183話 聖なる決着
これほどの魔法が一瞬にして現れた事もそうだが、不可視のはずのこの風魔法は明らかに鮮緑の魔力光を放っていた。
『こ、これはアイレはんの風星!? でもこの魔力は…いや、まさか……』
ルイは頭上を見上げながら、この謎に満ちた魔法への驚愕と畏怖をこめて言葉を漏らす。
俺もルイと同様の驚きを抱いているし、魔力光を放っているという違いはあれど、この魔法をこの場で扱える者は一人しかいない。
俺は目を強化し、離れた場所で座り込んでいるはずのアイレを見る。だが、やはりアイレは膝にマーナを抱えたまま眠っているのか気を失っているのか、動いている気配はなかった。
さらにルイとの戦闘前に
ゴオォォォォォッ
《 アイレシアは今のわたしをこう呼んでいましたね 》
再び聞こえる謎の声。
そして声の主は俺も、おそらくルイも知るであろう魔法を
―――
鮮緑の風星がルイへ向け落下しはじめる。
(コココココ…アイレはん、やっぱり持ってたんやねぇ)
ルイは俺から風星に狙いを変え、九本の大尾をぶつけ合い身構えた。ドォンドォンという衝突音とともに雷が光度を増し、その質量を目に見えて増大させてゆく。
『やったろやないかいっ!』
ズン
『ギュァァアアァァッ!』
バリバリバリバリバリ!
風星を九本の尾で受け止め、今度は風と雷の激しいぶつかり合いが始まる。拮抗する双方の力は、暴風と雷花をあたり一帯にまき散らした。
畏怖の念をも起こさせるその戦いに、今の俺ではその場にいる事で精一杯。近づく事もできずにいる。
「あの雷でもかき消えない魔法だと…?」
ルイの魔力にぶつかることができる事自体、ありえないことだった。俺の知る限り、聖獣であるマーナ、古代種であるルイとコハクが放つ魔法は通常の魔法とは一線を画す。
現に俺の魔法などまるで通用しなかったし、唯一ダメージを与えた『
俺が驚きのなか最大級の攻防を見つめていると、またもあの声が頭に流れる。
《 わたしはアイレシアに宿った 意思ある
「い、意思がある…だって?」
《 ご存じのはずです 人はわたしを”聖霊”と呼んでいます アイレシアは眠りの中 あなたに
(聖霊だとっ!?)
アイレをアイレシアと呼んでいるのは大方予想はつく。だが、
古の名?
告げた?
話が飛び過ぎてもう訳が分からなかった。この感覚はマーナにもコハクにも、もっと言えば幻王馬にも味わわされた感覚だ。
《 彼女はまだ認知していません ですが わたしの事は感じ取っていたはずです そして あなたには不思議な力がある こうして意思を通わせているのですから 》
つまりアイレは聖霊を宿す者だが、アイレ自身その事をまだ知らないという事であり、俺には聖霊の声も届く力があると言っているのだろう。
俺は
だが俺自身は聖霊はおろか、聖獣であるマーナもクリスさんから預かっているだけで従えていない。声が聞こえるだけだ。何とも半端なものだなとも思えてしまう。
《 さぁ そろそろわたしも 魔の者も 限界のようです 最後はあなたの手で 》
多くの謎を残したまま、事の終わりを告げた聖霊。
ゴォッ!
バァン!
我に返り目の前の戦闘に意識を向けると、風星と雷はたがいに打ち消し合い、轟音を響かせて消えてしまった。
『どえらいダメージ食ろてもうた…まさか聖霊まで出てきよるなんざ、予想外すぎて笑えるわ』
聖霊をからくも
ぐらりと揺らぎつつ、四足を震わせながら立つルイ。
俺は心中で称賛を叫び、最後の力を振り絞って構える。
右手に夜桜を構えて右半身を引き、切先をルイへ向けた。
『幕でっか』
「…すまない」
『かまへんよ……いや…ジンはんで、よかった』
地を蹴りルイへ向かって突進。目前で高く飛び上がろうと踏み込むが、ブチリと嫌な音を立てて脚に力が入らなくなり、体勢が崩れそうになる。
だが、ふわりと鮮緑の風が吹き、俺をルイの上空へいざなった。
ルイは俺を見上げる事もせず、ただ立ち尽くす。
脚への強化を解除し、残りの魔力を夜桜へ込め、落下の勢いそのままに露出しているルイの魔力核へ切先を突き立てる。
ガシュン!
魔力核ごとルイの背を貫き、長きに渡った死闘はその幕を閉じた。
……―――――
「明かるなって二人の顔よー見えるわ。どんだけ泣くねん。最期に泣き顔なんか見たないで」
大量の魔力を放出し薄れゆくルイはそう言いながら、俺、アイレ、コハクに囲まれて
「るい いや」
元の獣人の姿にもどり、さらに魔を失って本来の自己を取りもどしたルイにコハクが覆いかぶさる。
ルイに掛けた布は、コハクの血と涙で
「ごめん、なさい…元に戻す方法は…見つけられなかった……」
そばで座り込むアイレは、悔しそうにコハクと同様に大粒の涙を流しながら自責の念を口にする。
こればっかりはしょうがないと、苦労をかけたと、ウチこそゴメンと、ルイに頭を撫でられたアイレはわっと泣き始めた。
俺にはコハクの要望に応える事も、アイレをなぐさめてやる事もできない。とどめを刺した俺には、そんな資格も無いのだと思う。
最後は二人で送ってやるべきだと、その場を離れようと背を向けるとルイの言葉が俺の脚をとめた。
「どこ行くんじゃい」
「………」
「ちゃんと
何を、とは問うまでも無いだろう。
「わかった。…と言いたいがな。俺は冒険者だ」
「知っとる。それでもや。ウチおらんなったら、ジンはん以外にいてへんのや」
この子を頼む―――
ルイはまっすぐに俺を見据え、さめざめと泣くコハクの頭に手を置いた。
ルイという柱を失うミトレス連邦は、これから大きな試練を迎えるだろう。とりわけ獣人国ラクリの失意は計り知れないものとなる。そんな中でホワイトリムの危険を一手に引き受けていた山神様ことコハクが地を離れれば、大きな損失となる。
俺はコハクを連れていくことで出かねない、さまざまな影響を頭の中で巡らせた。
本当にいいのか。俺にできるのか。
ごちゃごちゃ考えてしまうのは俺の悪いクセなんだろう。それでも意を決し、俺は首を縦にふった。
「やっぱええ男やで。生まれ変わったら、ウチのこと嫁にもろてくれへん?」
ククッといたずらっぽく笑いながら、その身体は薄らぎ続けている。前世を知る俺からすればあながち冗談にも聞こえないのだが、
「ああ、その時はよろしく頼む」
今度は即座に答えた。
俺とルイのやり取りにアイレが泣きながらくすりと笑い、コハクもわからないまま『よめ』とつぶやいた。
《 まーたそんな約束しちゃってさ。しらないよぉ~? 》
ここでマーナが狼から水色の玉にその姿を変え、宙をふわふわと浮きながら参戦してくる。
だが、次の言葉は全く予想だにしない、到底受け入れられないのもだった。
《 さよならだね ジン 》
それは、別れの言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます