第24話 努力とは関係ないところで人生が決まってしまう理不尽

「っ、まずい!」


 追撃を避けようと大和が跳び起きると、そこにはもう、蕾愛の姿は無かった。

 それどころか、リングの上ですらなかった。

 消毒液臭いそこは競技場の医務室で、近くには白衣姿の女性が立っていた。


「え、あれ? 試合は!?」

「終わったわよ。優勝できなくて残念だったわね。これから合格者発表が始まるわよ」

「なっ!?」


 敗北感、挫折、焦燥、後悔。

 無数の感情と言葉が頭の中を巡る中、大和はベッドから飛び出して走り出した。

 半分混乱しかけた頭で、とりあえず冷静に現実を受け入れる。


 自分は負けた。

 けれど、準優勝には違いない。

 なら、特待生に選ばれる可能性は高い。


 ――特待生は優勝者だけじゃない。優勝者を含めた若干名。それが2人でも3人でも、準優勝なら、まず間違いなく選ばれるはずだ。


 焦る自分に言い聞かせるように何度も願いながら、大和は息を切らして廊下をひた走り、フィールドへ飛び出した。


 

 すると、広大なリングの上に受験生たちが整列しているのが目に入った。

 その前に、試験官たちが並んで立っていた。


「では、合格者を発表します」


 試験官の声は、マイクも使わないのに、大和の耳に良く届いた。

 ローカルネットワークを使った、マイクアプリだ。

 指定した範囲の人のデバイスを通じて、自分の声を届けることができる。


 名前が1人挙がるごとに、整列する生徒の1人が歓喜の声を上げた。

 きっと、合格者だろう。


 ――準優勝だし、合格は確実。問題は、特待生になれるかだ。


 大和の家には、シーカースクールの高額な入学金や授業料を払うだけの経済力はない。

 入試に合格しても、特待生でなければ、入学はできない。

 合格者発表はいいから早く特待生を発表して欲しい、そう大和がこいねがった時。


「以上が合格者です。続けて、特待生の発表に移ります」


 ――あれ? 俺の名前は?


 激しく首を傾げ、二度、三度とまばたきをした。聞き逃したかと思うも、特待生発表でも、やはり大和の名前は呼ばれなかった。

 わけがわからず、大和はつい、衝動的に口を挟んでしまった。


「あの、待ってください!」


 その場にいた生徒や試験官の視線が、一斉に大和に集まった。

 合格者を発表していた、髭面の試験官が眉根を寄せた。


「あー、君は確か決勝の、何ですか?」

「何って、え? あの俺、準優勝ですよね? 俺、呼ばれていないんですけど?」

「残念ですが、君は不合格です」

「っ、どうして!? だって……」


 眩暈を覚えそうな現実に、大和は言葉がまとまらなかった。

 そんな大和に、髭面の試験官はにべもなく言った。


「最初に説明した通り、合否は戦績順ではなく、試合内容を審査して決まります。準優勝だから合格というわけではありません」

「それこそおかしいじゃないですか!? 決勝以外は全部ワンパンですよ俺!?」


 合格者に名前が挙がった生徒の中には、それこそ、大和がワンパンで倒した生徒もいた。

 納得できるわけがなかった。


「だからです。君、初戦からヴォルカンフィストですか? それしか使っていませんよね?」

「え……はい」


 それがどうかしたのかと、大和は不思議そうにまばたきをした。


「国民を守るシーカーは、あらゆる状況に対応できないといけません。ですが君は遠距離攻撃ができない。防御ができない。それをカバーするための装備も持たない。残念ですが、いくら強力でも、汎用性のない零距離攻撃魔術ロゴス1つしか使えない君には、将来性を感じる事ができませんでした」


 言うことがいちいちもっともで、大和は何も言い返せなかった。

 同時に、惨めな気持ちで胸が重たくなってくる。


 大和は、遠距離攻撃ができない。

 こういう場合、普通は銃火器で武装するのが一般的だ。

 けれど、大和の家には、銃火器を用意し、射撃の練習をするようなお金は無かった。

 だから遠距離魔術を覚えようとしたが、大和にその素質は無かった。


 生まれ持った才能と家柄、努力とは関係ないところで人生が決まってしまう理不尽に、15歳の大和は憤り背筋が打ち震えた。


 試験官の視線が、リング最前列に並ぶ蕾愛を一瞥した。


「一方で、御雷選手は君の煙幕を無効化し、空を飛び、遠近両方の攻撃手段を持ち、君に大気を乱され雷撃を封じられたら、電磁投射砲レールガンによる物理攻撃ですぐさま対応しました。彼女なら、仮に準々決勝で落ちたとしても、特待生に選ばれたでしょう」


 視線の先で、蕾愛が勝ち誇った笑みを作った。

 忸怩じくじたる想いに頬が熱くなり、その笑顔から逃げるように、大和は顔を伏せた。



   ◆



 蕾愛の表彰式が終わった後、大和はマネキンのように無機質な心で、控室へ続く廊下を歩いていた。


 先程とはうってかわり、不思議と悲しいとか、悔しいという気持ちが湧かなかった。


 実感が無いのだ。

 あたかも、まだ二次募集があるような心持ちだった。

 でもわかっている。自分は試験に落ちた。

 憧れのシーカーにはなれなかったのだ。

 ようやく、空っぽの心にじわじわと実感が湧いてきて、静かに自問した。


 ――終わった……二次募集や追加合格は無い……俺はこれからどうするんだ?


 シーカーになることを前提に生きてきた・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 それ以外の生き方は・・・・・・・・・まったく想定していない・・・・・・・・・・・


 ――控室に戻って、着替えて、閉会式に出て、応援に来てくれた親父と一緒に家に帰って、いや、そうじゃなくてさ……普通の高校に行って……行ってどうするんだよ。

 一滴の実感が波紋となり、大和は自分の原点を思い出していた。



 小学3年のあの日以来、ずっとシーカーになりたかった。

 それから、死に物狂いで努力をしてきた。


 武器戦闘術や魔術を習うお金が無いならと、素手と独学の魔術を選んだ。

幸い、魔術のハウツー動画なら、動画サイトに無料で大量に上がっていた。


 でも大和には魔術センスもなくて、それならと、長所を伸ばすことにした。


 魔術を1つしか使えないなら、それを極める。

 最強のワンパンシーカーになろうと、ヴォルカンフィストを極めた。

 がむしゃらで無計画な努力じゃない。


 明確な目標を決めて、成功のプロセスを計画して、自分にできること、できないことを見極めて、自分に合った戦い方を選んだつもりだった。


 7年間、休むことなく、実家の山林の壁面に拳を打ち込み、硬い岩盤をも掘り抜き、つい先日、山の反対側に到達した。あの日に見た太陽の輝きには感動とかつてない達成感があった。


 虚妄だった。

 全部無駄だった。

 自分には、最初からシーカーになれる未来は無かった。

 そんなことも知らず、7年間も無意味なことを繰り返してきた。

 なんて無謀な大馬鹿野郎だろう。


 情熱も努力も関係ない。

 金と才能、もっと言えば、結局、世の中は運なのだ。


 運よく抜群の魔術センスを持って裕福な家に生まれた蕾愛は、毎日クラスメイトを引き連れて遊んでいても特待生になれる。


 一方で、自分は身を焦がすような想いで許される限りの時間全てを使って努力しても不合格。


 

 ――ふざけるな!


 一滴の実感が起こした波紋は、波のように大きくなり、大和の心を大きく揺さぶった。

 痛い程に奥歯を噛んで、限界まで顔を歪めながら固く瞼を閉じた。


 ――頑張ったじゃないか! 俺頑張ったじゃないか! 口先だけで努力をしない奴はいっぱいいる。努力アピールが好きで努力した気になっている奴もいっぱいいる。でも、俺は本気で頑張ったじゃないか。なのに、それが全部無駄だったってのか!?


「大和……」


 目に涙が滲もうとする直前、大和は聞きなれた声に顔を上げた。


 控室の前には、4人の男子が立っていた。

 中学校の3年間、同じクラスだった友人たちだ。


 魔術の練習漬けだった大和には遊ぶ時間なんて無かったけれど、それでも学校にいる間は彼らとよく話したし、学校の行事は彼らと参加した。


 大和の夢を応援してくれた、数少ない仲間だ。


 4人は暗い表情で、目には大和よりも先に涙を滲ませていた。

 彼らの涙が、逆に大和を冷静にさせてくれた。


「ばっか、何泣いてんだよ。お前らが落ちたわけじゃないだろ?」


 大和が作り笑顔を浮かべると、彼らは肩を落とした。きっと、大和に気を遣わせてしまったことが申し訳ないのだろう。


「ッ、あんなのおかしいだろ!」


 1人の男子が口火を切り、声を張り上げた。


「だってお前準優勝だろ!? なんでお前より弱い奴が合格でお前が不合格なんだよ!?」

「オレもそう思うぜ。なんだよワンパンKOだから不合格って、あいつら馬鹿だろ!」

「大和ならどんな敵でもワンパンで倒してみんなを守れるんだから合格基準変だろ!」

「みんなで抗議に行こうぜ。いや、SNSで拡散して署名を集めるんだ」


 空中にMR画面が展開され、SNS画面が開くと、大和は首を横に振ってソレを制した。


「いいよ。みんなも進路あるだろ? 騒ぎを起こして合格取り消しになったらどうすんだよ」

「でも……」

「それにみんなも知っているだろ? 合格しても、特待生になれないと入学金がさ……」

「あ……」


 4人は口角を落として、視線を伏せた。

 けれど、彼らとは真逆に、大和の暗い気持ちは半分になっていた。


「ありがとうな……お前らが友達で良かったよ」



「こんなところで残念会の打ち合わせかしら?」


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