敵国ベルツの戦乙女②
腹を空かせた俺達は、食料を探すため廃村を探索していた。村のいたるところに、かつて家畜にされていたと思われる鶏が辺りをうろついている。
「あいつらを絞めて食べるのもありか……」
銀髪の少女は俺の後ろにぴったりと身体を寄せるように着いてきた。背中越しに、その華奢な身体の感触が伝わってくる。
「兵隊さん、お名前なんていうの?」
唐突に少女が話しかけてきた。鈴の音が鳴るような小さくも美しい声だった。
「名前? ノアっていうんだ」
「ノア……」
「別に珍しくもない、変哲もない名前さ。君の名前も聞いておこう」
「レーナだよ。レーナ・シュベルトマン」
「オッケー、レーナな。これからはそう呼ぼう」
レーナはコクリと一回頷いたが、気まずくなったのかそのまま俯いてしまった。
「それにしても、敵同士なのにお互いの名前を紹介し合うなんて、滑稽なもんだな」
ここで会わなかったら、お互い名もない兵士と戦乙女として殺し合いをしていたのだろうか……いや、想像する余地もないだろう。今は戦争中だ。そうに決まっていた。
やがて大き目な屋敷を見つける。その近くには倉庫があった。扉には鍵がかかっていたが、脆くなっていたので簡単にこじ開けることができた。
中に入ると、食糧の備蓄倉庫として使われていたのか、干し肉やら缶詰や乾パンが沢山置かれていた。
「保存状態もいい……これはラッキーだな」
毒が入っていないか気になったが、このまま食べなくても飢え死にするだけだ。ためしに缶詰の一つをナイフでこじ開け、一口だけ掬って食べてみると、芳醇なコンビーフの味が口の中に広がっていった。美味い。
「イケるな……こっちは乾パンか」
袋に入っているそれを、一つを取り出して齧ってみる。しかしかなりの硬さでなかなか噛み切るのに苦戦してしまった。
「くそっ、硬いな……」
近くでジーッと見ていたレーナは「私も食べたい」と俺の齧っていた握り拳くらいの乾パンを取り上げると、そのまま口に運ぼうとした
「おい、それ硬いぞ?」
しかし彼女は、はむっとパンに齧り付くと、特段苦労することもなく、嬉しそうに笑みを浮かべながら、どんどんと食べ進めていくのだった。
「ベルツパンみたいで、おいしい…!」
「よく、そんな硬いパン食えるな」
「祖国のパンはライ麦で作るんだけど、大抵硬いの。だからベルツの人はみんな硬いものが食べられるんだよ」
「ああ。ベルツのパンは硬くてマズイって有名だからな」
「そ、そんなことないよ……! パンは硬い方がおいしいの、良く噛んで食べることは健康いいんだよ」
「はは、老人みたいなこというんだな」
「……確かにおばあ様が言っていたことだ」
なんてことのないやり取りだったが、思わず笑みが溢れた。それは、なんだか懐かしくなるような不思議な感覚だった。
それから、俺達は黙々と食料品を食い。
一先ず満たされたあと、その中からいくつかを自分が目覚めた民家に持ち帰ることにした。いくつか調理器具があったはずだから、もしかしたら料理でもできるかもしれない。
「一昔前のかまどだな。使い方は分かるがマッチとか火打石の類はないな……」
民家に戻った俺は早速、確認をはじめる。いつまでこの生活が続くか分からないが、やることは山ほどありそうだ。
「木を擦り合わせるとか、原始的にいくしかないか?」
「ノア、それくらいなら……私できるよ」
レーナは小さく呪文のようなものを唱えたかと思うと、ひとさし指から小さな火を起こしてみせる。そのまま彼女は藁に火を点け、見事にかまどを着火してみせた。
「さすが、戦乙女といったところだな。魔法はまだ使えたのか?」
「アーマーで魔力を引き出さなくても、時間が経てば多少、魔力が回復して使えるようになるの……本当に少しだけ」
「なるほど。しかし戦える火力ではないな。アーマを装備しないと戦乙女もただの女の子と大差ないって訳か……」
その時、俺の中で一つの嫌な思い出が蘇ってきた。
「そんなこと思ったことなかったな。俺の中で戦乙女は……」
「ノア……?」
丁度一年前、俺はとある大隊いた。重戦車10台、中戦車15台を抱える戦車大隊だ。ある日ベルツの歩兵中隊を討伐するため、大隊で包囲を行い、戦闘開始の合図を待っていた。
簡単すぎる任務だった。戦闘が始まれば二時間もあれば攻略できるはずだった…。
その時、どこからかベルツの戦乙女の小隊……十人くらいだっただろう。そいつらがどこからともなく飛んできて、あっという間に戦車を破壊しつくした。中にいる操縦士が火ダルマになりながら操縦室から出てきても、彼女は容赦なく機関銃で殺した。中には、入隊からずっと一緒だった友人もいた。
俺は命からがら生き残ったものの、部隊は壊滅。そのときみた光景は悪魔が人の首を刈っているようにしか見えなかった。
「ノア…? さっきからどうしたの?」
レーナはこちらを心配そうな表情で見つめている。蒼い瞳は変わらず美しかった。
「……なんでもないさ」
「ノア、私なんとなく分かる。この生活、きっと長く続けられないよね」
レーナの言葉に俺は「さあな」と一言だけ返した。彼女のあまりにも頼りない態度に、かつて抱いた怒りをどこにぶつけることもできなかった。
「レーナ。この村にどちらかの軍隊がきたらどうする。俺たち連合軍か、ベルツ軍がきたら」
「……ベルツ軍はここまで来れないよ、もう戦争は負け。国民だってみんな感づいている。だから、もしここに連合軍がきたら」
「……その時は?」
「その時は、総統に敬礼して死を選ぶだけだよ」
美しかった彼女の瞳は濁り、なにも読み取ることはできなかった。しばらくの沈黙が続いたあと、彼女は「かまど使えそうだね」と小さく呟いた。
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