第四・一章 ドルムンド防衛戦

94話 ドルムンド防衛戦Ⅰ


今話より四・一章と題し、十七話に渡って主人公不在の戦争に入ります。

本章を積み置いて頂き、第五章『111話 紡いだ笑顔』へお進み頂いても本編への影響は軽微なものに留まります。


本陣・中央軍・左翼軍・右翼軍・後方支援部隊と言った感じで、場面遷移が激しいので、読者様によっては数話を一気読みされた方が楽しめるかもしれません。


では、お楽しみください!



■ ■ ■ ■ ■ ■



 ジンがリュディア近郊の森でクリスティーナからの手紙を読んでいた、ほぼ同じ頃。


  地人ドワーフの国ドルムンドでも大きな動きがあった。


「あれが噂の『魔人の成り損ない』が入った檻かぇ? 獣人ベスティアの」


「ジャックです。いい加減覚えて下さいワジル殿。そうです、見紛うはずありません。それにしてもまだ居たのか…我々が殲滅したと思ったのは一部だったのか―――」


「もしくは新たに造られたか」


「おお、ヒューブレスト殿」


 今、ドルムンドには帝国西方に位置する有力都市の騎士団が集結していた。それに加え、涙の日を生き残った獣人ベスティア十人が加わり、ジオルディーネ軍に一矢報いる、いや、女王ルイの仇を討つべくドルムンドに参陣していた。


「ウチの斥候の調べでは、あの檻には二千は居るとの事ですよ」


「二千か…それにしても人間の探知魔法サーチとは便利な魔法よの」


 地人ドワーフの長であるワジルがそういうと、サイの獣人ジャックがそれに同意する。亜人は扱える属性魔法が先天的に決まっており、例外は無いと言われている。地人ドワーフは地魔法、獣人ベスティアは雷魔法というようにだ。


 亜人は無属性の強化魔法や探知魔法といった魔法は使えないが、自身が扱える属性魔法に関しては、人間のレベルをはるかに超える力を発揮するのが通常だ。だが人間のみが扱う、汎用性の高い無属性魔法を羨むのは、仕方の無い事なのかもしれない。


 ガーランド騎士団長のヒューブレストはワジルの援軍要請を受け、いち早く騎士団を率いてドルムンドに入っていた。ガーランドの領主づたいに、皇帝ウィンザルフから何としてでもドルムンドを守れとの皇命が下っている。


「魔人の存在は確認されておらんが、檻が到着したという事は明日には攻め込んでくるはずだ。ドッキアのローベルト殿とフリュクレフのフィオレ殿をお呼びしろ。ワジル殿とジャック殿も共に軍議へ。よろしいか?」


「もちろんじゃ」

「当然です」


「団長、北方スウィンズウェルよりスウィンズウェル騎士団が到着しました」

「おお! 間に合ったか! 団長アスケリノ殿をここへお通ししろ」

「はっ」


 かくして軍議が始まった。


「先に言わせてくれ。帝国騎士達よ、こうしてドルムンドに援軍に駆け付けてくれた事、地人ドワーフを代表して礼を申し上げる」


 ワジルの謝意に騎士団長四名が頷く。


「ドルムンドに何かあればウチの街の地人ドワーフに怒られてしまいます。この戦い頑張りますよ」


 ドッキア騎士団のローベルトがあまり気負うなと言いたげに、ワジルに微笑む。


「ウチもドッキアと似たようなもんですよ。では始める前に確認を。陛下の勅命に則り、此度の総指揮をこのヒューブレストが務めさせて頂く。各自異論はござらんか」


 ………。


 勅命なのだから当然だろうと、その場の全員が沈黙で返す。


「では、次に軍容の最終確認をしておく」


 ◇


【地人国ドルムンド・アルバート帝国連合軍 一万五千】

 地人ドワーフ支援隊 五百人

 ガーランド騎士団 団長ヒューブレスト以下 二千人

 ドッキア騎士団 団長ローベルト以下 二千人

 フリュクレフ騎士団  団長フィオレ以下 一千五百人

 スウィンズウェル騎士団 団長アスケリノ以下 一千人 

 獣人隊 隊長ジャック以下 十人

 一般兵 八千人


【ジオルディーネ王国軍 一万四千】

王国兵 一万二千人

魔人兵 二千人(予想)


 ◇


「儂ら地人ドワーフはほとんどの者は戦いは苦手と言っていい。だがこの街は儂らが外敵に備え造り上げた、強固な壁と兵器に囲まれておる。これを使いこなせるのは儂らだけじゃ。街の守りと支援は儂らに任せてもらおうかの」


「それがいいでしょう。数の上ではほぼ互角だが、何より魔人兵ゾンビの強さ次第で大きな戦力差が生まれる可能性がある。ジャック殿、魔人兵について皆に説明を」


 ヒューブレストに水を向けられ、この中で唯一魔人と戦った事のある獣人ジャックが説明する。


「承知。我々が対峙した『魔人のなり損ない』、いわゆる魔人兵ゾンビは三段階の強さに分かれていた。最も弱いゾンビなら一般兵とさして変わらず、単純に一人分の戦力と考えて問題無いでしょう」


「ふむ。あえてランク付けするならFもしくはEといったところか?」


「人間の基準が分かりかねますが、E級の魔物で例えばどういったやつらが当てはまりますか?」


「Eならオークやアーマースケルトンが該当するね」


「ああ、そんなものでしょう。二段階目の相手は多少厄介です。油断すると怪我をしますが、一般兵はともかく騎士団なら対応できると思います。魔物で言うとそうですね…アーマースケルトンナイトやスケルトンウィザードといったところでしょうか」


「D級格か…こうなると最後はあまり考えたくないな」


「やはり手ごわいのか、三段階目は」


「ええ。装備もしっかりしていますし基本がトロール級、中にはリビングメイル級も居ましたよ」


「C級の中にB級が混ざる感じか」


「そいつはまずいな…騎士団でも一番隊しか対抗できん」


「しかし、俺らが戦った時は三段階目は五百体でした。今回は二千体なのでしょう? 二千体全てが三段階目とは考えづらい。良ければゼロ、悪くて混成部隊と考えておくべきでしょうね」


「…ならば、魔人兵は二千の内、五百体を強軍と考えて編成しよう」


 その後しばらく話し合い、各隊配置が決まりかけた矢先、軍議の場に伝令員の報告が入る。


「失礼します。冒険者パーティー三組のリーダーが参られました」


「来られたか。お通ししろ」


「はっ」


 団員に促され、軍議の場に三名の冒険者が入場し席に着く。三人とも尋常ではない雰囲気を醸し出しており、帝国西部で知らぬ者はいない冒険者達である。


「軍議中に失礼した。鉄の大牙アイゼンタスクリーダーのアッガスです」

破砕の拳クラッシャー、ウォーレス」

「ネームは恥ずかしいしあまり言いたくないんだけど。喚水の冠帯アクルトクラウンのフロールよ。よろしく」


 アッガスの顔を見て、ドッキア騎士団長のローベルトは笑みを浮かべる。


「アッガス殿、久しいな。鉄の大牙に依頼するとはクリスティーナ殿もこの戦の重要性を分かっておられる。皆、この方々の戦力は騎士団員百人に匹敵すると言っていい。私が保証しよう」


「お久しぶりですな、ローベルト殿。いやなに、冒険者として依頼を果たしに来たまでです」


 アッガスの抜身の大剣クレイモアが背で光る。ドッキア最強の冒険者パーティーである鉄の大牙は、帝国西方の都市であるガーランドとフリュクレフの騎士団にも聞こえていた。


ガーランドのギルドマスターウチのカストルさんには特にお願いしておいてよかった。頼りにしていますウォーレス殿、フロール殿」


「…ああ」


「相変わらず愛想無いよねウォーレス。カストルさんに言われたら断れないわよ。お手柔らかにお願いねぇ、ヒューブレストだんちょ」


「水の魔女がおられれば、それこそ百人力だ」


 破砕の拳リーダーのウォーレスは絵に描いたような武闘家で、冒険者ギルドでの登録はもちろん武闘士ファイターである。その拳で砕けぬものは無いと言われるほどの強化魔法の使い手で、嵐の如く繰り出される拳の前に立つ者は、その原型を留めないとさえ言われるほどである。


 フロールの小言にも、愛想も言葉も戦場には不要と言わんばかりのしかめっ面で微動だにしない。彼はただ口下手なだけなのだが。


 そのフロールはガーランド騎士団長のヒューブレストに”水の魔女”と言わしめる程の水属性魔法の使い手で、彼女の力がそのままパーティー名になっている。


 ネームドパーティーのパーティー名はリーダーの特徴をストレートに表しており、パーティー名と共にリーダーの名が広く認知されるよう、ギルドがそう命名していたりする。


 こうして主だった戦力が揃ったところで、フリュクレフ騎士団長フィオレがスウィンズウェル騎士団長のアスケリノに、気になっていた事を質問した。


「気になっていたんですがアスケリノさん。どうしてはるばる北方からお越しになったのです? フリュクレフウチもドルムンドからは結構離れていますが、スウィンズウェルはそれどころじゃないでしょう。いや、来て頂いた事はありがたいのですが。陛下の勅命ですか?」


「ははっ、確かに気になりますよね。実はスウィンズウェルウチの領主夫人が、この戦は帝国の未来に関わる重要な戦だと言って出向くと仰られましてね。ご領主も夫人の言う事には逆らえませんし、お一人で行かせる訳もいかず、我々も同行する運びとなったのですよ」


「スウィンズウェル領主夫人……」


 アスケリノは当然だが、その場にいる他の騎士団長三名も、当然その人物を知っている。

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