第31話 ケレンに帰還する。
4月の後半、ついに僕とマイカそれぞれの家が完成して、僕はカノンと、マイカはミリィと2人暮らしを始めた。
念願のマイホームはそれほど大きな造りではないけど、居間と寝室、調理場、洗濯場など、一通りの設備が整っている。マイカの方も同じような感じだ。
調理場には「着火」と「湧水」の魔法具を置けるようにしたし、ミケルセン商会に頼んで「氷冷」の機能がある箱型の魔法具も取り寄せてもらったので、ある程度快適な調理環境が整った。
開拓地の調理場が野外で共同だった頃、カノンは毎日ミリィと一緒に調理の手伝いをしていた。
そこで、言わば「家庭料理のプロ」である女性陣の指導を受け続けた。
その結果、今ではカノンの料理の腕はかなりのものになっている。
ある休日の朝、いつものようにカノンに優しく起こしてもらい、カノンが作ってくれた朝食をとる。
開拓前にケレンにいた頃も2人暮らしだったけど、あのときは一時的な借家だったし、あの家ではまともに料理ができなかった。
それが今では自分が所有する家で、愛する女の子の手作りの料理を毎日食べる。気分は完全に新婚だ。
「今日も美味しいよ、カノン」
「ふふっ。よかったです、ご主人様」
他人が見たら呆れるほど甘い雰囲気を漂わせながら朝のひとときを楽しんだ後は、家でのんびり過ごす。
余裕ができた最近では週に2度ほど休日をとるようにして、魔物狩りの疲れをゆっくり癒すのが恒例になっている。
今ではかなりスムーズに読み書きができるようになったカノンと一緒に、お茶を飲みながら読書にふける。
ミケルセン商会のおかげで今までよりも幅広い分野の本を取り寄せられるようになって、僕たちの読書環境はさらに充実していた。
そろそろ昼になるかという頃に、来客があった。
ドアの呼び鈴が鳴ったので、カノンが玄関を確認しに行く。
「ご主人様。エイダ様がお見えです」
訪ねてきたのはミケルセン商会のエイダさんだった。
「リオ様、ご機嫌よろしゅうございます」
「こんにちは、エイダさん。どうされましたか?」
「以前ご依頼いただいた儀礼服の仕立ての件で、ケレンからの仕立て屋が参りましたのでお伝えしに参りました。ご自宅の方へ連れて来てよろしゅうございますか?」
「ああ、いらしたんですね。お願いします」
叙爵式への出席を控えている僕たちには、公式な場に出るための正装がいる。
僕が持っていたのは平民用のものなので新しく貴族としての儀礼服を作り直す必要があるし、カノンはそもそもそういう服を持っていない。
なので、エイダさんに仕立て屋を呼んでもらう依頼をしていた。
それほど経たずにエイダさんが仕立て屋を連れて来たので、家の中に入ってもらう。
カノンの服の仕立てもあるので、女性の仕立て屋に来てもらうように頼んでいた。
「――では、色はほぼ黒に近いグレーで、マントではなくローブをお付けするかたちですね? 装飾はこちらのようなものが一般的ですが、いかがいたしましょう」
羊皮紙に描かれたデザインの例を見ながら、細かく打合せをしていく。
あまり派手に着飾るのも趣味ではないので、軍服の延長線上に収まるような落ち着いたものにしてもらった。
ちなみに、色はゴーレムをイメージしたものだ。
僕は上級貴族家に仕える武官になるわけで、一応は軍人という扱いになるので、ほぼ同じデザインで装飾だけ排した軍服も併せて発注する。
上着にローブを選ぶのは、魔力を使って仕事をする僕は一応「魔法使い」にカテゴライズされるからだ。
僕が終われば、次はカノンの番。
「こ、こちらの終身奴隷の服を仕立てるのでございますか?」
「何か問題がありますか?」
「その……恐れながら私どもは平民の中でも裕福な方々や、貴族の方々のお召し物をお作りしております。奴隷の服を作るのは……」
上等な服を仕立てる店のプライドがあるから、奴隷の着るものなんて作りたくないってことか。
まあ、これがこの世界の普通の反応だろう。
ルフェーブル子爵が貴族としては異常なくらい身分に寛容なだけで、本来はこの世界は明確に身分で区別されている。
奴隷に高価な儀礼服を買い与えるなんて常識外れの行為だ。
こういうときは、お金と立場で黙ってもらうしかない。
「困りましたね。ルフェーブル閣下からもこの子の出席はご承諾いただいていますし、その前提で式の準備も進んでいます。儀礼服の仕立てを断られたので予定の変更をとお願いするのは少し心苦しく……多少の心付けをさせていただきますので、作っていただけないでしょうか?来訪者としての僕の顔に免じて」
「そ、それではお作りさせていただきますわ!」
遠まわしに「あなたたちのルフェーブル子爵からの印象と来訪者である僕の心証を悪くしたいですか?」と言いつつ大銀貨を数枚握らせたら、打って変わって笑顔で承諾してくれた。
カノンからは事前に「ご主人様とお揃いに見えるような服に」という希望を聞いていたので、僕の儀礼服の図とも照らし合わせながらデザインを決めていく。
女性ものの服だけあって僕のときよりもかなり長い時間がかかったけど、いいデザインができた。これをカノンが着たら見惚れるほど綺麗だろう。
――――――――――――――――――――
叙爵式に向けて見た目を整えるのは僕たちだけじゃない。
ルフェーブル子爵から賜った僕の「力」であり、僕を「ルフェーブル子爵領の英雄」たらしめるゴーレムたちも、式典の重要な参加者だ。
1年近い戦いで傷や汚れも多くなったゴーレムたちを、鍛冶師のドミトリさんに補修してもらう。
そして、僕の直衛機であり、キュクロプスに止めを刺した功労者であるルークの塗装も頼んだ。
ドミトリさんは仕事柄、複雑なものでなければ武器の塗装などもできるらしい。
使われるのは、魔石を粉にして溶け込ませた魔法塗料。魔法具の塗装では、この魔法塗料を使うのが一般的らしい。
「おお……かっこいいですね」
漆黒に塗装されたルークを見て、僕はそう感想を言う。
「いい仕上がりだろう? 胸部装甲の真ん中には、ちゃんと指示通りにリオの旦那の家紋も描いてある」
「うん、ばっちりです。ありがとうございます」
名誉士爵になる僕には、アサカ士爵家としての家紋が必要になった。
家紋のデザインは「丸い盾を貫く槍」。
盾は目玉を模していて、キュクロプスの目を鉄槍で貫いて打ち倒して叙爵されたことを象徴している。
僕が貴族に叙されたきっかけを、この先もずっと忘れないための象徴だ。
ルークの胸の真ん中に描かれた家紋は、ルークが常に付き従う僕がアサカ名誉士爵であり、このルークこそがキュクロプスを仕留めたゴーレムであることを示している。
叙爵式の壇上には、このルークも並ぶ予定だ。
――――――――――――――――――――
叙爵式を間近に控え、いよいよケレンに向けて出発する日が来た。
主役となるヨアキムさんと僕、さらに一緒に出席するティナとカノンに加えて、マイカも参列者の一人としてケレンに同行する。ミリィも連れていた。
さらに、ヨアキムさんの従士2人が、護衛や荷物持ちなど理由をつけて付いてくる。
護衛や荷物運びなら僕のゴーレムだけで事足りるけど、僕たちは帰路では貴族になっているので、傍に仕える者をまったく置いていないのは問題になるらしい。
「それでは、留守中のことは従士長クリスに任せる。頼んだぞ」
「お任せください。道中どうかお気をつけて」
今の開拓地はヨアキムさんの従士たちも護衛冒険者もいるし、人口も増えたから男手も多い。
開拓地周辺の狩りも念入りにしてきた。さすがにもう付近に危ない魔物はいないはずだ。
それに、いざというときのためにゴーレムを1体置いている。そのゴーレムの魔力が尽きても、大量の魔石で起動させれば戦力として使えるから、万が一にも危険はない。
こうして開拓地を万全な体制に整えた上で、僕たちは出発した。
ここからケレンまでは、通常なら3日ほどかかる。
だけど、今回は僕たちは少人数だし、ゴーレムを連れている。いつものように小型馬車をゴーレムに引かせるスタイルで進んで、出発した翌日の朝にはケレン近郊までたどり着いていた。
だけど、このままケレンに入るわけじゃない。というか、そういうわけにはいかない。
ヨアキムさんは「ルフェーブル子爵領の開拓を成し遂げた英湯」として、僕は「キュクロプスを単独で斃して叙爵を受ける英雄」という扱いでケレンに帰還するわけだし、叙爵はされないけどマイカも開拓やキュクロプス討伐の功労者として注目されている。
ケレンに入るときには、それなりの品格を持って登場する必要があるらしい。荷馬車をゴーレムに引かせながら入ってきては台無しになってしまう。
なので僕たちは、ケレンよりも少し手前であらかじめ待っていた子爵家従士たちに出迎えられる。
ヨアキムさんはあらかじめ開拓地からケレン近くまで運ばれていた自身の愛馬に乗って、僕とマイカはルフェーブル子爵家所有の馬車に乗せられた。
この馬車は子爵家の人間が乗る貴人用のものとはまた別の、行政上の仕事で必要な場合に職員が使う馬車だという。
つまりは公用車のようなものらしい。子爵家の家紋も刻まれているので、これなら品位的にも問題ないそうだ。
こうして、騎乗したヨアキムさんを先頭に、後ろに馬車に乗った僕とマイカ、その後ろにこちらも騎乗したヨアキムさんの従士たち、さらに後ろにゴーレムたちが並ぶ編成でケレンへと入る。
開拓に出発してから、ほぼ1年ぶりの帰還だ。
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