55話 罪と罰

「「「ジン(君)!」」」


 店に飛び込んできたレオ達三人は、慌てて俺の側に駆け寄りジョゼフ達を睨みつける。


「お前らっ! まだこの村にいたのか!」

「ジンにまで手を出すなんて!」

「ごめんね。この人たちの事先に言っておけばこんなことには…」


「お~? お前らこないだのガキ共じゃねか。魔法術師そこのの女を渡す気になったかぁ?」

「あんた達のお仲間だったのねぇ? そのの♪」

「雑魚の仲良しパーティーってか!? ヒャハハハ!」

「そんなゴミパーティー辞めて俺らんトコ来いよぉ! 可愛がってやるからさぁ」


 やはりディケンズに怪我を負わせたのはジョゼフ達のようだ。だがレオ曰く先に手を出したのはディケンズであり、返り討ちにされただけ。ジョゼフ達だけが責められる訳では無かった。そういう事情もあり、前回はレオ達が我慢して事を収めたのだが、今回はもう我慢の限界といった様子だ。


「も、もう我慢出来ねぇ…ミコト、オルガナ、すまんっ!」

「私ももう無理よ! ジンは何もしないで! これは私達の問題で済ませるから!」


 怒り心頭のレオは額に血管を浮かび上がらせ拳を握りしめ、ミコトの拳には強化魔法が施されている。背中の矢に手を掛けないのがギリギリの理性だった。


 俺の為にギルド内で暴力沙汰を起こそうとしている二人に心の中で感謝しつつ、冷静に諫めた。こんな奴らのせいでペナルティを受けてほしくない。


「やめろっ二人共! 俺は大丈夫だ!」


「っつ!」

「ジンっ! でも!」


「大丈夫だぁ? そのザマでよく言えたもんだな。はっ、もういい。カスと喋んのは吐き気がする。そいつが入ったんなら、この嬢ちゃんは要らねぇよな。 さぁ、こっちに来い!」


「きゃっ! や、やめて!」


 俺の目の前でジョゼフとその仲間がオルガナを取り囲み、舐めるようにオルガナを見定めて連れ去ろうとする。


 本気か…? こいつら。


「ジョ、ジョゼフさん…さすがにそれはちょっと、勧誘の域を超えているような気が…」


 ジョゼフ達の蛮行を見て、見かねたギルドの職員が止めに入るが全く気に留める様子は無い。


「あー…職員さんよぉ…この村で一番強えー俺達に魔法術師ソーサラーが加われば、もっとこの村の為になると思わねぇか? まぁオルガナこいつも今は魔法術師ソーサラーとしては雑魚だが、俺達で育ててやるって言ってんだ。ギルドとしてもこんなありがてぇ話はねぇだろ?」


「し、しかし、本人の同意が…」


「そんなヌルい事言ってっからこの村のヤツらは雑魚ばっかなんだよ! さっさとパーティー登録しとけ!」


「ひっ…」


 ジョゼフの恫喝に怯えるギルド職員。

 

 俺は殴りかかろうとするレオとミコトを何とか制し、あまりに身勝手な言い分を並べる野盗のごとき輩達の間に入る。


「ジョゼフさん。これ以上は取り返しがつかなくなります。オルガナも嫌がっていますし、どうかそのくらいに。そうだよなオルガナ」


 コクコクと頷くオルガナ。頭を下げて何とか事を収めようとするが、突然警告を発した俺を見て、ジョゼフ達の苛立ちは頂点に達した。


「誰の許可で立ち上がってんだ! ゴミカスがぁ!」


 ボガッ!


 怒りに任せ、俺の腹を蹴り上げて壁際に殴り飛ばすジョゼフ。さっきの顔面への蹴りが大して効いていなかったと判断したのか、今度は強化魔法のおまけつきだ。


 壁際でうな垂れる俺に仲間の二人が追撃を加えようとするが、スッと立ち上がりそれらを制す。


「な、なんでジョゼフのあれ食らって立てるんだこのガキ…」

「たまたまだろ!」


 一瞬たじろいだに見えた二人は両脇に回り込み一人が俺の身体を抑え、もう一人が殴りかかる体勢に入った。


「今だ!」


 ブンッ


「おっ!?」

「こ、このっ、馬鹿力が!」


 後ろから掴みかかった仲間ごと引きずり、遅すぎる拳をかわす。


 殴られてやっても満足しないし、頭を下げても一向に退かない。


(これは…もう…)


 俺はこの者達を処罰せざるを得ないと判断した。


「残念です。ジョゼフさん」


「ああっ!?」


「――地の隆起グランドジャット


 ゴウンゴウンゴウンゴウン


 ギルド兼食堂の建物全体を巨大な土壁で覆う。彼らを逃がさない為だ。


「ジ、ジン?」


 何かしらの魔法を使った事を察知したレオが、様子の変わった俺を見て心配そうに振り返った。


「レオ、ミコト、オルガナ。心配しなくていい。俺が甘かったらしい」


「なんのマネだぁ! クソガキ!」

「こ、これって土魔法!? まさかこの坊やが?」

「おい! これじゃあ出られねぇぞ!」


「ギルドマスター、いや…こちらの支部長はいらっしゃいますか?」


「お、俺だ」


 さっき俺の後ろにいて、温かい酒と豆を出してくれた従業員が名乗りを上げる。


 あんたかい…よくも黙って見ていたな…


「村にドッキア騎士団の駐屯隊は居ますか?」


「い、いや。この村は自警団だけで村の警備を担っていて、ここが自警団本部でもある」


「そうですか。ならばドッキア騎士団に通信魔法トランスミヨンを」


 後ろの支部長にだけ見えるように、首から下げられたギルドカードとガラスのカードを見せて、する。


「あっ!」


 ガラスのカードを見て、俺がアジェンテであることぐらいは分かったようだ。支部長の顔はみるみる青ざめていき、力なく壁際にもたれかかった。彼の諦めも当然だろう、自分も処罰を受けるのは明白だからだ。


「このガキ一体何を…」


 目の前の青年が一体何をしようとしているのかは誰にもわからない。あれだけ殴られ痛めつけられたのにも関わらず、平然としているのもおかしいが、どことなく近寄り難い雰囲気を醸し出している。


 店内にドッキア騎士団との通信魔法トランスミヨンが響き渡る。やはりギルドで使われる通信魔法トランスミヨンの陣は拡声機能があるようだ。


 ◇


(ドッキア騎士団通信士オペレーター。ドッキア冒険者ギルドシス支部。どうぞ。)


「アジェンテ、ジン・リカルドです。貴団へ罪人一名の引き渡しを行いたいのです。罪状は誘拐未遂、営業妨害、無抵抗の者への暴行です。罪人は四人いますが、残りの三名は幇助ほうじょもしくは扇動なので、こちらで処分いたします」


(おお! 貴殿が最年少アジェンテのリカルド殿でありますか! ご苦労様です! して、その一名は冒険者でしょうか?)


「ええ、冒険者を自称しております」


(そうですか。であるなら、暴れられた場合、多少こちらの戦力に不安がございます。法にのっとるのでしたら、四肢の一部を切断して拘束して頂く必要がありますが)


「わかりました。暴れないよう対策を講じます。いつ頃到着できそうでしょうか?」


(申し訳ありません。二十日程度はかかりそうです)


「了解しました。ご到着まで自警団にて拘束して頂きます。よろしくお願いいたします」


(はっ! ご協力感謝いたします!)


 ◇


 目の前で淡々と繰り広げられたやり取りに、支部長以外は誰も付いて来られない。


「支部長さん説明を。冒険者ギルドとしての処分は貴方が下してください。私はこんな事やりたくなかったのです。貴方の尻ぬぐいをするのですから、ここは仕事をして頂かないと困ります」


「しょ、承知致しました…ジョゼフ君。君はドッキア騎士団の到着次第引き渡され、法によって裁かれます。罪人となった者の冒険者資格は自動的に剥奪となります」


 支部長が淡々と冒険者ギルド規定に則った処分を下してゆく。


「続いて冒険者パイク、ミランダ、ゴードン。罪人のパーティーメンバーとしてその行いをいさめるばかりか、助長していました。程度の差こそあれ、情状酌量の余地はありません。各自Gランクへの降格とします。罪人としての処罰は、こちらにいるアジェンテ殿に一任されます。以上です」


 突如下されたジョゼフ達への処罰に、ギルド兼食堂は騒然となる。


「ふ…ふざ…ふざけるなぁ!! こんなガキが…ア、アジェンテな訳ねぇだろっ!」

「Gランク? お、俺が…? なんでだよ!」

「ちょっ、ちょっと待ってよ! さっきは私が悪かったわ! それに、私は特に何もしてないでしょ!?」

「訳わかんねぇよ! なんなんだこいつ! ちょーしこいてんじゃねぇぞ!」


 顔を真っ赤にしブチ切れるジョゼフ。これもまた仕方ないだろう。突然の死刑宣告といっても過言ではないのだ。四人の取り乱しようは目も当てられない。


 ジョゼフ達にギルドカードを見せ、改めて宣告する。


「残念ですが、貴方とお仲間はもう終わりです。大人しくしてください」


「Bランク!? こんな…こんなガキが俺より上…だと? そんな馬鹿な事ある訳ねぇっ! ぶっ殺してやるっ!」


 今度は腰の剣に手を掛けたジョゼフ。抜かせまいと魔法を発動しようとしたその瞬間、


 ドゴッ!

 バキッ!


「ぶげぇっ!」


 抜かせなかったのは俺の風魔法では無く、レオとミコトの拳だった。壁際まで殴り飛ばされたジョゼフは、顔の形を変えてあっさりと気絶した。


 今のこの二人ならこれくらいはやってのけてもおかしくは無いよな。


 ザコだのなんだのと馬鹿にしていた相手にあっさりと自分達のリーダーがやられてしまい、他の三人は言葉を失った。


 俺が風魔法を収束していた右手を解放すると、レオが聞いているはずの無いジョゼフに声を荒げた。


「よかったなお前! 俺達じゃなくてジンがやってたら死んでたぞ!」


 レオとミコトは向き直り、親指を立てて二人は俺に笑いかけた。


「ジン! 今のは正当防衛だよな!?」

「あったり前でしょ! こいつ罪人なんだし!」


 ミコトがふんっと鼻を鳴らす。


「臆病な私がいけなかったよね…みんなごめんなさい…」

「オルガナは何っにも悪くない!」


 被害者のはずのオルガナが涙目で俺達3人に頭を下げたのを見て、ミコトがオルガナを抱きしめた。


「はははっ。問題ないよ、ありがとうレオ、ミコト。オルガナも気にする事は無いぞ。君は悪くない。さて…竜の威圧あとの三人


 ――――ズンッ


「ひぃぃぃっ!」

「こ、ころさないでくださいっ!」

「ずみばぜんずみばぜんずみばぜん!」


 直接殺意を向けられたパイク、ミランダ、ゴードンのジョゼフパーティー三人は、ガタガタと震えてうずくる。その他好奇の目で俺達を見ていたその場の全員も、突如走った悪寒に言葉を失っている。


 食堂客やギルド職員は巻き添えを食らった形ではあったが、人がいびられ、殴られる所を観客気分で見ていたのだから、多少の罰もあっていい。


 俺だって、澄ましたフリして腹が立ってるんだ。


 因みに仲間に殺意は向かないので、威圧の効果範囲に入っていても効かない。



◇ ◇ ◇ ◇



 俺は大きなくしゃみをし、自分が全身酒まみれなのを思い出す。ミコトとオルガナが濡らした布で、笑いながら乱暴に拭ってくれた。


 そんな四人をよそに、未だに周りは固まって動けないでいた。


「なぁジン。そろそろ土壁解除してもいいんじゃねぇか?」


「そうだなぁ…三人共。今から店を囲んでいる壁を解除しますが、あなた方の罰が決まっていない。逃げても無駄な事くらいは分かりますね? まぁ、恐怖で動けないと思いますが」


 そう言って土壁を解除、ギルド兼店舗を解放した。店の周りには人だかりが出来ており、中で何が起こっていたのかを確認する為に、自警団が警戒しながらも続々と入ってくる。


 事のあらましを説明し、レオとミコトに殴られて気絶していたジョゼフは身包みを剥がされ、地下牢に連れていかれた。


「パイクさん、ミランダさん、ゴードンさん」


 俺に睨みつけられながら自警団に囲まれた三人は、名を呼ばれ身体をビクッと震わせる。もう抵抗する無謀な勇気は無いようだ。


 自分達がこき下ろした相手は、実は竜だったのだから。


「三人はこれからも、このシスの村で冒険者を続けるように」


「えっ!? しかしリカルド殿。こいつらのやった事を考えますと…」


 俺の処分が甘すぎると感じたのか、自警団長が不満気だ。


「この人達はこの村の貴重な戦力なのでしょう? そもそもジョゼフが居なければ三人共。村からの逃亡や再度罪を犯せば即指名手配、捕らえられて死刑となります。その事は覚えておいた方がいい」


「…はい」

「わかりました…」

「はぃぃ…」


「ああ、そうだ。ミランダさんは治癒魔法ヒール出来ましたよね?」


「一応治癒術師ヒーラーです…」


 恐る恐る声を絞り出すミランダ。


「よかった。貴方達が怪我をさせたディケンズという人を完治させて下さい。そうすれば貴方の扇動罪は許して差し上げましょう」


「ほ、本当に!?」


「ええ。完治させられたらですけど。そもそも貴方は調子に乗ってしまっただけですから。手を出したこの二人より罰は軽いものであるべきです」


「ジン! そんなことしていいのか!?」


「いいんじゃないかな。喧嘩は両成敗だ」


「確かに…ケンは嫌がるかもしれないけど、あいつも悪いんだしね」


「なんでジン君そんな事分かるの!? ケン君とあった事あるの!?」


「無いよ。でも何となくディケンズ君が怒った理由は分かってるつもりだ」


 その後その場は無事収まりを見せ、パイクとゴードンは自警団に連れられ、十日の監禁生活の後、村の為に働くことになった。案の定、この二人はジョゼフの腰巾着だったので現実を目の当たりにすると途端に弱気になり、さっきまでの威勢はどこへやらの状態だった。



◇ ◇ ◇ ◇



 ギルド兼食堂を出た俺達はディケンズが休む建物まで来ている。


「俺は外で待ってる。一気に色々話しても混乱するだけだろう」


「わかった。先に色々話しておくから、そこからはジンの思うようにして欲しい。言っておくが俺はケンが何と言おうと、ジンについて行くからな」


「あたしだってそうよ」

「私はケン君を説得して見せる!」

「ああ。知ってるよ」



「ケン。入るぞ」


 レオがディケンズの休んでいる部屋に入って事情を説明する。最初は一緒に入ってきたミランダを見て罵声を浴びせていたが、あまりにしおらしくしているミランダに毒気を抜かれ、大人しくなったようだ。


 治療を終え、ミランダが先に出て来た。


「完治出来たようですね」

「はい…」

「ではミランダさんはもう自由です。お好きになさって下さい」

「あの…調子に乗ってすみませんでした!」


「はい。私が言うのもはばかられますが、落とし穴は見えないところにあると思います。これからは気を付けて下さい」


「はい…」


 年下の青年に説教され、トボトボとその場を後にするミランダ。もう馬鹿な連れ合いと共にする事の無いように祈るばかりだ。


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