176話 魔導塔の戦いⅡ
蒼白の魔力を瞳にたたえるコハクは怒っている訳でも、悲しんでいる訳でもない。
ただ、大好きな人達が殺し合っている事が、少女には耐えられなかった。
コハクなりに示した覚悟を目の当たりにし、この小さな少女をこれまで信じ切れずにいたアイレの胸の内がズキリと痛む。
まだ多くの言葉も理解できない子供だ
強大な力を秘めている
実際 力を制御できず獣人を殺してしまっている
扱いの難しいこの少女は 下手をすれば亜人に災いをもたらす
そんな考えがアイレの心理深くに根付いていた。ジンと共にホワイトリムへ迎えに行った時も、どこかコハクとは距離を置いていた自分がいたのは確かだった。
その証拠に会ったばかりのジンには懐いて、自分は名前すら呼ばれていない。それを良しとしてきたし、コハクもきっと自分の事は特別なんとも思っていないだろう。
別に嫌っている訳ではないし、世話をするのも構わない。子供は好きな方だ。だけど、どこかコハクに対して恐れを抱いていたのは間違いない。
「いっぱい がんばる こわくない」
この言葉で、アイレはコハクに再度目線を合わせ、建前では無く心の奥底から言葉を放つ。
「コハクは私の事こわい?」
ふるふるとかぶりを振る。
「そっか。でもね、私はあなたが怖かったの」
「………」
「でも、それももうお終い。ちゃんとあなたに向き合うわ」
コハクにはわからない。たくさん優しくしてくれたおねえちゃんが、自分を怖がっているはずなんて無いと思ったからだ。
アイレはコハクに言葉を分かってもらいたい訳ではない。自分に言い聞かせている。
「臆病な私だけど、お友達になってくれるかな?」
「おともだち」
「そう。手を繋いで、一緒に歩いて、一緒に嬉しくなったり悲しくなったりしてくれる人のことよ」
「いっぱい いっしょ」
「…どうかな?」
変わらずじっとアイレの目を見るコハク。いつの間にかコハクも、アイレの目をみて話せている事には気付いていない。
そして、リンと鈴を鳴らして首を縦に振った。
「おともだち なる」
「そっか、ありがとう。それじゃあ、まずは私の名前呼んでみて?」
そう言われ、コハクはポカンと口を開けて固まってしまう。
「あ う」
「ほらほら~頑張るんでしょ~?」
出会いの当初に伝えたし、今まで何度も会話の中でアイレの名は出てきているのだ。さすがに名前を知らないはずが無い。
「あ あ おねえ ちゃん」
「ん~? なに~? きこえな~い」
コハクは頬を真っ赤にしてうつむく。なぜだかこれまで感じた事のない、『恥ずかしい』という感情を十二分に味わわされていた。先程の戦う決心とはまた異なる決心を要求されているのだ。
だがコハクは逃げない。意を決し、聞きなれた名前を呼んだ。
「あ あい あいれおねえちゃん」
「はーいっ♪」
初めて名を呼ばれ、アイレはこれまでの愛玩動物に近い感情からくる抱擁ではなく、友達としての親愛の抱擁をした。
「これで私たちはお友達よ!」
「あいれおねえちゃん ずるい」
「ふふっ。私は優しくなんてないのよ?」
悪戯っぽく笑いかけ、すっくと立ち上がる。
「じゃあ、コハク。私たちの大好きな人、助けてあげてくれる? 私も後から行くわ」
コハクはコクリと頷き、冷気を纏ってフワリと塔から飛び降りた。
◇
(私は最低だ…あの子の力を頼って一人で行かせて…でもコハク、お願い。さっきは焦ってああ言ったけど…悔しいけど、今の私じゃ足手まといになる)
アイレは少女の背中を見届けながらギュッと拳を握り締める。
「だけど、こっちは任せて」
魔人のいる階上へ至る道がないなら作ればいいと、アイレは天井に穴を空けようと風弾をぶつけた。
ドォン!
「――!?」
だが、天井は思いのほか固く穴は開かなかった。
しかし部屋の片隅からキィキィという音がし、歩み寄り見上げると、風弾の衝撃で外れた蓋、そして隠された梯子が現れる。五、六メートルほどの縦穴の途中にかけられたポツリと一つあるランプの先には、備え付けられた取っ手のような物が見えた。
「あの人風に言えば、こざかしいマネをってところかな。…いえ、やっぱり隠し階段とか見つけたら喜びそうだわ」
アイレはふっと笑って迷いなく梯子に手をかける。カンカンと登り、重たい天板を風の助けを得て難なく開いた。
ビュッと吹き付ける冷たいとも温かいとも言えない風。扉の先は屋上だった。屋根も壁もなく、金属製の円柱が不規則に立っている。踏みしめた感触から、床も分厚い金属で出来ているかもしれない。
注意深く辺りを見回す。そして一つの人影を見つけ、その主、王城方面を見下ろしている人物に歩み寄りその背中に声を上げた。
「メフィストっ!!」
その声で振り返った人物は、赤い瞳と黒い眼球、そして虚ろな目を向けた。
「…お、お、おおっ!」
だが振り向いたと同時に虚ろだった目に生気が宿り、興奮した様子でその目にアイレの姿を映す。
「だれが我が家を荒らしているかと思えば、
「(きもっ)…だったら何?」
アイレは不快感を隠すことなく、両手を広げ急に喜び出したメフィストに
「ゴホン、これは失敬。私はご存じの通りメフィストと申します。ようこそ我が魔導塔へ!」
「どうでもいいから、死にたくなければ今すぐルイを元に戻しなさい」
ピクリと大仰な動きを止め、メフィストはぽりぽりと頭をかく。かいた頭からフケが舞った。
「早々につまらない事を言いますなぁ…あれを元に戻す? 冗談じゃない! 新たな魔王種の誕生を祝えないなど人生損をしてますぞ!」
再度両手を広げ、喜々として話すメフィストにアイレはゴッと風を渦巻かせる。
「魔王種ですって? ふざけるな! 偉大な女王を魔物呼ばわりするなんて許さない!」
「あー…はいはい。もう結構でーす。とは言ってもアレは失敗作でしてねぇ。ぜぇひ! 次はあなたで試させて頂きたぁい!」
「もうだまれ!」
ギリッと奥歯を鳴らし、アイレはメフィストに向かって突撃した。
シュドドドドド!
刺突の嵐を繰り出し、メフィストを滅多刺しにする。メフィストは両腕を顔の前で交差させ、逃げるでもなく、避けるでもなく、その攻撃を全て受けていた。
「はあっ!」
ズバン!
繰り出した袈裟斬りはメフィストの左腕をボトリと地面に落とし、肩口から脇腹までを深々と斬り裂いた。
ヒュオォォォ――――
「お、おおっ!?」
「さぁ、ルイを元に戻す方法を言いなさい。さもないと、このまま鉄の地面に叩きつけるわ」
最終警告だと、風の力でメフィストを浮かび上がらせる。人間なら叩きつけるだけで普通に死ぬし、如何に魔人化しているとはいえ、戦士でも何でもないメフィストでは致命傷は免れないだろう。
だが、メフィストは身体中から白いもやを立ち上らせながら、命乞いどころかニチャリとアイレの最後通告をあざ笑う。
「ひゃーっひゃっひゃっ! 理解力が足りませんなぁ姫。失敗作だと言ったでしょぉ? あれはもう誰の手にも負えない、ただの喋る魔物なんですよぉっ!」
「っ!? …つまりアンタが能無しだからルイは元に戻せないと?」
怒りをどうにか抑え、アイレは冷静に言葉を返す。この言葉にメフィストはピタリと動きを止め、わなわなと肩を震わせた。
「有象無象にこのメフィストの英知を理解できるはずないわなぁ! モルモットの分際でナメた事いってんじゃねぇ!」
アイレの目の前が暗くなる。こんなヤツが魔人を生み出し、戦争の引き金を作ったのかと。こんなヤツのせいで多くの同胞が殺されたのかと。
返す言葉も無いと、アイレは手を振り下ろし、メフィストを鉄の地面に向けて加速させた。
ドチャッ!
「ぐえっ―――」
地面に勢いよく叩きつけられたメフィストは沈黙。血だまりの中ピクリとも動かなくなった。
そしてアイレは油断なく円柱に隠れているもう一人の魔人に向き直る。広範囲に展開している風纏いの前では、物陰に隠れるなど意味をなさない。
声を掛ける事すらせず、隠れているメフィストの助手であろう魔人に向かって再度風を巻き上がらせた。
「あわわわわ! なんで見つかったんだ!?」
ふわりと宙に浮かばされた助手を睨みつけ、アイレは再度問う。
「ルイを元に戻す方法を教えなさい。
「ちょっ、待って待って! 本当に無いんですよっ! メフィスト様でも戻せないし、第一、それが出来るなら魔物を人にすることが可能という事になりますから! 人を魔物にするのとはワケが違うんですよぉっ!」
必死の形相で手段のない事を叫ぶ助手。その事をおぼろげに察していたアイレは慌てる事も無く、最初から生かしておくつもりはなかったと、無言でその手を振り下ろした。
「わーっ、死にたくないよぉっ!」
パチン――――
「なっ!?」
背後から鳴った指の音。
その瞬間、全ての円柱に魔法陣が現れた。
「あだっ!」
ドスンと地面に落ちた助手は尻をさすり
アイレの近くにある大小様々な魔法陣が明滅する。纏っていた風は音もなく魔素へと還り、その効果を失った。
「まさか…っく!」
アイレは明滅する魔法陣から離れようと移動するが、今度は離れた先にある魔法陣が明滅した。
(風が発現しないっ! これがジンの言ってた吸収魔法陣! まずいっ!)
ガキン!
魔法陣の危険性を即座に察知したアイレは円柱を壊そうと
「おやぁ~? どうやらご存じのようですねぇ。この魔法陣の効果を」
死んでもおかしくはなかったダメージがあるはずのメフィストがゆらりと立ち上がり、その顔を歪ませる。斬った左腕は再生しているどころか、元の数倍の大きさの黒い腕に変わり、身体と不釣り合いなその様にアイレは不快な目を向けた。
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