたよ。
情けない態度を取るお前を、僕の女にすると。
感謝しろ、お前は僕に気に入られたんだ。
さあ、名前を寄越せ。僕の女にしてやる。」
「えっ……誰?」
「自分から名乗れと言ったんだが?」
「いや、押しかけてきたのあなたじゃないですか……。」
「……サタナキア。
サタナキアだ、よく覚えろ。
いや、覚えなさい。
覚えられなければ、今ここで……無理やりにでも、覚えさせますからね。
おしりぺんぺんとかしてね。
感情は、記憶を補強するのでしょう?」
「……麻結、です。
赤羽麻結。」
「まゆ……麻結……。
赤羽麻結、ですか。
ふふ、可愛い名前だ……赤というのが良いですね。
僕の目と同じ……運命を感じませんか?」
いや、特に感じない。
筒抜けであるだろうと予測して、本音を心の中に思い描いておく。
わざとだ。声を出さずに会話できるなら、それほどに楽な事はない。
なにせ、本当はコミュニケーションが苦手なのだ。声を出したやりとりは、特に不得手な部類だった。
文面ならカバーできるものの、いざ声に出せば、伝えたい事が詰まって上手く言い出せない。
俗に言う、コミュ障である。
全く救いようのないゴミの様な人格に、自分でも笑ってしまう。
「……そんなに、卑下しなくても、いいのに。」
「……本当にそう思ってるんですか?」
そして、人の事が、上手く信じられない。
上部だけに騙されたこともあるから、もう諦めていた。
どうせ、利用価値がないと判断すれば捨てられて、「あの人は私に酷いことをした」と言い触らされて、カラスのような人たちに突かれる私を無視して笑って去っていくんだ。
「僕はそんなことしない!」
「っ……!?」
「僕は……僕は人間じゃないから、そんな、そんな卑怯な真似は絶対にしない!
何度言えば分かるんだ!
僕は……僕は、悪魔だぞ……!?
自分から、自分から捨てて、何かいい事があるとでも……!?
搾り取るまで離さないのが悪魔だぞ、気に入ったらもうずっと、死んでも、捨てたいと言われても手に入れて、手に収めていたい悪魔だぞ……。
人間と……不義理で矮小で傲慢で!下等な奴と!一緒にするな!」
目の前の、サタナキアと名乗った男の人は、何故か私に怒った。
さっきまでの態度が嘘の様だった。
温度のない海の底の様だった瞳が、炎を纏って舞い踊る鳥の様に、鮮やかで、それでいて焦げ付いてしまいそうなほど熱く輝いていた。
それは、今までに見たどんな空の色よりも、美しい彩だった。
どうしよう、このままだと。
私も、燃えてしまいそうだ。
「……そんなに、卑下しなくても、いいのに。」
僕の声でいて、僕のものではない様な声が出た。
こんなに弱々しい声だっただろうか?
それに、僕はこんなに、人間へ同情するような、共感する様な性格だったか?
自分でも何故この様な言葉が出たのか、考えてみたけれど、どこまで行っても真っ白だった。
だけど、何故か、聞こえてくる心が痛ましく……そして、とても、とても、愛おしい。
焼き付く様な感情が、僕の全てに行き渡って染み込んでいく。
感じたことのない、その心の姿に、僕自身も不安になる。境界が揺らいでいく。
視界が炎に揺られて、瞳が潤いを増す。
「僕はそんなことしない!」
どうしてだろう、この女以外の全ての人間が不必要だと感じた。
結局人間が、どうしようもなく卑劣であることは変わらないのに、その存在が許せなくなった。
別に、人間へ抱いている感情自体は変わってはいないのに、存在への許容が出来なくなっていた。
でも、麻結と名乗ったその女は、自分のものであって欲しくて、そんな世界に居なくてもいいと叫んでしまいたくて。
どうすればいいのか、自分でも、わからない。
「僕は……僕は人間じゃないから、そんな、そんな卑怯な真似は絶対にしない!
何度言えば分かるんだ!
僕は……僕は、悪魔だぞ……!?
自分から、自分から捨てて、何かいい事があるとでも……!?
搾り取るまで離さないのが悪魔だぞ、気に入ったらもうずっと、死んでも、捨てたいと言われても手に入れて、手に収めていたい悪魔だぞ……。
人間と……不義理で矮小で傲慢で!下等な奴と!一緒にするな!」
自分の感情が、居場所のない炎熱に乱されて、狂わされていくのを感じていた。
感じた事がなかった、知らなかった。
いや、知りたくなかったのかもしれない。
一つのものに、想い入れる。
その感覚を、僕は知らないままで、独りで立つ強みだけを握りしめていたかったのだろう。
でも、知ってしまうと、何故か離れられなくなった。
悪くはない、そう思っている自分がいる。そして、そこに浸ろうと熱に身を任せる自分がいる。
なるほど、これが「恋」か。
捲し立てられたせいで、吐息を乱して、言葉を紡がなくなった麻結を見つめて、冷静に対処し落ち着かせる。
「……怖がらせたなら、謝ります。
でも、僕は、その今まで出会ってきた人間達とは違います……僕はあなたに、一途に尽くして、骨抜きにして見せると誓いましたから。
……僕の奥さんにしたい、って。」
隙あらば口説いていく、これはサタナキア流の契約テクニックである。はい、ここ、テストに出ます。
まあ、テストなんてないのだが。
だが、今回は本気で口説く。
たった今決めた。こいつを嫁にすると。
さっさとくっついて、さっさと嫁にして、事実作って、幸せ地獄ライフ!を実現してやるのだ。
「お、奥さんとか……冗談がお上手ですね……。」
いいえ、真実です。
僕は、人間のお嫁さんが欲しいんです。
つまり君のことなんだが。
「僕は本気ですよ。
今回は、本気で魂狙ってます。
ほらほら、死後も僕と一緒に幸せ地獄ライフ!
僕のお嫁さんになれば、ヒキニートでもなんでもしてていいんですよ!
なんなら今から嫁になって、即日地獄帰りでハッピー軟禁生活とかも可能ですよ!
福利厚生しっかりつけますよ!」
「なんか後半おかしくないですか?
私軟禁されるんですか?そもそも最後に至っては、求人サイトに載せてる募集要項に付けてる煽り文句ですよね?
もしかして、就職先を斡旋してくれているのかな!?」
ある意味では就職先!そう!
永久就職(本当の意味で)で、将来安泰だぞ!よし、この調子だ!
「はい!僕の奥様という、永久就職先の斡旋です!
何もしなくても、僕のそばにいてくれさえすれば稼げちゃう簡単なお仕事です!」
「うわ!めちゃくちゃ怪しい!
騙されがちな求人広告によくあるやつだ!変な内容のやりとり一切ないよ!って募集かけてるのに、いざ入ったらガッツリやらされるやつだ!」
「もしかして、チャットでなんかやったりしてたんですか?
ちょっとお相手消してくるんで、名前を出してください。」
「やってないです!ていうか怖すぎない……?」
怖くない。僕は怖い男じゃない。
君に対しては恐らく、この上なく甘々な男だぞ。
少し前に自覚した。
この女のことを、恐ろしいほど、愛してしまったことに。
理由は単純だ。
自分と同じような思考を持っていたからだ。
自分には何もない、と思い込んでいる。
でも、彼女と僕には相違点がある。
抑え込んだ才能を、そのまま抑えようとしてしまうことだ。
あとは、ダウナーであること。
だが、後者に関しては、精神面に何か異常があるような気がしないでもない。
身嗜みに気を割く余裕がないのか、髪が乱れていたり、寝巻きのままだったり、汗の匂いがしていたり。
おまけに、部屋も整理整頓されているようでされていない。
物の定位置は決まっているが、よく使う物は、常に布団の上へ出してあると推測される。
そして、ぬいぐるみの数。
大きなぬいぐるみが三体、枕元に置かれている。
その中でも、ひとつだけ、自分のそばに引き寄せてあるのが見える。恐らく、これは毎晩抱きしめている物だ。
口元に物がなければ、眠る時に落ち着かないのだろう。
そのぬいぐるみを、そっと掴んで引き寄せてみる。
もし推測が正しければ、このぬいぐるみからは彼女の匂いが強く感じられるはずだ。
そして……。
「すみません……このぬいぐるみ、少し見せてもらいますね。」
「あ、あ、まっ、まって……!」
推測は正しかったようだ。
彼女は、僅かながらに冷静さを欠いている。
おそらく、他人に触られる事に忌避感を抱いているのだろう。
ぬいぐるみに鼻を近づけて、探るように匂いを嗅ぐ。
「……君の匂いが、とても濃くて……これは……。」
「う……やめて……。」
「これ……毎晩に留まらず、日中日夜問わずに抱きしめてるんじゃないですか?
殆どの時間は、これと一緒に過ごしているとお見受けします……妬ましいですね。」
「もういいですよね……返して……。」
そんなに抱きしめる物が必要なら、今から僕を抱きしめればいい。
と、言いそうになるものの、積極的な行動に出るにはまず、彼女の親族達を懐柔しなくてはならない。
まずは、記憶を改竄する事にしよう。
軽く、できるだけ軽く。
「……僕、部屋の外を見たいんですけど。」
「え、え?いや、やめておいた方が!
もしかしたら、いやもしかしなくても……その……捕まるかも……。」
明かしていないだけで、悪魔である僕には、超音波を発して獲物を探す生物達のように、魔力などと呼ばれる力を発して生物を検知し、視る事ができる。
人間が言うところの、透視が出来るというわけだ。
宗教によっては、また違った言い方をするらしいが、それは別に今思い出すことでもない。
「視た所、男性はいないようですし、これならばどうにでもできます。
手荒な真似はしないので、安心して待っていてくださいね。」
「えっ、待っていてって言われても、いやそもそも安心できる訳が!」
「静かに待っていなさい。」
ああ、思わず能力を使ってしまいそうになった。
軽く使ってしまったかもしれないが、軽く掛かる程度なら、彼女の魅力が損なわれることはないだろう。
「……っ……わ、わかった……。
わかりましたぁ……。」
よし、それでいい。
Good girl!……これは、犬に使う言葉だな。
「まあ、きっと……すぐに驚いてしまうでしょうね。本当に悪魔だったんだ!って、言う羽目になりますよ……。」
「本当に何するか分かんないから……心配なんですけど……!」
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