始まり〜3話

雲ひとつない青空が広がる。

前日降り始めた雨は本日には一切痕跡を残さない。ただ、一つ言うならジメジメとした湿気が前日の雨を少し匂わせている。


今日は今月1番の暑さだ。



「なっちゃんと出かける日は暑いわぁ…」

「そーですね。」


あまりの暑さに、少し外に出ただけで汗がでてくる。

これは、溶ける。

確実に溶ける。



「え、機嫌悪いやん。どーしたん?」

「何で出かける時暑いんだよ。毎回暑いじゃん。もーやだ!やだ!出かけたくない!」

「あ、イヤイヤ期か…」

「イヤイヤ期ってなんだよ!子供か!!!仕事だからいくけどさ!」



ぽんぽんと弾む会話とは別に足は進まない。

仕方ない、暑い時に出かける予定を作った自分がわるいんだ。


「なっちゃんが出かける時は毎回晴れだしなんなら暑いやん。」

「ほんと、それ。早くえのすい行きたい。涼みたいー!」



江ノ島水族館

藤沢市片瀬海岸にある水族館

裏手は海で江ノ島も見える

江ノ島を背景に見るイルカショーはとても人気が高い


クラゲファンタジーホールと言われる、色々な種類のクラゲが見える場所は少し暗く、クラゲを見せる光が冷たくも暖かくも感じる。


個人的には大満足を感じる、感じたのだが…



「いやー、子連れとカップルばかりやったねー。」

東の言う通り、子連れとカップルが多い水族館はゆっくり鑑賞する気にもなれず、さっさと出てきて階段付近に座り込み海を眺めるだけの時間を過ごしている。


「舐めてたわ、デートスポット。恋愛初心者すら厳しい小泉には人酔いするしか出来なかったわ。」


そう、人酔いしたのだ。

ど田舎から上京してきて早7年、人混みに慣れてきたと思ったがそうでも無いらしい。


「まあ、取り敢えずデートスポットとかは見てまわれたやん。どう?参考になった?」

「今から書く恋愛小説は人混みは避けてイチャついてくださいと言う内容しか書けないかな……」



そう言って俯く私をよそに、東は楽しそうに笑って海に近づいていく。


海の近辺は風が強いと思っていたが、今日は風が弱いみたいだ。

東のチュールロングスカートが小さい風で波打つくらいだ。


いつもはロングスカートが捲れ上がるか足の間に挟まって歩きづらいと怒る東がすいすいと海に近づく。


「取り敢えずさー、たくさん挑戦してみてよ。なっちゃんの納得行くまでやってみてさ…ダメならまた考えよ」


いつも、彼女は私を肯定する言葉を投げかける。

なぜ、私をそこまで肯定するのかは分からない。

良い嫁を貰った気持ちになるが、できれば東とは結婚したくないと心から思う。


東はだめ、絶対。


「ま、頑張って書いてみるよ。」



顔をあげ、海を見つめる。

実家は海がなく山に囲われている。

海を見るだけでテンションが鰻登りになるはずだった。


「そういえばさー、今日の海いつもより濁ってない?」


問いかけると、東は切長の目を海に向けた。


「わかんない!」


まるで子供のような返答に少し笑ってしまう。

気のせいかな?と思って帰るために立ち上がる。


どっこいしょーとおじさんみたいな掛け声をあげると東は少し不安そうな顔を向けた。


「濁ってる濁ってないは分からないけど、いつもと違う音はする。いつもの波打つ音ってよりは叫び声?ぐおぉぉって感じの音…」

「え、ぐおぉぉって明らかに誰かやられてる声に感じますが?」


思わず出た言葉に、東はきょとんとした顔をした後、吹き出した。


「なっちゃんは本当、一緒にいて飽きないなー。」


先程の不安そうな顔はいつもの笑顔を見せる。

帰ろう、そう言うと東は後ろをついてきた。


果たして、私は恋愛小説を書けるのか…

出来ればヒットしますようにと願掛けをしながら歩みを進めた。

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