第19話 現状報告に向かう。

「2人とも悪いな、狩りから帰って早々に呼び出して」


「いえ、大丈夫です。それで、どのような用件でしょうか?」



 ヨアキムさんから呼び出しを受けた僕とマイカは、開拓団の会議室となっている領主屋敷の一室に来ていた。


 僕たちだけでなく、ティナや『荒ぶる熊』の皆もいる。



「実はな、開拓の現状報告をするために、一度シエールへ向かおうと思っているんだ」


「ああ……もう2か月近く経ちますからね」


「そろそろ区切りの時期だからな。我々が無事で、開拓も順調に進んでいると早めにルフェーブル閣下にも報告が届くようにしたい」



 開拓地の安全、さらに開拓地からシエールまでのルートの安全を確保するには、それなりに時間がかかるだろうと出発前の会議でも見込まれていた。



 とはいえ、開拓団からまったく音沙汰がないままというのも問題になる。


 ルフェーブル子爵が領全体の運営を今後どうするか見通しが立たないし、何より「魔境の奥地で全滅したのではないか」と心配させてしまう。



 なので、可能であれば開拓開始から2か月以内、遅くとも3か月以内には、現状報告に帰る……という予定になっていた。



 それに、冬への備えもある。



 開拓地でも伐採した木を薪として乾燥させたり、狩った魔物を毛皮や干し肉に加工したりして冬越えの準備は進めているけど、麦や野菜の備蓄は買い足さないと春までは持たない。


 これからは魔物や動物を狩れるペースも落ちるだろう。狩りの獲物だけを食料の当てにするのでは心もとない。



 麦や野菜を買い付けるなら注文は早い方がいい。あまりにも冬に近づきすぎると、希望した量を買い集められない可能性も出てくる。



 現状報告と、冬越えのための備蓄の買い足し。


 この2つの目的で、ヨアキムさんはシエールへと一度帰ることを決めたらしい。



「それでだ。行程なんだが、朝にここを出発して、夕方までに戻ってきたいと思う」


「日帰りですか!?シエールからここに来るまでに丸1日歩いてもぎりぎりだったのに、いけるんですか……?」



 驚きのスケジュールを示すヨアキムさんにマイカが聞いた。



「ああ、徒歩や馬では厳しいが、リオ殿のゴーレムを使えばいけるんじゃないかと思ってな」



 ヨアキムさんの考えはこうだった。



 まず、ゴーレムを2体、魔物への備えとして開拓地に残す。


 このあたりがある程度安全になったとはいえ、まだ魔物の急襲の恐れはある。


 実際に、ホーンドボアやブラックフット程度の魔物はときどき現れるし、オーク級が襲ってきたことも数回あった。冒険者だけに警備をさせるのはまだ危険だ。



 そしてシエールへの報告には、ゴーレム3体を連れて、ヨアキムさんと僕、そして護衛兼サポート役として『荒ぶる熊』から2名ほどが向かう。



「開拓地とシエールを結ぶルートの魔物狩りもかなり進んだそうだな。それにゴーレムの戦闘技術が向上して、1体でオークやグレートボアを仕留められるようになったとも聞いている。少数で一気に通るのであれば大きな危険はあるまい」



 さらにヨアキムさんは、開拓地とシエール間の移動手段としてもゴーレムを活用すると言った。



「来訪者の緊急脱出について、出発前に話しただろう。あの手を応用しようと思う」


「ああ、なるほど……」



 事前の会議では、開拓地が魔物の襲撃を受けて崩壊した場合についても話し合われていた。


 もしそんな事態が発生した場合に、何に代えても優先するべきなのが「来訪者の身の安全」。開拓が一度失敗しても、ギフトを持つ僕たち来訪者が生き残れば2度目のチャンスが生まれるからだ。



 非常事態が起きた際には、ゴーレムたちが僕とマイカを担ぎ、全力疾走でシエールまで逃げ帰ることになっていた。


 疲れることのないゴーレムが全力を出せば、徒歩で1日の距離を2時間ほどで走破することもできる。


 ちなみにこの脱出計画が出たとき、僕とマイカは「自分たちの奴隷も一緒に逃がすこと」を強硬に主張して、子爵家の家臣たちにも渋々認めさせた。僕たちが言った唯一の我が儘だ。



 ヨアキムさんが話を続ける。



「開拓団の持ってきた馬車の中に、ロバ1頭立ての小型のものが2つある。それに私たちが乗ってゴーレムに牽かせれば、片道4時間もあればシエールに着けるだろう。あちらでよほど時間をとられるようなことがない限り、十分に日帰りが可能だ」



 つまり、緊急脱出計画の「ゴーレムを人員輸送の用途で使う」という点を応用して、足が速く疲労もしない馬代わりにゴーレムを活用するつもりらしい。



「来訪者で報告に同行するのはリオだけですか?」



 ヨアキムさんの説明がひと段落したところで、マイカが尋ねた。



「ああ。開拓地の防衛が手薄になる分、マイカ殿には『探知』を使った警戒を頼みたい。ヴォイテクにも残ってもらうから、もし魔物の襲撃があったら彼の指示に従えば大丈夫だ。次回の報告時にはリオ殿と役割を交代してもらうから、今回は留守を頼む。すまないな」


「分かりました、大丈夫です!」


「報告に行く際に、これまで得た魔石や毛皮なども成果物としてある程度持ち帰りたい。その準備もあるから、出発は3日後にしようと思う。同行する者はそれまでに各自準備を頼む」


――――――――――――――――――――


 領主屋敷を出ると、開拓地では夕食の準備が進められていた。



 ここへ来てそろそろ2か月。最初こそ食事も睡眠も皆で固まって取り、「集団生活」という雰囲気が強かったけど、今ではそれも大きく変わっている。


 まだ小屋と言ってもいい簡素なものだけどいくつか家も建てられて、妻や子どものいる農民からそちらに移り住み始めている。


 調理場は屋外で共有だけど、食事や睡眠は各自の家で取るようになって、だんだん「村」と呼べる場所になってきた。



 農耕も一部だけど始まった。


 まだ面積は小さいものの、秋蒔きの小麦が植えられた畑があちこちに作られている。


 ここから得られる収穫はたかが知れているかもしれないけど、「来訪者を迎えて1年目で魔境に開拓地を作り、開墾も成し遂げた」という事実を作ることが重要らしい。


 領の内外にこの事実を喧伝すれば、ルフェーブル子爵領が発展の軌道に乗り始めたと思わせることができるからだ。



 マイカと住居に戻ると、カノンとミリィは出かけているようだった。この時間は調理場で夕食作りに参加しているんだろう。



「あーあ、あたしもシエール戻りたかったなー」


「ごめんね、僕だけ戻らせてもらって。って言っても急ぎの日帰りだけど」


「それでもちゃんとした街に戻れるだけで羨ましいわよ。開拓地も楽しいし意外と快適だけど、なんていうか……ずっとスローライフでも飽きるじゃない?たまには人混みのある文明社会が見たいっていうか」


「確かに、ここじゃまだサバイバルって感じが強いもんね。娯楽も少ないし」



 ゴーレムたちのおかげで開拓地は安全だし、魔法具のおかげで清潔に暮らせているけど、やっぱり森に囲まれた中で、数十人の狭い社会にずっと居続けるのは退屈だ。


 というか、いくら快適だからって、魔境のど真ん中での開拓を「スローライフ」と呼ぶのはちょっと違うんじゃないだろうか。



「あ、そうだリオ、せっかくだから買い物頼まれてよ」


「いいけど、向こうでそんなに自由時間とれるとは限らないよ?」


「時間があればでいいからさ、何か本を買ってきてほしいのよね。種類は何でもいいから」


「本か……この世界だと高いよ?それにシエールにそんなに数があるとは思えないし」


「お金はあたしが出すわ。どうせここじゃ現金なんて使い道もないし、春になれば来年分の年給ももらえるんだし。これから冬ごもりの時期になるのに、暇つぶしもないと退屈するのが目に見えてるじゃない」


「……それもそうだね。僕も貯金で本を買い貯めようかな」



 この地域の冬は山が近いわりにはそこまで過酷ではないらしいけど、それでも気軽に遠くまで外出できるほどではないし、時期によっては雪も積もる。


 農耕や狩りもほとんどストップすることになるだろう。



 そうなったら、薪や食料の蓄えを消費しながら、多くの時間を家にこもって暮らすことになる。


 冬の過ごし方は編み物をしたり、ボードゲームや賭け事をしたり、人によっては詩を歌ったりと様々だ。



 識字率が低く本が高価なこの世界では「読書」は贅沢な趣味になるけど、幸いにも僕たち来訪者はこの世界の字が読めるし、お金もある。


 僕とマイカは、お互い冬までに街へ行く機会があったら、できるだけ色々な本を買い集めて共有する、ということで意見が一致した。


――――――――――――――――――――


「じゃあカノン、行ってくるね」


「はい、ご主人様……どうかお気をつけて」


「大丈夫、ゴーレムを使って移動すればシエールまではすぐだから。カノンも、開拓地は安全だと思うけど、もし何かあったらマイカの傍にいるようにね」



 シエールへと向かう当日。僕とヨアキムさん、それから『荒ぶる熊』から2人が、出発の準備をしていた。



 小型馬車2台に2人ずつ分乗して、さらに馬車の空きスペースには、これまでに開拓地で得た魔石と毛皮、素材として売れる牙やツノや爪などを積み込む。


 ただ、量が多すぎるので、主な成果物として報告用に見せるためのほんの一部しか載っていない。



「それでは行ってくる。留守中の行政面はティナ、防衛面はヴォイテク、それぞれ頼んだぞ」


「お任せください、ヨアキム様」


「へい」



 馬車に乗った僕に、マイカが声をかけてくる。



「リオ、本の件、できればよろしくね」


「うん、大丈夫。マイカもカノンのことよろしく」



 まだ朝も早いうちに、僕たちは開拓地を出発した。



 およそ2か月前にシエールから来たときは道も何もない平原や森を通ったけど、その後の魔物狩りの際に多少は邪魔な草や枝を刈っていたので、今はなんとか道と呼べるものが部分的に出来ている。



 マイカの探知なしで移動するのには多少の不安もあったけど、幸いにも危険な魔物に出会うことはなく、今のところは順調に進めていた。



「―――で、あたいが6年くらい前に『荒ぶる熊』に入って、あっちのヴィクトルはその翌年に加わったのさ。その頃にはヴォイテクさんとエッカートはもうパーティーの主力を張ってたね」


「へえー、じゃあ皆もう仲間になって長いんですね」



 移動中、僕は同じ馬車に乗っているタマラさんから、今の『荒ぶる熊』メンバーがどうやって揃ったのか話を聞かせてもらっていた。


 タマラさんは30歳近いベテラン冒険者で、『荒ぶる熊』ではサブリーダー的なポジションを務めているという。


 もう1人、ヨアキムさんと同乗しているヴィクトルさんは20代半ばほどで寡黙な性格。弓の名手らしい。



「ああ、うちで一番若手のイヴァンも加入して3年は経つからね。その他にもう1人いた奴が去年戦闘で死んじまったけど、今は5人体制で動くことにもなれたし、うまくやれてる方だよ」


「……そう、仲間が亡くなったんですね」


「なあに、リオの旦那がそんな顔する必要ないよ。冒険者なんていつ死んだっておかしくないんだ。あいつも運が悪かっただけさ」



 ヴォイテクさんも前に話していたけど、冒険者たちにとっては仲間の死、ときには自分の死すらも身近なものらしい。


――――――――――――――――――――


 一度コボルトの群れと遭遇したもののゴーレムで軽く蹴散らし、ほぼ予定通りに進む。



 昼前にはシエールを囲む壁が見えてきた。


 シエールに近づくと、こちらに気づいたのか警備の兵士たちが慌ただしく開門の準備をしているのが見える。


 この都市の北西部に面した門には魔物の襲撃に備えて守備隊が常駐していて、見張り台まで建っているけど、そこにいる兵士たちも驚いて騒いでいるようだった。



 門の前までたどり着くと、兵士たちがヨアキムさんを敬礼で出迎えた。ヨアキムさんもそれに答礼する。



「従士ヨアキム殿、そして来訪者殿と冒険者の君たちも……よく帰還なされた。開拓は順調に進んでいるのですかな?」



 守備隊の隊長らしい兵士がそう尋ねる。



「ああ、予想以上に順調だよ。積み荷の魔石や毛皮、素材がその証拠だ。今日は現状報告のために戻ってきた。通るぞ」


「ええ、どうぞ。貴殿らが見えてからすぐにティエリー士爵には伝令を送りましたので、もう連絡が届いているでしょう」



 門を通る僕たちの積み荷を見て、「すげえ、毛皮がこんなに」「これ、グレートボアの牙じゃないか?1本や2本じゃないぞ」と兵士たちが話しているのが聞こえた。



 都市内を進み、シエールの行政府(と言っても大きめの一軒家程度の建物だ)の敷地に入ると、ティエリー士爵は外で僕たちを待っていた。



「おお、ヨアキム殿、それにリオ殿!よくぞ無事に帰った!成果も凄まじいようだな。さあ、中で報告を聞かせてくれ」



 予定よりも早く、それも大量の収穫物を積んで現れた僕たちに対して、ティエリー士爵はそう呼びかける。



 開拓の順調な進行ぶりを伝えるために、僕たちは行政府の中に入った。

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