第二章

第十一話 初恋

 中学校の入学式で、俺はある女の子に一目ぼれした。


「新入生代表、夢咲結月さん」


「はい!」


 俺の後ろの席から彼女が立ち上がって壇上に向かった。彼女は凛としていて、とても綺麗だった。少し茶色が混ざっている長い髪が彼女の足跡をなぞる。


 すごいと思った。こんな綺麗な女の子が新入生代表だなんて。尊敬にも似たような気持ちで彼女を見つめていると、彼女は壇上に立ってスピーチを始めた。


 彼女の声はとても綺麗で澄み渡っていく。俺は、まるで、彼女が自分にだけ話しかけているような錯覚に陥った。


 俺の心の中に得体の知れない感情が疼く。でも、すぐにこの感情の正体に気づいた。俺は夢咲結月に一目ぼれしたのだ。


 芽依のことは好きだった。でもそれは恋かといわれると答えに詰まる。家族として好きなのか異性として好きなのか分からなかった。


 でも、夢咲結月を見て、俺は確信した。これは恋だと。そして、俺の初恋なのだと。


 



 入学式が終わり、教室に戻ると、俺は嬉しさのあまりに震えていた。夢咲結月がいた。俺と彼女は同じクラスだ。


 俺は自分の幸運に感謝し、席で拳を握り、神様に祈りを捧げていると、後ろの席と隣の席の男子が声かけてきた。


「俺ははると、よろしくな!」


「俺はれんだ! こいつとは小学校からの腐れ縁でね、まさか中学校になっても同じクラスでしかも席がこんなに近いとは思わなかったぜ!」


「席が近くてごめんな!」


 二人のやり取りを見て、俺は面白くて笑ってしまった。


「ああ、いつきだ、よろしく!」


「ところで、なんで拳に頭くっつけてるの?」


「それ、俺も気になった」


「神様に感謝の気持ちと祈りをささげているんだよ」


「そんなに俺らと友達になれてうれしいのかよ」


「そうだよ、照れるぜ!」


「ちげーよ!」


 それから、俺ははるととれんと一緒に行動するようになった。昼休みに芽依は別のクラスからやってきて、四人で毎日ご飯食べてた。そして、放課後、俺は芽依と一緒に下校してた。


 もちろん、夢咲結月のことはずっと頭から離れない。


 中二になって、俺と夢咲結月とは別のクラスになった。


 俺はかなり落ち込んだが、芽依とはるとと同じクラスなのは唯一の救いだった。今度はれんが昼休みになってやってくることになった。





 はるとが芽依告白したって聞いたのは、告白から一週間が経った後だった。


 下校中に、芽依はなにか言いたげだったから、俺から聞いた。


「なにかあったの?」


「うーん……」


「俺にも言えないこと?」


「はるとが告白してきたの……」


「えっ!」


「一週間前に、校舎裏に来てって言われて、それで……」


「オーケイしたの?」


「ううん、断った……」


 なぜか俺は安堵してしまった。と同時にはるとに罪悪感を感じてしまった。


「なんで?」


「うん?」


「はるとはかっこいいしいいやつだよ。なんで振ったの?」


「……」


 芽依はそれから何も言わずに、俺らは黙々と家に帰った。





 ある日、俺ははるとに呼び出された。


「なあ、いつき、俺に気を遣っているいるだろう」


「いや……うん」


「俺らは親友だぜ! しかも気を遣うとかいつきらしくないじゃん。これからも普通に接してくれよ!」


「いいの?」


「いいのもなにも、俺と芽依はこれからも友達でいるし、お前とはずっと親友だぜ」


「ありがとう」


 俺の頬を涙が伝っていくのが分かった。


「泣くなよ! 泣くのは夢咲さんに振られてからだ!」


「知ってたの?」


「ばーか、親友の好きな人を知らないわけないだろう!」


 そういって、はるとも少し涙ぐんだ。芽依に振られてつらかったのに、逆に気を遣わせてしまった。


 それから、俺はいつものようにはるとと芽依に接した。はるとはなにも言わなかったが、まだ芽依のことが好きなように思えた。だが、芽依はそれに気づかないふりをしていた。そして、俺もだ。


 友情と恋は多分中学生、いや、高校生にとっても永遠のテーマだと思う。だが、俺らは知らないふりでうまくやっていた。


 れんもこのことに気づいたみたいだが、なにも言わなかった。恋は本人たちの問題だ。自分が口出すべきじゃないと思っているんじゃないかな。





 たまに、廊下で夢咲結月とすれ違って、目が合う。なぜか彼女はいつも笑顔で会釈してくれた。会話したこともないのに……


 彼女の笑顔を思い出して、俺はベッドの上でばたばたして、有頂天になっていた。おかげで、彼女とすれ違った翌日はいつも目の下にクマができていた。


「お前って案外純情だな」


 れんは俺に言い放った。


「だって、初めて好きになった人だから、どうすればいいかわからないんだ……」


「当たって砕けろしかないじゃない? はるとみたいに」


 れんはやはり気づいてたんだね。


「まあ、振られて泣いたら缶ジュース一本奢ってやるよ」


「少ないよ!」


「じゃ、五本な」


「そういう問題じゃないって」


 そういって俺らは笑い出した。俺にとって夢咲結月は雲の上の存在だ。告白しても振られるに決まっている。そう思っていた。





 しかし、中3になって、奇しくも俺はまた夢咲結月と同じクラスになった。


 れんの言葉が脳内に響く。当たって砕けろって。確かに、中学校最後の一年を逃したら、もう二度と会うことはないかも。


 そう思って、俺は夢咲結月に告白すると決意した。

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