2-6 捕鯨
イメージしたスキルのデッキから、勢いよく1枚のカードを引く。
「……その手の動き、必要?」
ツバサはスキル発動時に、勢いで右腕を横に思いっきり伸ばし、人差し指と中指も『何か薄いものを間に挟んでいるように』伸ばし切っていた。
「……必要だ」
何か無意識にそうなってしまうのだ。しょうがない。
あと、この方がカッコ良いから別にいいだろ!
ともあれ、今回引いたスキルを確認する。
「特効超撃……?」
効果を確認。
『SPを全て消費する。対象の弱点部位への弱点属性攻撃に限り、対象への弱点レベルが10倍になる』とのこと。
(んん……?)
パッと読んだ感じは良くわからないが、弱点攻撃の強化というのはこの状況で最も欲しかったスキルだ。
問題はその条件と、倍率。
弱点部位についてだが、こちらはこのスキル習得の影響か、ツバサには絶海王の弱点部位が理解できるようになっていた。
背中の噴気孔だ。クジラが潮を吹きだす箇所に該当する。
そして倍率。弱点属性は雷とわかっている。不明なのは『弱点レベル』という単語。
想像するしかないが、『その属性が通常と比べて何倍の威力になるのか』ということでいいのだろうか?
たとえば、ツバサの攻撃力が10。絶海王への雷属性攻撃の弱点レベルが2、つまり2倍のダメージなると仮定すると。
10×2で20。
特効超撃で攻撃した場合、これが10×20で200になる。
元の攻撃力が100の場合は2000となるが、これでも絶海王のHPには届かない。絶海王のHPは8800だ。
元の攻撃力の威力を可能な限り上げるしかないが……。
絶海王は今だ美食を味わっている最中だ。
その隙に、ツバサはルリに今習得したスキルの詳細を伝える。
「なら、やる事は簡単。魔法属性付与を、MPが尽きるまで連続してかけて、その一撃を当てる。倒せなかったら、撤退」
「そうだな……。って、魔法属性付与って重ね掛けできるのか?」
「できるみたい。付与した時点で発動は終わってるから、発動できない事も、今回はない。それに、元になった魔法の威力によって攻撃力も追加で上がる。重ねて掛ければ、もっと上がる」
思わぬところで希望が見えた。
「ルリ、魔法属性付与、何回まで連続して掛けられる?」
「9回」
剣ぶっ壊れないかな、それ。
魔法をそのまま武器に閉じ込めているようなものだろう。あまりに強力だと武器自体が耐えられない気もする。
まあ、そこはさっき買ったばかりのそこそこ高価な剣に賭けるしかないのだが。
「それと、絶海王の背中までアイアン・ツイン・ハンドで運んで欲しいんだが、その分のMPを残すと魔法属性付与は何回いける?」
「ギリ9回。まかせて」
ルリがいつもの無表情のまま、だが親指をグッと立てる。頼もしい限りだ。
食事中でこちらに目もくれない絶海王だが、あの高い位置にある弱点部位まで行くために背中を登ったら気付かれる危険性がある。気づかれれば念動力で動きを封じられてアウト、となる。
ここは慎重に魔法で直接その場所まで運んでもらうべきだろう。
「作戦は決まったな。じゃあ、早速頼む」
そう言ってツバサが差し出した剣にルリが手をかざす。
「魔法属性付与:サンダー・バイト」
剣が金色の雷に包まれる。
「アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン」
更に3回プラス。
剣が纏う雷の勢い、輝きが増す。
宙に浮かぶギガントクラブの数が少なくなってきている。残された時間はそう多くない。
「アゲイン、アゲイン、アゲイン、アゲイン」
9回完了。
剣を覆う雷は凄まじく強くなり、それは剣の長さの2倍近くまで膨れ上がっている。
握る手にもビリビリと、断続的に強い衝撃が伝わってくるほどだ。
同時に嫌な金属音が剣の内部から微かに聞こえる。剣の耐久力が限界に近いのかもしれない。
「ルリ、急いで運んでくれ!」
「了解。アイアン・ツイン・ハンド」
岩の両手が手のひらを広げたような形で出現する。ツバサはその片方に跳び乗る。
着地の際、危うく剣から手を放しそうになった。それほどまでに、剣はギリギリの状態だった。
「よし、頼む!」
ツバサの合図で、ツバサを乗せた岩の手が動く。
大きく浮き上がり、絶海王の背へ向かう。
噴気孔の上部に到着。ツバサはそこで飛び降り、その穴に向けて思いっきり剣を突き刺した。
「スキル発動! 特効超撃!!」
――解き放つ。
直後、凄まじい雷のエネルギーの奔流が、噴気孔、そしてそこから絶海王の体内に駆け巡っていく。
――ォォォォォォォォオオオオオオオオオオオ!
耳が痛くなるような高音が響き渡る。絶海王の発したものだろうか。
発動されていたサイコキネシスが解除されたのか、最後の1匹となっていた食われ待ちのギガントクラブが落下する。
徐々に、剣を覆う雷のエネルギーが小さくなっていくのがわかる。絶海王に流れた分だけ消費されていくようだ。
絶海王のHPもみるみる減っていく。HP3568。半分以下。こちらの攻撃はまだ続いている。
届くのか。いや、届かせる!
「ツバサ!」
地上のルリが大声を上げる。
急にツバサの身体が、見えない巨大な手に押しつぶされたような圧力に襲われる。
(サイコキネシスを……俺に……?)
だが、身体はまだ動く。強力な弱点攻撃を受けながらだ、絶海王もスキルを十全に使えていないと見える。
しかし、剣を握る手に力が入らない。これでは……。
「レイ・バレット、アゲイン、アゲイン、アゲイン」
刹那。ルリの放った魔法、光の弾丸が4発、それぞれが絶海王の4つの眼を直撃する。
それによりサイコキネシスが緩む。その隙を逃さず、ツバサは剣を更に深く押し込み、捩じる。
――オオオオオオオオオオオォォォォォォォォ……!
遂に絶海王のHPが残り2桁になり、耳障りな高音が消えていき、それに呼応するように、HPも0になる。
4つ目の巨大なクジラはピクリとも動かなくなった。
ツバサは息絶えた絶海王の背にストンと尻を着く。サイコキネシスによる圧力、膨大なエネルギーを持った剣を押し込み続けた影響で、すっかり体力が失われていた。
大きく、息を吐く。
「あー……、つかれ、あっ」
言い終わる前に、絶海王の巨体が消失。ツバサは海に真っ逆さまに落下した。
とはいえ、浅瀬なので溺れるような事態にはならなかった。
ツバサが海から上がると、ルリが絶海王の魔石を道具袋にしまっていた。
やはり通常のものと違い、森林王のものと同じくらいの大きなサイズだった。
次にルリは、記憶の玉に手を伸ばす。その手は今までと違い、少し触れるのに迷うように、恐る恐ると。
だが、しばらくして意を決したように触れる。
緑の光の輝きが辺りを満たす。そして、遠くの、バーンナークの町の向こうにそびえる山の方に紫の光の柱が出現する。
つまり、この記憶も最後ではなかったということになる。
ルリはというと、自分で自分の身体を抱きしめるように、震えていた。
「お、おいルリ! 大丈夫か?」
ツバサが駆け寄ると、ルリは小さくかぶりを振った。
「平気」
表情こそいつもの無表情だったが、声が微かに震えている。
良い記憶でなかったことは容易に想像がついた。
「……ツバサの記憶は、どう?」
「へ?」
不意に問われ、間の抜けた声が出てしまう。
ツバサも前世最後の日の記憶の一部、主に自分が死亡した事に関する記憶を失っている。何故、自分は目の前の死に抵抗しなかったのか。
とはいえ、前世の記憶だ。ここはもう別の世界。ツバサは別に取り戻す必要性を感じていなかった。
ルリの記憶探しの途中で戻ればそれでよし、戻らなくてもまあいいか、と。その程度の認識だ。
「俺は戻ってないけど……まあ、ルリは気にすんな。それより、次の記憶の位置もバーンナークの町からそう遠くなさそうだけど……行く、のか?」
どうにも、ルリの記憶はどれもルリにとって良いものではないようだ。
それを察したツバサは、自然とルリに問いかけていた。
だが、ルリは強い意志を秘めた水色の瞳をツバサに向け、気丈に言い放つ。
「……うん。私は、知らなきゃならないから」
「あの人のことを」
最後の一節は海風に阻まれ、やはりツバサの耳に届く事はなかった。
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