14話 新たなる聖地

 神獣ロードフェニクスがスルト村へ飛来してから五日目の昼。


 皇帝ウィンザルフを乗せた軍用馬車を伴い、アルバニア騎士団、魔法師団がスルト村へ到着した。五〇〇名という連隊の為、村には全員が入る訳もなく、ウィンザルフを含む二〇名が村に入り、残りの団員はがスルト村周辺の警備に当たるという、村の開拓史上最も強固な警備態勢が敷かれた。


 その二〇名の中にはアルバニア騎士団長カーライル、魔法師団長パルテール、先々代魔法師団長カデシュがいる。他一七名は通信士オペレーター儀仗ぎじょう兵、側付そばつきである。


 ウィンザルフを乗せた軍用馬車が村の広場中央まで通され、側付きが高らかに宣言する。


「ウィンザルフ・ディオス・アルバート皇帝陛下、御成おなりりでございます!」


 村人とマイルズ騎士団の全員がその側付きの声で緊張を高める。軍用馬車が開き、ウィンザルフが馬車から降りてくる。全員が跪きこうべを垂れる。こんな辺境の村に皇帝が訪れるとはまずありえない。この瞬間に村人の緊張は最高潮に達した。


 その皇帝ウィンザルフが声を上げる。


「全員面をあげよ。スルトの民、そしてマイルズ騎士団、この度は大儀であった」


 全員が顔を上げウィンザルフを見上げる。


「全て報告は受けている。スルトの民よ、無事で何よりである。村長ティムル、マイルズ騎士団長ボルツ、前へ」


 『はっ』と返事をし、ティムルとボルツはウィンザルフの前まで行き跪く。


「村長ティムル。神獣の襲来という未曽有の危機にも関わらず、よくぞ怯えずに村をまとめ、神獣の恩恵を受けた。褒めて遣わす」


「勿体なきお言葉でございます」


「騎士団長ボルツ。見事な差配で短時間で村に届き、我がアルバニア隊を導いた事、褒めて遣わす」


「有り難き幸せ」


「村とマイルズ騎士団への褒美は後日通達する。緊急故の処置だ、許せ」


「光栄にございます」


「御心のままに」


「さぁ、儀礼は終わりだ! 皆楽にせよ! ここは玉座ではない。これより余は公務を離れ、私用で来たこととする」


 そう言うと、ウィンザルフは村の入り口前の神獣の足跡を見つつ村を散策し始めた。この様子を見て、ザワザワと村人とマイルズ騎士団員はいつもの雰囲気へ戻っていく。


「あああああ、緊張したぁ~」


 ドスッ、と椅子に座り全力で疲れた格好をするオプト。確かにな、と笑いながらロンとエドガーもそれにならう。


 少しすると、休んでいたロンたち三人にボルツが声を掛けてきた。


「三人ともちょっといいか?」


「ああ、どうした? 陛下のお相手はいいのか」


「こちらの方があの石を見たいと仰ってな。アルバニア魔法師団長のパルテール・クシュナー殿だ」


「お初にお目にかかります。パルテールで結構です」


 三人は立ち上がって自己紹介し、本題に入る。


「あの石は村長の家に置いてあるよな?」


「ああ、俺が行こう。オプトも手伝え! 腰がバラバラになっちまうよ」


「へいへい」


「石の事すっかり忘れていました。すみません、パルテール殿」


「何を仰います。お願いしているのはこちらなのですから」


 話している間にエドガーとオプトが戻ってくる。


「ううっ、重てぇ…よっと!」


 ドン!


 テーブルの上に置かれる頭大の石。

 それを見て、パルテールの目が釘付けになる。


「これは…ボルツ殿の言う通り、見た事の無い石ですね」


「やはりパルテール殿も知りませんか」


「ええ。しかし…カデシュ老! すみませんがこちらに来ていただけませんか! これを見て頂きたいのです!」


 離れたところで茶を飲んでいたカデシュがパルテールに呼ばれ、テーブルの上の石を見る。


「おお、報告にあった石か。どれどれ」


「―――むっ!?」


 つかの間、石を凝視したカデシュの身体がフルフルと震えだす。


「カデシュ老?」


「神獣ロードフェニクスが置いていったものに…ま、間違いないかの?」


「ええ、目の前で置かれるのを見ております」


 ロンがカデシュの質問に答える。


 すると、カデシュは興奮したように声を上げた。


「これは星刻石せいこくせきじゃ! まさか実物を目にする日が来るとはっ!」


 守り手の三人は石の名前を聞いてもピンとこない。

 だがパルテールは違った。神獣に神獣の足跡、神獣の癒しの力、それにこの石。


「こ、これがあの星刻石!? ここ数日驚きの連続です!」


「誠か。翁」


「へ、陛下!?」


 ロン、エドガー、オプトが即座に跪こうとするが、


「三人とも、先程も言ったが今は私用だ。そのままでよい」


 ――はっ!


 三人にとっては石の事より、目の前にいる皇帝の方が気がかりで仕方がない。


「間違いございません陛下。この黒みを帯びた青に、所々ほのかな赤を湛える石は、文献によれば一つしかございません」


「ほう、これがロマヌスの宝剣クラウ・ソレスに使われている材料か」


「仰せの通りでございます。星と星の衝突時に出来たとされており、『新たなの誕生を』が名の由来と残されております。今はオルロワスの頂上付近にしか無いと言われておりますが、それも伝説に過ぎません。それにしましても―――」


「大きいな」


「ご慧眼けいがんにございます。これほどの大きさ、ロマヌスの宝剣が数本打ててしまいます」


 ロマヌスの狂信者どもの悔しがる顔が見ものだな、とウィンザルフはクククと笑う。


 なお、ロマヌスとは神聖ロマヌスを言い、創世教の総本山で、教皇が神の代弁者として強大な権力を振るう自治領である。創造神ゼウスを唯一神とあがめ、排他教として大陸全土で認知されている。


「陛下。恐れながら」


「ふむ? 申せ」


 ここで口を開けるのはロンしかいない。エドガーとオプトは下を向き密かに拳を握る。


 ――あとで覚えてろお前らっ!


「この石を陛下に献上したく存じます。これは村の総意にございます」


「…お主、名は?」


「ロン・リカルドと申します。村の守り手を担っております」


「ふむ、ではロン・リカルド」


「はっ」


「これは神獣よりこの村に授けられた物であり、村の宝となろう。そうせずとも、市場に流さば村はさぞ潤う。なぜ、そうせぬ」


 まさか、差し出す理由を尋ねられるとは思いもよらない。ロンは当然、エドガーもオプトも、加えてボルツやパルテールまでも、冷汗が噴出した。


 瞬間、ロンは自分の頭に、未だかつてない高速回転を強いた。この手の相手に下手に答えれば、受け取ってもらえない上に、村の心証が悪くなることは必至。


「はっ…当初、村の者に石の価値を見出すことはできず、陛下に献上すべきか迷っておりました。恐れながら先程のお話を聞く限り、大変貴重な物との事。その価値が分かった今、その石は陛下の元にあるべきかと存じます。確かに村は裕福とは申せませんが、十分満たされております。過度な富は破滅を生むもの、と心得ております」


「価値に関しては確かにそうだろう。あとは所詮、美辞麗句である。余の機嫌を伺うか」


(ダメか…仕方ないっ!)


「…恐れながら、真意を申し上げます」


「何度も言わせるな、余は今、私用だ」


「石の噂が広まれば、野盗やよこしまな考えを持つ者達に狙われるは必定。石が村にあるというだけで、皆が危機に晒される可能性が高まります。村の守り手として、それは避けねばなりません。村が襲われ、貴重な石が誰ともつかぬ者の手に渡るぐらいなら、最初から無い方が良いのです。つまるところ―――」


「うむ」


「厄介払いでございます」


「…ククク、はーっはっは! よくぞ申したロン・リカルド! よかろう、石はこれより余の物だ」


「宣言する! 皆の者聞け!」


 ウィンザルフが高らかに声を上げる。


 皇帝の『宣言する』の一言で、以降の言葉は国の決定事項となる。その場の全員が跪き、拝聴の姿勢をとる。書記官が急ぎ要諦ようていを取るための筆記の準備をし、それを確認したウィンザルフが続けた。


「今日、この瞬間よりスルト村、および神獣の形跡を帝国第三の”聖地”とする! この第三の聖地を、ウィンザルフ・ディオス・アルバートの直轄領とし、旧領主ドリード男爵は新たに子爵の爵位を与え、加えてガゼフの西側一帯を与える! そしてスルト村現住民の租税を末代に渡り免除とする! 異議のあるものは立ってそれを示せ!」


 当然、異議は無し。


 帝歴二八五年。


 新たなる聖地の誕生に皆一斉に歓喜し、村の老人たちはむせび泣く。

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