第10話 愛を伝え合う。

 王都を発つ2日前。マイカに「ちょっと市街地まで出かけるから付き合ってよ」と言われて、買い物に出ることになった。カノンも一緒だ。



「でも、必要なものはマイカももう買ってるんでしょ?他にもそんなに買いたいものがあるの?」



 僕もマイカも子爵から今年分の年給まで渡されていたので、僕は10万ローク以上、マイカに至っては30万ローク以上の大金を持っていた。



「せっかくお金があるからちょっと贅沢品を見たいっていうのもあるんだけど……実はリオとカノンを見てたら羨ましくなってさ、あたしも傍にいてくれる奴隷が欲しいなーと思っちゃって」


「へえ、ちょっと意外かも。ていうか、僕たちを見ててそんな羨ましくなる要素あった?」



 と聞くと、マイカがジトッとした目でこちらを睨んでくる。



「よく言うわよ……普段からイチャイチャくっついて、それを周りに容赦なく見せつけちゃって。そんなに可愛い子に、四六時中いっっつも寄り添われて微笑まれてちやほやされて。あたしなんて寝るときも起きるときも1人よ?孤独よ?」


「……それは、なんか、ごめん」



 確かに奴隷を買った他の来訪者と比べても、僕はカノンを可愛がって甘やかしている自覚はある。


 一方のカノンも僕に溢れんばかりの敬愛を捧げてくれているし、いつも「凄いですご主人様」と言いながら僕の傍にくっついている。



「来訪者たちの間でもあんたたちのバカップルっぷりは有名よ?いつ見てもずっっとベタベタしてて、まるで新婚夫婦じゃない。それでまだヤることヤってないって聞いて驚愕したわよ」


「なっ……その表現はちょっと、下品過ぎないかなあ?」



 カノンも僕の横で赤面している。そんな照れた表情も可愛い。



「とにかくそんなあなたたちを見てたらさ、あたしも自分の傍にいてくれる子を買おうと思って」



 そんな話をしながら奴隷市場に向かう。道中で僕がカノンを選んだきっかけや終身奴隷の境遇を話したら、マイカは「じゃあ、あたしも終身奴隷の中から選ぼうかな」と言っていた。



 奴隷市場を初めて見たマイカは最初こそ衝撃を受けていたみたいだけど、すぐにいつものマイペースぶりを発揮しながら奴隷を選び始める。カノンは奴隷市場に入るとここにいたときのことを思い出してしまうのか、不安そうだ。


 なのでマイカに言って、僕たちは市場からほど近い店でお茶を飲みながら彼女が戻ってくるのを待つことにした。



 それから1時間ほど経った頃、マイカが戻ってきた。連れているのは兎耳の生えた赤毛の女の子だ。


 パッと見た感じだとまだ10歳そこそこに見えるけど、子どもの奴隷を買ったのか?



「ほら、この人たちがさっき話した来訪者とその奴隷の子よ。挨拶してあげて」


「あ、あの、ミリィと申します。来訪者リオ様、よろしくおねがいしゅましゅ」



 マイカに促されて、女の子が緊張した表情で名乗ってくる。ちょっと噛んでしまったのが可愛い。



「初めまして。よろしくね。それとこの子は僕の奴隷のカノンだよ」



 僕がそう言うと、カノンがミリィに微笑みながら頭を下げる。奴隷なのにかなり上等な服を着ているカノンを見たからか、ミリィは驚いたような顔をしていた。



 ミリィは兎人とノームのハーフで、こう見えてももう成人している15歳だとマイカが教えてくれた。身体が小さいのはノームの血が流れているからか。


 ノームは寿命およそ200歳と長寿で、そのハーフでも100年ほどは生きられるらしい。



「こんな可愛い顔で不安そうに泣いてたのよ?もうこの子しかいないって思ったわ。それに、せっかく一緒にいるならなるべく長く生きてくれる種族の子の方がいいし」


「へえ……ていうか、てっきりイケメンな男の奴隷でも買うのかと思った。僕たちのことを羨ましいって言ってたし」


「あら、あたしが欲しいのは癒しよ?可愛い存在を愛でることが大切なの。この子はパーフェクトよ」



 そういうことらしい。マイカ本人がいいならそれでいいんだろう。



「さあ、次はこの子の服や装備を買うわよ!」



 そう張り切るマイカについていき、ミリィの服や身の回りの物を買い揃えていく。


 今回は子爵領への出発まであまり日にちがないので、仕立ての注文はせずに全て既製品で済ませた。



 ミリィは子どもサイズだし、子ども服は大人のものよりも既製品が豊富だ。


 マイカはまるで着せ替え人形のように色んな服をミリィに着せては「可愛いすぎる!」とはしゃいでいた。



 その後も装飾品の店に入っては「何か欲しいものはない?」と聞いたり、屋台に寄っては「好きなものを食べていいわよ」と言ったり、まるで仲のいい姉妹のようにミリィに接するマイカ。


 一方のミリィは、主人が奴隷の自分にあまりにも優しく接してくることや、奴隷の常識では考えられないほどの好待遇を与えてくることに、ひたすら恐縮していた。出会った初日のカノンみたいだ。


――――――――――――――――――――


 王宮別館への帰り道。僕とマイカの少し後ろを、カノンとミリィがついてきながら2人で話している。どうやらカノンが「来訪者の奴隷に選ばれることの素晴らしさ」をミリィに説いているらしい。



 すると、隣のマイカが、後ろの2人に聞かれたくないのか声の音量を落としながら話しかけてきた。


 兎人で耳のいいミリィには聞こえるかもしれないけど、カノンには気づかれないくらいの声量だ。



「それで、リオはカノンとの関係をどうするの?」


「……それは僕がカノンと『そういう関係にならないのか』っていう話?」


「そうよ。あの子は明らかにリオのこと好きだし、ぶっちゃけ言ってリオだってあの子が好きなんでしょ?それなのに添い寝までさせてそれ以上のことは禁止って……今のままじゃあの子が可哀想よ」


「もちろん可愛いし大事だと思うし……正直言って好きだよ。でもさ、僕は自分の努力じゃなくて、来訪者の立場とかギフトの力もあってあの子から尊敬されてる状態なわけでさ、そんな僕があの子と結ばれていいのかなって思っちゃうんだよね」


「ん~~~。なんていうかあなた、ピュアね。悪い意味で」


「そう?」


「そうよ。そんなこと言い出したら、生まれつきイケメンに生まれた人とか、お金持ちの家庭に生まれた人とか、そういう人たちが恋愛するのはどうなんだって話になっちゃわない?」


「それは……ていうか、そもそもあの子の僕への感情はさ、異性としてのものじゃなくてあくまで尊敬の念だと思うんだよね。その尊敬を利用してそういう関係になるのってよくないんじゃないかと思う」


「それって、元の世界であたしが尊敬してた上司と恋人になったこと全否定じゃない?『尊敬』って恋の動機としてはすごく一般的なものだと思うわよ?相手への尊敬が恋愛感情に発展して結婚した夫婦なんていくらでもいるわよ」


「……でも、僕とカノンはまだ出会って2週間くらいだし」


「こういう世界では親の決めた結婚相手と、結婚式の当日に初めて顔を合わせるような人もいるのよ?」


「……」


「それに、この世界の男の人は、女性を守る力があるかどうかが何よりも重視されるのよ?リオ以上にあの子を守る力があって、リオ以上に終身奴隷のあの子を想ってあげられる人がこの先現れると思う?」


「……それはまあ、あり得ないね」


「でしょう?理不尽な話だけど、あの子は死ぬまで奴隷から解放されないってこの世界に決められちゃったの。その現実の中であの子に最良の幸せをあげられるのはどう考えても主人のリオだけよ。誰がどう見ても、あなたがあの子にとって運命の相手なんじゃない?」


「……」


「恋とか愛ってそんなもんよ。男として覚悟決めたら?」


――――――――――――――――――――


 その日の夜。いつものようにベッドに入る前に、カノンに真正面から向き合う。



「カノン、僕のことが好き?」


「は、はい!心の底からお慕いしています!」


「それは、一人の男としての僕が好きってことだと思っていい?」


「……はい。私が絶望して目の前が真っ暗になっていたとき、ご主人様が救い出してくださいました。本来なら私にはあり得なかった幸せを、今では毎日いただいています。ご主人様は私の全てです。ご主人様のことを……奴隷の身で分不相応ですが、一人の女としてお慕いしています。どうか私の身も心も生涯も、ご主人様に捧げさせてください」



 顔を真っ赤にしながらそう言うカノンの頭を撫でる。



「ありがとう。カノンが自分を捧げる主人として相応しい男になれるように頑張るし、カノンのことを一人の女性として一生大切にする。だから、これからも僕の隣にいて、僕を支えてほしい」


「ご主人様……どうかずっとお傍にいさせてください……」



 カノンの肩に手を回して抱き寄せる。その頬にそっと触れて、唇を重ねて、そして、



「昨日までと比べても明らかに距離感が近いわね。何があったのかバレバレよ」と、翌朝マイカに茶化された。

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