第三部 Sound wife

「ごめんなさい。ごめんなさい。」

女子高生が目の前で倒れている。本当は私がそこにいるはずでした。

私は彼女が私の殺害を目論んでいることは、なんとなくわかっていたのです

私には鋭い女の勘があったし、それはとても高確率で的中する半ば予言のようなものだったのです。

だからこそ、主人の浮気もすぐに見破りました。

時折漂わせる臭気のようなニヤリとした微笑みは、明らかに今までの態度とは違っていました。

主人と咲山さんのLINEを見て私は彼女に会うべきだと考えました。そして、今日初めて会って顔を合わせた時、彼女の瞳の中に明確で確実な殺意の炎が、それもあまりにも強い若さ故の業火が上がっているのを見て、私は諦めが着くと同時に何やら感服さえ覚えました。

私はそれから彼女のその業火で焼き尽くされようと思いましたが、しかし、私の愚かでどうしようもなく臆病な精神と肉体は反射的に彼女の鋭い殺意を殺し、あろうことかそれを利用するような形で彼女の殺害にまで至ってしまいました。

私はただ若い命に最期の萎れた花をつんで貰いたかっただけだったのです。

私は目の前で若い命の業火が灯火となり消えていくのを目撃しまた驚愕し、逃げ出したい気持ちに駆られました。

私はまだ子鹿のように震える足を抑えながら、走り出しました。

私が作ってしまった現実から逃避するように、できるだけ遠くに逃げてしまおうと思いました。

しかし、それは直ぐに思いとどまりました。私は1匹の罪人です。私はもはや1匹の悪魔に成り下がったのです。

罪を償わねばなりません。

私は直ぐに彼女の死体のある場所に戻りました。そこにはやはり彼女の血の気の引いた無惨な死体が転がっていて、どうしようもない現実をまたより一層に近くに感じました。

私は告白しなければなりません。きちんと償わなければなりません。

私は自分の鞄を探ったり、ポケットを探ったり、周囲を見渡したりしましたが一向にスマホが見つかりません。

どうやら揉み合った拍子にどこかに落としてしまったようです。

私は仕方ないと彼女のスマホを探し始めましたが、鞄の中にはそれらしきものはなく、学生らしいノートが1冊となにやら細々とした物が入っているばかりでした。

私は彼女のポケットを探ろうと近づきました。もみ合った時にはそんな余裕はなかったのですが、とても美しい女性だと思いました。

血の気の引いた白い顔も死化粧を済ませているようにすら見えましたし、軽く閉じられた瞼からはまるで蝶の羽のようなまつ毛が数本飛び出いました。

少し開いた口元から白い歯が僅かに覗いていて、それがなんだか真珠を隠しているようにさえ見えました。

私は彼女を見つめました。そのままゆっくり引力があるかのようにごく自然な力で咲山と一方的な接吻したのです。

私は彼女の美貌に死体になって初めて真の意味で気づき惚れてしまいました。

こんな美しい方の息の根を止めるべきではなかったと後悔しても後の祭りです。

私は自分の行動に激しく動揺しながらも、彼女のスカートのポケットに手を入れました。まだ微かな温かさを彼女から感じながら、スマホを取り出しました。

彼女の死に顔でフェイスパスワードを開き、電話アプリを開こうとした時、私の目に写真フォルダが目に入りました。

その中には自撮りの画像が何枚も入っていました。

まだ生きていて生命力に溢れている彼女の姿を見ているとその中に主人の姿を見つけました。

彼女の左側にピースをしてつったているその姿は写真にうつり慣れていないあの人らしかった。彼女の左側で主人は弾けるような笑顔をしていて、私は主人の幸せも奪ってしまったような気がして、咽び泣きたくなりました。

私は彼女にも主人にも会わずにひっそりと姿を消すべきだったのです。それが主人にとっても彼女にとっても幸せだったのかも知れません。

私はアプリを閉じて電話を開きました。

110を打ち込んで電話をかけました。警察官が低く無愛想な声で応答しましたが、私にはその人が何を言っているのかよく分からなかずに、ただ私の要件だけを吐き出しました。

私はその後で、直ぐに今の住所など必要な情報を吐き出して、電話を切りぐったりと彼女の横にゴロンと寝そべりました。

「耳の形…綺麗。」

私は彼女にもっと早くそして夫の浮気相手ではなく、出来れば友達として出会えれば良かったと心の底から感じました。私達はきっと親友に、いや、恋人にすらなれた、そんな気がしてならないのです。

あぁ、しかし私はやはりもはや殺人に手をかけた哀しき怪物すなわち悪魔になってしまったのです。

出来れば死刑にして頂きたい。正しい裁きを、私にはくだされるべきなのです。

私はやはりこのままひっそりと死のうかとも考えましたが、やはり裁かれねばなりません。

私は彼女の隣で仰向けになりました、彼女が最後に見た景色はこのどこまでも続く青い空で、その空を私もまた眺めていると思うと胸が苦しくなりました。

私は人を殺しました。もう変えられない、償うしかない、死ぬしかないだからもう怖いものはなくなったはずなのですが、やはり汗が出ます。嫌な汗が出てきて、呼吸もいつもよりはやや早く、心臓も余計に脈打っていました。

私はなんで殺されなかったのでしょう。間違いなく私が死ぬべきだった。

彼女はきっと聡明な方だから、私の死体の処理の仕方やその後の逃亡経路も考えていたはずですし、きっと成功もしたはずです。

もう、人間には戻れない。

風が強く吹いた時に彼女の髪が緩くなびきました。まるで生き物みたいに。

はるか遠くからサイレンの音がします。私という悪魔を粛清するための音です。

正当防衛などで私が助かるなんてことがあれば、私は刑務所の中で何も食べずに死のうと考えています。

私は罪人であり怪物であり悪魔であるのです。こんな人間は人妻などと名乗ることは出来ないのです。

ほらここです、私を罰して死刑を宣告してください。

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