第6話 高天原天神

に化けたのう。大地や」


 凌太が持ってきてくれたパイプ椅子の背もたれにちょこんと乗ったクスコが、目の前で喋り出した。


「なんだよイケメンって」


 大地はクスコのすぐ後ろに設置されたパイプ椅子の、背もたれに左腕をひっかけながら、彼女に返事をした。


「知らぬのか。人間用語で『美形男子』という意味じゃ。ワシが眠っている間に変化したのじゃな? おぬし、不思議な力を持っているのう」


 もうすぐリハーサルが始まるとのことで、さくら達は衣装合わせや打ち合わせに行ってしまい、大地はクスコと二人きり(?)で客席におり、友人達を見守っていた。


わけじゃない。これも俺の姿なんだよ」


「…………なんと!」


 クスコは興奮した様子に変わり、大地の周りを旋回して飛び始めた。


「どういう事じゃ? おぬしドラゴンでは無かったのかえ」


 クスコのぶーんという羽音を聞きながら、大地は小さくため息をついた。


「飛ぶな、目立つから」


 自分の出生について説明するのは、少々気が重いし面倒である。


 だが舞台が始まる前のこの時間は、しばらく待たされそうだし、退屈だ。


 大地は何故か、クスコには自分の事をちゃんと、話しておいた方がいいような気がした。


「俺はドラゴンと人間の、ハーフなんだよ」


「…………なんじゃと?!」


 クスコはますます興奮し、バッサバッサと羽ばたきながら、せわしなく上下に体を揺らし始めた。


「落ち着け。目立ちすぎるだろ」


 大地は両手でクスコを捕まえ、目の前にあるパイプ椅子の背もたれに乗せた。


「父親が白龍はくりゅうで、母親が人間なんだ」


 さくらが天幕の内側から舞台上にひょこっと顔を出し、舞台監督らしき男子学生と、何かを話している。


「人間とドラゴンの混血とは……!」


 さくらの姿が、大地の目にはとても眩しく映った。


 『筒女神つつめがみ』の白装束に着替え、薄化粧をしている。


 艶やかで美しい。


「おぬしは知っておるのか? 『人の世界』や『人間や動植物』とは、そもそも天空におわす高天原天神たかまがはらてんじんが太古の昔、自分たちのとして『』を食いたいがために、作ったものだということを」


 結月は忙しそうに舞台装置の一つの色を塗りなおしており、紺野は一番前の席で台本と分厚い原本を見比べている。


 大地は彼らの様子を眺めながら、クスコに生返事をした。


「ああ」


高天原天神たかまがはらてんじんの多くは、人間の『光る魂』をぞ。おぬしはそれも知っておるか?」


 岩の神に扮した凌太が、金銀をあしらった優美な黒い袴姿で、舞台袖に姿を現した。


 赤い天狗の面を頭にひっかけており、それは先ほどのヒーローの面と大して変わらなく感じてしまう。


「ああ」


 律が舞台の前に簡易設置された『張り出し舞台』で、琴を奏でる20人ほどの女生徒たちと、細かい打ち合わせを重ねている。


 どうやらあの場所が、音楽を奏でる場所にあたるらしい。


「おぬし、相当苦労してきたじゃろう。珍しい種は、神々からものじゃ」


「俺が? 神々に恐れられる? ……何かの間違いだろ?」


「そう思うかえ。じゃが神々はの、と感じるものじゃ。さっきおぬしの体を、黒い『棘の矢とげのや』が通り抜けたであろう」


 大地は頷いた。


 さっきの体験を思い出すと、急に胸の中がざわついてくる。


 クスコは、神妙な口調で話を続けた。


高天原天神たかまがはらてんじんは下界のものに、ある種の『影響』を与えようとする。じゃがおぬしの体からは、その力が通り抜けた。これはのう、大地や。おぬしが神々にとって、という事を意味する」


 大地は、心底驚いた表情でクスコを見つめた。


「……そうなのか」


 凌太たち男子学生30名前後が、練習で激しく打ちつけている大太鼓の音が、耳の奥にドンドンと響いてくる。


「『隔離室』にも入れられたか? あそこは恐ろしい場所じゃ。他者との隔離によって苦痛を生じさせ、『力』を完全に奪うような仕組みに作られておる」


 和太鼓の音が、頭の中でガンガンとわめき散らす。


 あの記憶が呼び覚まされ、胸の奥から気味の悪いが急に、こみ上げてくるのを大地は感じた。


「……どうしてわかるんだ」


 1歳から6歳までの幼少期、いわれの無い理由で親から『隔離』されて大地は育った。


 どうして見抜かれたのだろう。


 自分の過去を完全に、クスコに覗かれたような気がする。


「ワシも入ったからじゃ。遠い昔な」


 クスコも入っただって?


 一体何者なんだ、この白龍はくりゅうは。


 大地は、クスコの正体が気になり始めた。


「じゃがもう、がの」


「お前、忘れてばっかだな」


 大地は苦笑いした。


 どうして彼女はこうも、忘れっぽいのだろう。


「忘れないと、生きられなかろ」


 クスコは「ふふ」と笑い声をあげ、大地もつられて、笑顔を見せた。


 人間よりも愚かな神は、たくさんいる。


 神は力が強いだけの存在だ。


 そして弱い者には容赦がない。


 強いがゆえに、その傲慢さによって身を亡ぼす神も多い。


 クスコは強い白龍のようだが、彼らのような愚かさが全く感じられない。


 どんな神々に痛めつけられながら、クスコは生きてきたのだろう。


 小さい体からも強い存在感ちからが伝わってくるが、今のところ自分を蔑みの目で見ないクスコが、とても不可思議な存在に大地は思えた。


「忘れちまいてぇな。俺も」


 吐き出すように、大地は言った。


「あの部屋の中で死にたいと思った事が、何度もあった。俺なんて生きていても、仕方ないんじゃないかって」


「…………そうけ」


「……けどあの時、何かに救われた」


 大地は腕組みをした。


 当時の記憶はほとんど無い。


「助けられる直前。あれ、一体何だったんだろ…………」


 クスコは突然、話を変えた。


「おぬしは今回、人間の世界に何をしに来たのじゃ」


「……あいつらに会いに」


 大地は考えを巡らせながら、祭りの様子を眺めた。


 綿菓子やおもちゃを手にした子供たちが、楽しそうな声をあげながら岩時神社の境内で、追いかけっこをしている。


 その様子が、昔の仲間達と自分に、かぶって見えた。


「さくらは俺の婚約者だからな。悪い虫がつかないように、年に一度は様子見とかねぇと」


 クスコは、感嘆の叫び声をあげた。


「婚約者?!! 一体全体、どうしてそうなったのじゃ」


 また興奮し、彼女は羽ばたきながら飛び上がった。


「赤ん坊のころ、親同士が決めたんだよ。詳しい経緯はよく知らねぇんだ。俺は6歳くらいの時に教えられたんだが、どうやらガチらしい」


 自然に笑顔が浮かんでしまう。


 定められていることとはいえ、さくらとの婚約は、大地にとっては嬉しい事だった。


「あ。これ、さくらには絶対に言うなよ」


「どうしてじゃ」


「あいつまだ、多分知らねぇから。俺が成人したら自分で、ちゃんと言う」


 クスコは空の上で楽しそうに、ホバリングを始めた。


「こりゃまぁ! 人間と婚約とは!」


「おい! 大人しくしてろ!」


 大地は再度クスコを両手で捕まえ、パイプ椅子の上に立たせた。


 やれやれ、よく動き回るバァさんだな。


「よし、これも何かの縁じゃ。ワシがおぬしを応援してやろう」


「…………ん?」


「ワシがついてるぞえ。安心せい、大地や」


「…………そりゃ嬉しいけど」


 気持ちだけもらっとく。


 大地がそう言おうとしたタイミングで、舞台の幕が開いた。



 さくら達『岩時高校』の有志メンバーで行われる、『岩時神楽いわときかぐら』のリハーサルが今、始まろうとしていた。




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