第19話 神格英雄!

「いくら防御力が高くても、まったく傷つかないわけがない。なら、答えは単純。そいつは元から傷つかないんだ!」

「え? アキレスやジークフリートみたいなもんですか?」


 ギリシャ神話の英雄のアキレスは、カカト以外は全ての攻撃を無効にする魔術を持ち、北欧神話の英雄ジークフリートは、背中以外は全ての攻撃を無効にする魔術を持っていたと言われている。


「でも、こうして全身を焼き続けていれば全身に熱が回るじゃないですか。全身が無敵のヘラクレスだって最後は焼け死んでいますし」

「違う! そいつに弱点はないんだ! その顔立ちに光属性、そして攻撃を無効にする体質。彼の正体は北欧神話の美貌と光の絶対防御英雄バルドルだ!」

「バルドル?」


 馴染みのない英雄の名前に秋雨が聞き返すと、草壁はらしくない、弱音のような声を漏らした。


「彼はこの世の全ての生物と無生物からの攻撃を受け付けない。人類史上もっとも完璧な防御魔術の使い手で、その存在は神格化されのちに神として崇められた超英雄なんだ!」

「ッッ!?」


 秋雨は愕然とした。


 古代においては、あまりに超絶的な魔術使いは神格化され、のちに彼らの行動は歴史ではなく神話としてカテゴライズされている。


 戦国乱世の古代において、一時代を象徴するトップ・オブ・トップランカー。


 そんなもの、14歳の少年が勝てるレベルではない。


 次の瞬間、爆炎の中から尋常ではない魔力の高まりを感じた秋雨は、ヴォルケーノ・バーストを途切れさせて横へ逃げた。


 ほぼ同時に、爆炎を貫通する極太のレーザー光線が廊下の逆サイドを貫いた。


 マグマのような熱線はないものの、光速で駆け抜けたレーザーは反対側の壁も貫通して、そのまま隣のビルにも風穴を空けていた。


「なん、つう威力だ……」


 愕然としながら首を回すと、草壁の言う通り、まったくの無傷であるバルドルが涼し気な表情で佇んでいた。


 まるで靴の泥を払うような気安さで固まったマグマから足を引き抜くと、悠然とした足取りで距離を詰めてくる。


「くそっ!」


 苦し紛れの足止めとばかりに、秋雨は廊下にマグマの壁を作った。

 逃げて、体勢を立て直すためだ。


「先輩詳しいんですよね? 何か弱点はないんですか? この世に無敵の能力なんてないんでしょう!?」


 肩を貸して草壁を立たせると、彼女は悔し気に歯を食いしばった。


「無い。唯一、ヤドリギでは傷ついたらしいけど、この会社の庭や観葉植物にヤドリギの木なんてないんだ……」

「嘘です!」


 弱気な彼女を叱咤し自身を鼓舞するように、秋雨は声を張り上げた。


「スコットランドヤードから逃げ続けた伝説の殺人鬼だって無敵じゃなかった! この世に無敵の能力なんてありません!」

「あきさめ……」


 ――考えろ! 工夫するんだ! バルドルはこの世の全ての生物と無生物からの攻撃を受け付けない。生物でも無生物でもないものからの攻撃なら受け付けるってことだ。なんだよ生物でも無生物でもないモノって。なら攻撃じゃないもので攻撃すればいいんだ。アホか。攻撃じゃないものって防御で攻撃するってことかよ。そんな盾で殴るとか…………。


「あ…………」


 顔を上げた秋雨は、床に転がるソードバリア・・・に視線を落とした。


「先輩のバリアって、別にガラスとかそういう物質を盾にしているわけじゃないんですよね?」


「? そうだね。ボクの能力はバリアだ。防御、守るという概念そのものを魔力で再現しているんだと思う」


「なら」


 秋雨は、床のソードバリアを蹴り上げると、空いている右手でキャッチした。


「これは攻撃じゃなくて、防御ですよね?」

「まさか!?」


 溶岩の壁を突き破り、バルドルの上半身がはい出してきた。


 秋雨は草壁の体を廊下の壁に預けるや否や、イラプションアーツで振り返りざまの一撃を見舞った。


 横薙ぎの斬撃はバルドルの鎧ごと右腕を裂き、赤い血がしたたり落ちた。


 ――よし! 切れる!


「傷……ワタシが……」


 自分が傷ついたことに、バルドルは反応した。


「どうした? ヤドリギ以外で傷つくのは初めてか? これで形勢逆転だな!」

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