第12話 開拓の準備を始める。

 ルフェーブル子爵領の領都ケレンは、人口およそ3000。この世界の基準では十分に「都市」と呼べる規模だけど、子爵家が居を構える領都としてはあまり栄えているとは言い難いらしい。



「亜竜被害の前は、ケレンも人口5000に届くほど栄えていたのだがな。せいぜい1000年に1度と言われる亜竜の暴走がよりにもよって我が領で起こるとは、昔の話ながら運のないことだ」



 と、これまでの道中で子爵が話していた。



 僕たちがケレンに着く前に騎士の1人が先触れに出ていたので、いつごろ到着するかは事前に都市に知らされている。


 住民たちも「領主が来訪者の勧誘のために王都へ行っていた」という話は聞いていたので、その帰還ともなれば大注目だ。


 なので、「2人の来訪者を迎え入れた」ということを大々的にアピールするために、僕とマイカは正装をさせられた上で子爵と同じ馬車に乗り、全開にした窓から顔を出していた。



「あれが来訪者か?」「すごい、2人もいるわ!」「まだどっちも若いな」「らいほうしゃさま、こっちむいて!」



 老若男女がさまざまな反応をしているのを聞きながら、ときには声を上げて手を振ってくる子どもに笑顔を返したりながら進む。



「なんか、まるで芸能人にでもなった気分ね……」


「王都では来訪者の数が多かったから注目も分散されてたけど、ここでは僕たちだけだもんね。それにこんな目立つかたちで登場したら……」



 ぎこちない笑顔で街並みや民衆の方を向く僕たちを、子爵は「なんだ緊張しているのか?君たちは領民にとって希望の存在なんだ。もっと愛想を振りまいてやらないか」と笑っていた。



 もともとは人口5000人近い都市だったとはいえ、城壁に囲まれた市街地は直径1kmもない。都市の中心よりやや南に位置するルフェーブル子爵家の屋敷にはすぐに着いた。



 当主の長旅からの帰還ということもあって、門から屋敷までの道には使用人や奴隷たちが並んで頭を下げ、屋敷の入り口では子爵の家族や家臣たちが出迎える。



「あなた、お疲れさまでした」「お父様、おかえりなさいませ!」


「ああ、ただいま。モニカもアリ―も出迎えありがとう」



 真っ先に子爵に声をかけたのは、モニカ・ルフェーブル子爵夫人と、娘のアリソン・ルフェーブルお嬢様だ。


 他にもアリソン様の兄で、いずれ子爵位を継ぐことになる息子のパトリック様がいるけど、今は王都にある貴族子弟のための学校に通っていて、来年まで不在だとサジュマンさんからあらかじめ聞いていた。



「まあ、彼らがそうなのね」



 モニカ夫人がそう言いながら、馬車から降りた僕とマイカを見る。



「ああ、紹介しよう。来訪者のリオ・アサカ殿と、マイカ・キリヤ殿だ。2人とも、これは私の妻のモニカ。そしてこっちが娘のアリソンだ」


「お初にお目にかかります。マイカ・キリヤと申します。モニカ様、アリソン様、どうぞよろしくお願いいたします」


「リオ・アサカと申します。よろしくお願いいたします」



 マイカも僕も、サジュマンさんから事前に教えてもらっていた、平民から貴族へ向けての礼をする。


 モニカ夫人は微笑みながら、優雅に挨拶を返してくれた。


 一方で、現在8歳だというアリソン様は、挨拶もそこそこに「ねえ、あのゴーレムはどっちが動かしているの?」と無邪気に聞いてくる。馬車の後ろを歩いてきたゴーレムが気になったらしい。



「あれは僕が動かしています、アリソン様」


「まあ、そうなのね!あのゴーレムは屋敷の倉庫でずっと眠っていたの!あれが動いているところは初めて見たわ!あなた凄いのね!」



 大はしゃぎのアリソン様を窘めながら、モニカ様がルフェーブル子爵に声をかける。



「あなた、無事にゴーレムの使い手を見つけることができたのね」


「ああ、リオ殿は我が家が保有する5体のゴーレム全てを動かせるほどの魔力を持つ来訪者だ。それに、マイカ殿も開拓団を魔物の危険から守ることができる素晴らしいギフトを持っている」



 それを聞いたモニカ様は、顔をほころばせながら僕たちに言う。



「2人とも、きっとうちよりも裕福な貴族からのお誘いがたくさんあったでしょうに、ルフェーブル家に来てくれてありがとう。あなたたちはこの領に住む全ての人々の希望よ」



 ……さっき子爵が僕たちのことを「領民にとって希望の存在」と表現したのは、決して大げさな冗談ではなかったらしい。


 期待に満ちた笑顔を向けられて、これから自分がこの場所で果たす役割の大きさを実感させられた気がした。


――――――――――――――――――――


 ルフェーブル子爵領に到着してすぐ、残りのゴーレム3体も受け取った。


 この全部に魔力を注いでも僕の魔力残量はまだまだ余裕だ。計5体を同時に操ることも問題なくできた。



 そしてその数日後から、本格的にルフェーブル領の北西部開拓のための準備が始まる。


 この開拓には、今後この領地がかつてのように発展するか、このままずっと貧乏領地になるかの命運がかかっているらしい。だからこそ僕とマイカは「領民にとっての希望」だという。



 先々代、そして先代の領主の奮闘で、この領地は何とか安定を取り戻している。


 けど、それはあくまで低い水準の話。「現在の人口1万人が経済を回して食べていける目途が立った」というだけで、今のままだとこれ以上大きな発展の余地がろくにない。


 だからこそ、ルフェーブル子爵は北西部開拓の方法を模索してきた。


 豊かな土地が広がる北西部は、かつてはルフェーブル領を支える農業地帯としての役割を果たしていた。そんな北西部が荒廃したことで、現在のルフェーブル領は大きく衰退してしまっている。


 そこを再び開拓し、さらにその先の滅びた男爵領のあたりまで開拓を広げることができれば、昔以上に領地を発展させることも夢ではないそうだ。



 かといって、開拓なんてそう簡単にはできない。現在の北西部は、多くの魔物がひしめく厳しい環境へと変わってしまったからだ。


 68年前に亜竜がディオス山脈から降りてきたとき、山を下ってきた亜竜に押し出されるように、山の麓の森林地帯に住む魔物たちも平地へと流れ込んできた。


 それらがそのまま無人になった北西部に住み着き、繁殖し、本来ならあの地域ではあまり見かけないような強い魔物がうろつくようになってしまったらしい。



 そんな地域を開拓しようとすれば、かなりの労力が必要になる。


 特に重い負担になるのが護衛だ。危険地帯ということを考えると、凶暴な魔物から開拓者たちを守る護衛が数十人単位で要る。


 最初のうちは開拓地だけでの自給自足が叶わないことを考えると、食料をはじめとした物資の輸送も考えないといけない。そうなるとまたその護衛が要る。


 強い魔物とまともに戦える手練れの護衛を100人規模で揃える。戦闘での損耗(死亡や負傷による離脱)を考えるとそれ以上。


 そんなに大勢の冒険者を雇う余裕は子爵領にはないし、そもそも過酷な土地に長期間拘束されるような仕事をやりたがる冒険者は少ない。


 かといって、領軍を開拓に充てるほどの余裕はない。



 ルフェーブル子爵領の領軍は、騎士20人に歩兵80人の計100人。少ないように見えるけど、人口1万人の領地が抱える職業軍人としてはむしろ多いらしい。


 とはいえ、北西部から魔物が入り込んで来ないか見回り、北のディオス山脈方面も魔物が来ていないか定期的に見回り、さらに領内の都市の治安を維持することを考えるとこれでもぎりぎり。とても開拓に人員を割くことなんてできない。



「人手不足」というシンプルな、けど重大な壁が立ちはだかって、これまで開拓の目途が立っていなかったそうだ。



「そこで、リオ殿のギフトが真価を発揮するというわけだ」



「1体で屈強な男10人分の力」と言われるゴーレムを5体操れる僕は、単純に計算しても1人で50人分の働きができる。


 さらに、ゴーレムが休息も睡眠も不要で、僕が寝る前に命令しておけば夜間の警備まで務めることができて、おまけに常人なら死ぬような魔物の攻撃にもびくともしないことを考えると、僕の実際の価値は50人分どころじゃない。


 しかも、それだけの戦力・労働力を維持するために必要な食料や水は僕1人分だけ。開拓地に送り込む人材として、僕以上にコストパフォーマンスの高い者はいない。



 さらに、マイカの存在も重要だ。


 彼女が「探知」を使えば、周辺の魔物の動きを正確に把握できる。


 広範囲に見張りを配置し続ける必要もなく、魔物の奇襲の可能性をほぼゼロにできるんだ。負傷者や死者は大幅に抑えられるだろう。一見地味なようで、彼女のギフトの効果も凄まじい。



「だから、君たちがいれば開拓を成功させることができると私は確信している。人員不足や魔物による人員損耗の問題さえ解決できるのなら、土地自体は肥沃で開拓に向いているのだからな」



 子爵家の主な家臣と僕たち来訪者が集まっている一室で、子爵はそう語った。


――――――――――――――――――――


 開拓の具体的な工程説明や開拓団の人材選定、開拓が順調に進むパターンから難航するパターンまでの見込み費用・利益の検討など、細かく真剣な話し合いが連日続く。


 僕とマイカも開拓のキーパーソンとして、そうした会議に顔を出していた(専ら聞き手としてだけど)。


 ここ最近は、昼前から夕方まで中身の濃い話し合いをひたすら真剣に聞き、それが終われば帰宅する、という日々を送っている。



 僕たちにはそれぞれ自宅が与えられていた。


 亜竜被害の後の治安悪化や経済的混乱で当時の人口の4割近くが流出したケレンは、空き家が多い。


 その中から、子爵邸にほど近い場所に、当分の住居として一軒家が貸し与えられていた。いわば社宅だ。



「ご主人様、お帰りなさいませ!」


「ただいまカノン。疲れたぁ……」


「ふふっ。お疲れさまでした」



 さすがに子爵家の重臣たちが集まる開拓会議にまで奴隷を連れて行くことはできないので、カノンには家で留守番をしてもらっている。


 仕事から帰ったら愛する女の子が出迎えてくれる、というはかなり嬉しい。



「お仕事は順調ですか?」


「うん。もうそろそろ開拓団に参加する農民や冒険者も正式に決まりそうだよ。その後はさらに具体的に工程を詰めて、物資を揃えたり訓練をしたりするらしい」



 そう話している僕は今、ソファでカノンに膝枕されながら寝転がっていた。



「ご主人様はいつも頑張られていて、難しいお話し合いにも参加されていて凄いです」と褒めてもらいながら頭を撫でられる。


 とても人には見せられないイチャつきっぷりだ。まさにバカップルとしか言いようがない。



 子爵領への移動中はなかなか2人きりになれなかった反動もあって、一軒家で2人暮らしになった僕たちの仲の良さはエスカレートし続けている。


 朝起きて家を出るギリギリまで抱き合って過ごし、帰ってきたらまたベタベタくっつきながら過ごし、夜も同じベッドに入って眠る。


 新婚夫婦でもこんなに朝から晩までイチャつき続けている人は少ないんじゃないだろうか。



 カノンも僕と一緒に開拓団には同行するけど、開拓地ではまた2人きりでゆっくりできる機会は減るだろう。だから今くらいはこういう生活を楽しませてほしい。



「そろそろ晩ご飯を食べに出ようか、カノン」


「はいっ」



 この世界で食材を揃えて凝った料理をしようとすると、かなり面倒くさい。コンロや冷蔵庫のような魔法具もあるにはあるけど大型で高価だし、一時的に住んでいるだけの家にわざわざ設置するのも大変だ。


 なので、朝や昼は買い置きしたパンや外の屋台などで簡単に済ませ、夜は外食に行くのが僕たちの生活スタイルになっていた。



 僕が来訪者だということは知れ渡っているので、街を歩いていると、よく挨拶をされたり頭を下げられたりする。その度に、こちらもできるだけ愛想よく笑顔を返す。



 家から徒歩数分。入った店ではすでに僕らは常連になりつつあり、おまけに希望の星の来訪者ということもあって、店主は機嫌よく出迎えてくれた。



「リオ殿、いつもありがとうございます。マイカ殿もご来店しておりますよ。奥の席です」



 店主の言う通り、奥のテーブルではマイカとミリィが夕食を取っていた。



「あら、リオたちもまたこの店?」


「そういうマイカたちもじゃないか」



 と返しながら、すぐ隣のテーブルにカノンと座り、パンとスープ、肉料理を何品か、そしてワインを注文する。



 ケレンは人口が少ないから飲食店も少ないし、その多くが酒場も兼ねた庶民的な店だ。そういう店は食事のボリューム重視で味の方は大雑把だし、店内もちょっと騒々しい。


 必然的に、現代日本の食事に慣れている僕とマイカが行くのは、いい料理を出してくれるやや高級な店に限られる。同じ店にばかり通うので、僕たちはよく鉢合わせる。



「ここはメニューや味付けを選べるし、ワインも水で薄めずに出してくれるし。結局ここに来ちゃうのよね」


「分かるよ。酒場だと同じような肉野菜炒めとスープしか出ないからね。パンも硬かったし」


「でもねえー。ここも美味しいんだけどさ、やっぱりそろそろお米とか味噌とか醤油とか恋しいわー」


「言わないでよ。思い出さないようにしてるのに……」



 ないものねだりをしても仕方ないと分かっていても、ときどき和食が食べたいと思ってしまうのは日本人の性だ。



「オコメというのは、以前ご主人様がお話ししていたもとの世界の主食のことですか?」


「そうだよ。お米をもう二度と食べられないかもしれないと思うとさすがに辛いかな」


「……ご主人様は、もとの世界に帰りたいですか?」


「まさか。全然。僕はもうこの世界でずっとカノンと一緒にいるよ」


「……よかったですっ」


「だあー!もう!あんたたちはほんっとにいつもラブラブね!胸焼け起こしそうになるわ!」



 マイカが酔っている。すると、ミリィも会話に加わってきた。



「でも、マイカ様もいつもミリィを抱きしめて、好きって言ってくださるですよ?」


「この2人のラブラブは私たちの清い愛情とは違うのよミリィ!もっとこう、不健全なやつよ!」



 大抵、こうして賑やかに喋りながら夕食時を過ごすのがおなじみになりつつある。



 自分たちの家を持ち(借家だけど)、自分たちでお金を払って食事をするようになって、僕もマイカも少しずつこの世界での生活に馴染んでいく。

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