第27話 勇者の相手は、俺がします!

「ほぉん、おっきくでたなぁ」


 フラン師団長がにやりと口角を上げる。

 そんな師団長とは対照的に、キャロルは小さくため息を付いた。


「エリクちゃぁん、相手はあの戦闘狂なんだよ? 一個師団を使っても倒せそうにないって言う、あのガルマ・ディオールだよ?」


 ずいと、俺とフラン師団長の間に立ったキャロルは続ける。


「各中隊長にだって、ガルマとの時間稼ぎのために各城から魔物戦力を取り寄せてるところだしねぇ」


 手元にある大量の書類を一瞥して、キャロルは言う。


「魔物戦力……? ガルファ城に寄せられる新戦力に人型魔族はいないんですか?」


 俺の質問に、フラン師団長は小さく頷いた。


「上層部は、頑なに人材を送ろうとしてくれんのよ、今回はね。あくまで、ガルファ城に常駐している人材と各城から送られてくるケルベロスの援軍で凌げってことやねぇ」


「け、ケルベロスだけで……ですか!?」


 残念そうに達観した様子のフラン師団長。

 魔王軍は、常に『魔物』と共にある。

 その代表格が、ケルベロスだ。


 動物兵器として繁殖が容易な上に性格が獰猛、そして訓練すれば軍の命令に忠実に動くという点から戦闘、密偵、救出活動など様々な分野で活躍する。

 人的資源以上に消費、生産のサイクルが激しいが、その分コストも抑えて素早く繁殖できることから勇者軍との小競り合いにケルベロスが編隊を組んで出撃したという記録さえ残っているほどだ。


 伊達に、長い間ガルロックが愛用していない。

 ガルロックは裏切られて、更なる天使ナーシャに奪われていったけどな。


 とはいえ、状況は相当に深刻らしい。

 以前の大規模攻勢よりも遙かに迎え撃つ戦力が、少ないのは歴然だ。


「今考えられる戦力と、『シャッツ』が吐いた情報を合わせると、こんな感じかな……」


 ふと、キャロルは地図を広げてペンを取った。


 現在魔王軍が抱えている戦力としては大きく4つ。

 一つ、フラン・サーキュレート師団長を含める本城からやって来た彼女の私兵たち。

 一つ、ガルファ城に常駐している魔族兵と、生き残った魔物勢。

 一つ、大隊長格にして『治癒吸血姫』ことキャロル・ワムピュルスと『破壊』の魔法を持つ俺、エリク・アデル。

 そして最後に、大規模攻勢ギリギリまで間に合わないであろう各城におけるケルベロスの援軍。


 本来、連隊長格が幾人も編隊を組んでこそ互角に戦えるであろう勇者の一角を相手取るにしては、正直劣勢になるのは目に見えている。


「でもでも、キャロルちゃん。目に見えた劣勢を覆すという点に関しては悪くない提案なんよねぇ」


「は、ハイリスクハイリターンすぎますっ!」


「そやねぇ。成功すれば被害は最小限に。ただ失敗したときは、城が落ちる。ゾクゾクするなぁ」


 不適な笑みを浮かべるフラン師団長。

 その瞳は、先ほどまでのような甘えたそれは一切ない。

 少しでも言葉を誤ってしまえば俺の命がすぐさま刈り取られてしまうのではないか、そんな生きた心地がしない空間だった。


「……今回勇者軍側の副将を務めることになったのは、『ディアード』というEランクパーティーです」


 俺の一言に、フラン師団長は頭に疑問符を浮かべる。


「聞いたことないねぇ。それに、Eランクパーティーが副将に……?」


「『ディアード』って確か、エリクちゃんが潜入した先のパーティーじゃなかったっけ?」


「あぁ、そうだ。だからこそ、俺はあいつらの動きは大体分かってる」


 そう言って、俺は以前の大規模攻勢の主戦場となったラクス平原を指さした。


「『ディアード』が指揮を執るのは、ここ。戦力の大部分を割いたドデカい陽動をしかけるのがこのパーティーの役割になります」


 俺が紡ぐ言葉に、フラン師団長は小さく頷いていく。


「『ディアード』達は好戦的な冒険者じゃない。むしろ、前線から離れて民の為に尽くす。そんなパーティーなんです。ケルベロスの軍勢をここにぶつけて、遠くから魔法の射撃で威嚇させる。それだけで主戦場は一気に膠着します」


 俺がここに来る前にシュゼットに頼んだことの一つとして、あくまで主戦場の役割は陽動であり、後方での魔法射撃にとどめて欲しいということは伝えてある。

 ディアードおれたちだって、なるべく魔王軍との直接戦闘は避けたいところだからな。

 となれば、凶悪凶刃のケルベロスをラクス平原に配置して、光魔法が嫌いなケルベロスと、直接戦闘を避けたいディアードの双方である意味調律が取れると思う。


「……上手く動いてくれる保証はあるん?」


 フラン師団長の試すかのような質問。

 キャロルも訝しげに俺を見る。


「俺は、勇者軍の殲滅を望んではいません。勇者軍にも良い奴はいるし、悪い奴もいる。そしてそれは、勇者軍の中で同じ事を思っている奴等もいるんですよ」


 勇者側へと立ってみて、ナーシャや、シュゼット、ルイス達と出会えたことを、俺は誇りに思う。


「ほぉん、ええんやないの?」


 ふと、フラン師団長が呟いた。


「あんたの心構えはよぉく分かったよ。あんたにガルファ城の命運を託したってもええ」


「ふ、フラン師団長!?」


「ま、勇者軍側に立ったエリクが一番内情把握しとるやろうしねぇ。でも、ええな? エリク」


 言って、フラン師団長は俺の耳元にふっと息を吹きかけた。


「今回の件で失敗すれば、私ら全員本物の首が飛ぶ。けど、少しでも向こう側勇者側に肩入れしてる様子が見られれば、スパイとして本部に飛ばされる前に不慮の事故・・・・・で首が飛ぶかもしれんのは、気ぃつけることやねぇ」


 ツツ、と首筋を這うその人差し指が妙に冷たかった。


「――分かってますよ、師団長様」


 彼我の戦力差は歴然。

 全く、魔王軍を抜け出したり、勇者パーティーに入ったり、そしてまた戻ってきたり。そして、勇者ガルマ・ディオールの相手を買って出たり。


 俺の人生のブラック街道は、止まることを知らないようだ。

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