第61話 最強魔術師は敵に回したくない

 近衛にならないか、との誘いは、ただ仲良しを周りにつけておきたいだけではないようだ。面倒なことが嫌いなクロヴィスは、ジュリアスの王位をめぐる権力争いになど関わりたくはなかった。


「以前のお前なら誘わなかったよ」

 ジュリアスは離れようとしているクロヴィスの腕をつかむ。

「寄宿学校時代のお前は、いつかテロでも起こしそうな目をしてたからな」


「テロなんて……、んな面倒なこと」

「面倒じゃなきゃやりそうなお前が愛しいよ、クロヴィス」


 ジトとにらむクロヴィスに、ジュリアスは「冗談だって。だからおれの九割は冗談だっていってるだろ」と笑う。機嫌とりに頬をつねろうと手を伸ばしたが、思いっきりぴしゃりと叩かれて、さらに険しくにらまれた。


「王子だぞ、無礼だな」

「投獄します?」

「おれのベッドに縛りつけて……だからっ、冗談だって。逃げるな」


 逃亡しかけるのを捕獲して、ベンチに座らせる。


「あのな。今日お前を見て思った。こいつは信頼できるから側近にしてやろう、て。だから国境警備は止めて、おれにつけ。いいだろ?」


「側近にして何するつもりです、あ、冗談いったら、絶叫してやる」

「やめろよ、おれがいたずらしてるみたいじゃないか」

「してるじゃないですか」

「してないよ。愛があるもの」


 胸に手をあて、小首をかしげるジュリアス。嘆息のクロヴィス。


「あの、そろそろ解放してもらえませんかね。姪の用事も終わる頃でしょうし」


 時間を確認したいが、時計は身に着けてなかった。ジュリアスにたずねてもいいが、ねちねちからまれたらうざいので頼めない。まあ、知らせがくるらしいから、どっちにしろ、それを待つしかないのだが。


「ああピンクアイの付き添いといってたな」とジュリアス。

「けど、今日ロザリオは来てな」

 と言葉を止め、不気味な半笑いで固まる。それから、

「付き添いって、何しに来たんだ?」と、やけに明るくいった。


 不自然な間が気になったクロヴィスは、ジュリアスを問いつめた。


「どうしてロザリオ殿下の名前が出てくるんです。アリアと関係あるんですか」


「んー、まあ家族と話せ。それより」

 ジュリアスはぽんぽんぽんと強くクロヴィスの肩を叩き、

「付き添いって何だよ。詳しく聞いてやろうじゃないか」と逆に問いただしてきた。


 最初は適当にはぐらかしていたクロヴィスだが、ジュリアスがあまりにしつこいので(つねったりくすぐったりしてくる)、しぶしぶ、アスバークがアリアの誕生日パーティーに参加したこと、そこでアリアが気絶したこと、原因は以前呪いを受けた影響であるとアスバークがいったこと、などを説明した。


「それで、今日はその呪いの影響がまだ残ってないか、彼が詳しく調べてくれるっていうんで、連れて来たんです。検診みたいなもんですね、魔力に対しての」


「アスバークがねえ」


 ジュリアスは不思議そうに首をひねる。そうだろう、クロヴィスだって、まさかアスバークと、こうして縁が出来るとは思ってもなかった。


「殿下はアスバークのこと、をどう思ってますか」


 王族なら魔術師と関わることも多い。特にアスバークは国王に好かれており、たびたび余興のようなものをしに王宮に出入りしているはずだ。


 ジュリアスは、「何度か見たことはあるが」と前置きして、

「面白い奴だとは思う。魔術は本物だしな。ただ、かなりの年寄りなのに、少年姿のままでいることがちょっとな」

 肩をすくめ、「変態みたいだろ」とぼそり。


「変態はあなたでしょう」


「そうそう。おれは筋金入りの変た……こらこら、のっちゃったじゃないか。おれはエレガントな王子さまだっつの」


 さらっと自慢の髪をかきあげて見せる。女性陣ならこれでイチコロだ。が、クロヴィスは無表情、風が吹いた程度の関心もない。もうちょっとリアクションしてほしかったジュリアスだが、ごほん、と仕切りなおし、


「アスバークのことはよくわからん。おれは魔術の才能は全然だし、興味もないしな。宮に招いたこともなければ、個人的に話したこともない」


 ただ、と少し顔をしかめ、


「あいつを味方につけておけば、王位を狙いやすくなるとは思ってる。といっても、彼は権力争いに関わる気はないだろう。でも偉大な魔術師さまを、いまみたいに、ただの道化師扱いで放っておくのはもったいないだろ。有事には彼を頼るしかなくなるだろうし」


「武力に役立ちますか」


「立つだろ。悪魔を動員できたら、兵士の数だって減らせる。アスバークがどこまで力を持っているのかわからないが、この国は魔術師が建国したんだ。魔術ってのは、国をすべるだけの力を持つってことじゃないのか?」


「さあ。でも、そうなるとアスバーク自らが王位につくってことも」


「あ」とジュリアスは突然叫び、

「やめろやめろ。国家転覆は不吉すぎる」と慌てる。


「アスバークはそういうことに興味ない、てのが定説なんだ。魔力じゃ、いまの王族に勝ち目はないんだから。あいつを味方につけたほうが王位につける、それでいいんだって」


 クロヴィスはふと、王位を狙わない意思表示のために、もしかしたらアスバークは少年の姿でいるのでは、と思ったが黙っていた。


 ジュリアスもそれくらい想像しているのか、「アスバークは宮廷魔術師の立場が居心地いいんだ、これは決定事項!」とさらに息巻く。


「いいか。もし、おれがアスバークを怪しんでるなんて噂が立ってみろ。向こうがおれを敵対視してきて、消されかねないだろ。こちらも敵意はないし、向こうもない、こいつを忘れてもらっちゃ困るんだよ」


「まあ」とクロヴィス。「おれは正直、誰が王でもいいというか」


「お前な。それを王子の前でいうか」


 クロヴィスの冷めた態度に、ジュリアスの熱量もトーンダウンだ。 


「しっかし、魔力と血筋は関係ないのかね。おれの祖先は偉大な魔術師のはずなのに、いまの王族に魔力を持つやつなんて、ひとりもいない」


「自分も周りに魔術の心得がある奴なんていませんね」


「お前んちは、お抱え魔術師がいるだろ?」


「あれはニセモノじゃないですか? ただのじいさんですよ」


 毒のある言い方に、ジュリアスは笑う。


「だからアリア嬢がアスバークを頼るわけだな」


 目をくるっとさせる。

 魔術師アスバークの能力をクロヴィスも認めている。


「気絶したアリアを回復させたのはアスバークですし、呪いが本当なら、それを除去できるのもアスバークだとは思うんです。彼より優れた魔術師は、この国にはいないでしょう」


 クロヴィスは不服そうに肩をすくめた。


「この国どころか、大陸中でも有名な魔術師だからな」とジュリアス。

 声を低め、

「ここだけの話、いまだにジャルディネイラが独立国なのは、アスバークの存在があるからだ。彼は最終兵器みたいなもんなんだよ。刺激したら魔力爆発させて国一つくらい滅ぼすかもしれないだろ」


「おっかねー」とクロヴィス。ジュリアスも「だろ。こえーんだよ、あいつ」と震えあがる真似をする。


「そんな奴に、ピンクアイは目をつけられたみてーだな」


「やっぱり、そうですよね?」


 クロヴィスは、やや不安げな視線をジュリアスに向けた。そんな彼の態度に心が動き、きゅー、と抱きしめてやりたくなるジュリアスだが、すんでのところで耐え、微笑むだけですませる。


「お前と会った経緯などからも、怪しいな。何か裏がありそうだ」


 裏に魔術の影響をかんじとったが、ふたりとも口には出せなかった。アスバークに操られたと認めるのは薄気味悪く、避けたい事実だ。


「さっき、悪魔にも会ったんですよ。子どもの姿をしてました」


 クロヴィスはアリアを連れてアスバークの研究室に出向いたときのことをジュリアスに話して聞かせた。そこで見た少年姿の悪魔について教えると、ジュリアスは「あー」と思い当たる節があるらしい。


「ヒュウだったかな。そう呼んでたはずだ」

「黒髪の?」とクロヴィス。「ああ」とジュリアスはうなずく。


「何代か前にいた王子の姿をしているらしい。あの悪魔はその子の遊び相手だったんだ。でもその王子は病気で早くに逝去して。そのあとだ、あのヒュウって悪魔は、王子の姿で出現するようになった、だったかな」


「情があるのか、不気味なのか」


 クロヴィスの感想に、ジュリアスも首をひねる。


「情でいいじゃねーのか。病死は本当だと思うし。まあ、昔のことだから、実際は毒殺の可能性もあるか。となると、悪魔の復讐じみてて面白いけど。殺した奴からしたらたんねーだろ、いつまでも消した王子の姿でいられちゃ」


 ジュリアスは「魔術に興味はないが、悪魔は面白いかもな。おれも使役できたらいいのに」というと、ベンチの背にからだをあずけ、


「で。アリア嬢がアスバークに付きまとわれてるってんなら、お前も心配だろ。おれの近衛になれば、奴の監視もしやすくなるし、情報もすぐ手に入るぞ」


 近衛騎士の誘いを再開する。クロヴィスはうめきつつも、


「悪い話じゃないのはわかってます」と認めた。

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