第17話 クラウディアは、潰させません!

 休暇日も開けていつものようにダリアさんの作る朝食を食べた俺は、皿洗いを手伝っていた。

 ダリアさんはてきぱきと事務仕事をこなす。ダリアさんの1日は、村や街から届く任務をパーティーランクごとに仕分け、未達成・達成に区分することから始まる。

 先日は休暇日ともあって俺たちは休みだったが、他のパーティーは盛んに低ランクの任務をこなしていたため達成区分の枠に多くの書類が放り込まれた。

 損な中で、とある一枚の紙を見つけたダリアさんは、「あ」と小さく声を上げた。

 一般的な任務受注用紙は白線で囲われているのだが、その受注用紙は任務内容の周りに薄い金箔がちりばめられている。

 受注用紙のてっぺんに刻まれたのは、クシオール王国の紋章。


 ……見たことのない受注用紙だな。


「エリクさん、今日はあんた達予定は空いているかい?」


 ダリアさんは面倒くさそうに呟いて、その特殊な受注用紙を机の上に置いた。


「確か空いてたと思いますよ。何なら、今から3人呼んできましょうか」


「あぁ……頼むよ。全く……こういうのこそ、『ガードナー』にやらせりゃいいのにねぇ。人が悪いっちゃありゃしない……」


 ○○○


 いつものように教会への礼拝から帰ってきたシュゼット、どこから取ってきたのか分からない謎の骨付き肉をむしゃぶりつくルイス、そしてダリアさんの手伝いで屋根裏作業をしていたナーシャがギルド『クラウディア』のロビーに集結する。


「あんた達に引き受けて貰いたいものがある――いや、あんた達でないと出来ないもの……って感じかね」


 頬杖を突きながらギルドカウンターに一枚の紙を差し出すダリアさん。

 先ほどの、金箔で縁を覆われた、クシオール王国の紋章付き任務受注書だ。


「なるほど、国家指定任務ですか。しかも受注難度はC……。私たちのランクより、2段階ほど飛び出てますね」


 シュゼットは赤縁の眼鏡に手を掛けながら呟いた。


「受注難度C……。ってことは、推奨されるのはCランクパーティーだな。このギルドにそんな高ランクパーティーいたか?」


「確か、このギルドには最高でもDランク程のパーティーしかいなかったかと。何せ、主たるパーティーは全て『ガードナー』に引き抜かれていきましたからね」


 シュゼットとルイスの応酬にダリアさんは「嫌がらせかい……?」と嘆息した。

 ナーシャが心配そうに言う。


「で、ですが、この前の魔族討伐の受注難度もCでしたし、きっと今度も上手く行きますよ!」


「そりゃそうだけどもねぇ。お上だって、ウチの客がほとんどガードナーに流れていることなんて百も承知な訳さ。そんな状況で、受注難度Cの国家指定任務をこっちにまわしてくるなんてあまりにも出来過ぎちゃいないかい?」


 ダリアさんの言葉に、シュゼットは短い銀髪を項垂れさせながら、机に突っ伏した。


「潰そうとしてきてますね、このギルドを」


「……潰す?」


 俺の疑問に、シュゼットは続ける。


「一応、『クラウディア』は民間ギルド、そして『ガードナー』は国営ギルドという扱いになっています。ギルドというのは、それぞれこなしている任務、所属のパーティーで評価が決まります。特に、国の上層部から直接任務が下るのは相当な名誉なことなんです。その任務を一つこなせば、『国家指定任務をクリアした』という肩書きも作れますしね」


 ……なるほど。この紙切れ一枚が、そんな大きな効力を持つのか。


「そして、任務をこなせば名誉になる反面、任務をこなさなければ同じだけ評価を下げることになります。ここ、『クラウディア』ギルドでCランクの任務なんてもう滅多に来ません。そういった高ランクは全て『ガードナー』に流れていきましたからね。それを追うようにCランクパーティー以上の冒険者達も流れていきました。つまり――」


「――無理難題の任務を下して風評被害を悪くする。そして任務数を減らし、パーティーを減らし、経営難に陥らせて倒産させる……って魂胆なんだろうね、お上は」


 シュゼットの解説に、自嘲気味の笑みを浮かべながらダリアさんは続ける。


「おおかた、この地にもう一つ国営ギルドを設立したいんだろうさ。そのためにオーデルナイツの最後の民営ギルドであるここを潰しちまいのさ」


「いよいよ、上層部も本格的に魔王軍討伐に動き始めてますね。オーデルナイツにも少なからず火の粉は降りかかるでしょうが……」


 そう言いながらシュゼットは眼前の受注用紙に目を落とした。


「そんなわけだ。こんな難度の任務、他のパーティーに頼める訳もない。あんた達のパーティー能力は既にAランク程度はある。あんた達の得意としない制圧任務になっちゃいるが、頼めるかい?」


 ダリアさんは、深々と頭を下げた。

 ここがある種ギルド『クラウディア』の分水嶺なのだろう。

 魔王軍討伐のために更にここにもう一つ『ガードナー』に似たようなギルドが立つとなれば、これまで以上に魔王軍への侵攻が強まるだろう。

 俺とて、決してそれを望んでいるわけではないからな。


 皆の顔を見ると、それぞれが決意を固めた表情で小さく頷いた。

 そんな、俺たちの代表ナーシャは、そんな皆の顔を見てにっこりと優しげな笑みを浮かべる。


「今までずっと、ずっとお世話になってきたギルドです。絶対に、潰させません! この国家指定任務はEランクパーティー『ディアード』が、責任を持って請け負います!」


 凜とした表情で宣言するナーシャ。

 翡翠のロングストレートがふわりと、彼女の気概を表すかのように揺れた。


「よっしゃ、了解したぜッ! リーダー!」


 両手で拳を作り、胸の前で打ち付けたルイス。


「『クラウディア』が潰れれば、一番困るのは私たちですからね」


 カタリと椅子を引いて立ち上がるシュゼットは、眼鏡をクイと持ち上げた。


「ここに来て、人間らしい生活をさせて貰いましたからね。全力でその任務、取りかからせて貰います」


 俺とて、ギルド『クラウディア』には返しても返しきれない恩がある。

 面々が決意を固めると、ダリアさんは少しだけ目元を潤ませて――。


「頼んだよ、『ディアード』! 帰ったら美味い飯、たんまり食わせてやるからね!」


 そう腕まくりをしたダリアさん。


 ――こうして、『ディアード』初の国家指定任務が始まりの音を告げた。

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