第27話 センパイ、事件です!

 夜が遅くなると、美幽センパイはいつも通り学校に帰っていく。

 毎日当たり前のようにうちに来るのだし、いっそ泊っていけばいいのに、と思うのだけど、


「家族の時間は大切だから」


 と律儀に去っていくのだった。


 もう、美幽センパイは私にとって家族のようなものなのに。

 美幽センパイのような姉がいたらどんなによかっただろう、と考えずにはいられない。


 お父さんの帰りが遅くて不安な夜だって、美幽センパイがそばにいてくれたら、それだけで心が安らぐ。

 けれども、美幽センパイみたいな世話好きな姉が家にいたら、私は甘え切ってダメな妹になっていたかもしれない。



――やっぱり、最後は私自身がしっかり自立しなくちゃいけないんだろうな。



 夜空に輝く一つ星をベランダから眺めながら、私はそんなことを思った。






 翌朝。

 私は今日もいそいそと家庭科室に顔を出す。

 まるで飼いならされた子犬みたいに従順だな、と自分にあきれもするけれど、美幽センパイに早く会いたい気持ちにうそはつけない。


「おはようございます。美幽センパイ、いらしてますか?」

「おはよう、旭ちゃん……」


 美幽センパイはいつも通り家庭科室で私を待ってくれていた。

 けれども、なんだか声に元気がないような。


「センパイ、なにかあったんですか?」

「ええ。旭ちゃん、これを見てくれる?」


 どうやら美幽センパイはなにかを発見したらしい。

 カーテンを開け、家庭科室に朝の光を取りこんでみる。

 すると、いつもとは異なる家庭科室の風景が視界に広がってきた。


「なにこれ!?」


 私はつい大きな声を出してしまった。

 テーブルの上に散乱した、図書室のナンバーがふられたお菓子作りの本。

 そして、電子レンジの前の床に割れ落ちている陶器の白いお皿。

 いつも整然と片づけられているはずの家庭科室が、何者かに荒らされたかのように派手に散らかっていた。


 私は美幽センパイに近づき、状況をおずおずと目で確認する。


「センパイ、これはいったい……」

「私が来た時にはすでにこうなっていたの。でも、私より先にここを訪れる人なんていないはずよ」

「ということは、昨日の夜の犯行でしょうか?」

「家庭科部が放課後そのまま放置したのでなければ、そういうことになるわね」


 美幽センパイが神妙な声で言う。背筋がぞくっと寒くなった。


「もしかして、ド、ド、ドロボウ!?」

「可能性はなくはないわね。でも、なぜドロボウが家庭科室に忍びこんだのか、そしてどんな理由で本を散らかしていったのか、説明がつかないわ」


 たしかに美幽センパイの言う通りだ。

 家庭科室には高価なものは置いていない。ドロボウがねらうなら、もっと別の場所にするはずだ。


「じゃあ、犯人は家庭科部でしょうか?」

「いつもきれいにしている家庭科部がこんな状態のまま帰ると思う?」

「うーん……」


 たしかに妙な話だ。

 ステンレスの流しだって、傷一つないくらいピッカピカに磨き上げる家庭科部だ。

 そんな片づけのプロフェッショナルみたいな部が、お皿が割れているのも気にとめずに帰ってしまうとはとうてい思えない。


「となると、犯人はいったい?」

「分からないわ。昨日の放課後から今朝までの間に、誰かがここに忍びこんで荒らしていったとしか」


 いったい誰が、どんな理由で? 謎は深まるばかりだ。


「あっ、そう言えば!」


 若杉先生が終礼で言っていたっけ。

 最近、学校で起きている教室が荒らされたり物がなくなったりする、物騒な事件が起きているって。

 今の状況が、まさにその物騒な事件に当たるんじゃ……。


「たいへん、先生に知らせなきゃ!」


 私は美幽センパイと一緒に職員室に駆けこんだ。






 家庭科室で目撃したことをその場に居合わせた先生に説明した後、私は美幽センパイと一緒に教室にやって来た。

 そして、廊下側の一番前の自分の席で、肩からスクールバッグを下ろしていると、


「旭さん。おはようございます」


 ふいに背中から声をかけられた。

 びくっと身体を小さく震わせ、ゆっくりとふり返る。


「おはよう、吉乃ちゃん」


 私の背後に、吉乃ちゃんがわずかに口角を上げて立っていた。


 にわかに警戒心が高まってくる。

 もしかしたら、吉乃ちゃんには美幽センパイが見えているかもしれないのだ。

 私のとなりでは、美幽センパイが吉乃ちゃんを鋭く注視している。

 すると、吉乃ちゃんが不思議そうに小首をかしげた。


「旭さん? どうかしましたか?」

「べ、別にどうもしないよ? なんで?」

「いえ、旭さんの表情がいつもより少しこわばっているように感じましたので」

「そ、そうかな? いつも通りだと思うけど」


 私はあわてて両手を自分の顔に当て、パーツの形をたしかめるようになぞってみた。もしかして、警戒心が顔に表れていたのかな?

 すると、吉乃ちゃんが小さく笑い出した。


「ふふ、旭さんはうそがつけませんね。なにかあったのですね」

「うん。実は……」


 やむを得ず、私は家庭科室で目撃した事件についてを打ち明け、ごまかすことにした。

 美幽センパイのことが見えているのかどうかを単刀直入に問いただすのは、さすがにためらわれたからだ。

 すると、吉乃ちゃんは細い指をあごにそえ、静かな調子でつぶやいた。


「もしかしたら、それは幽霊のしわざではないでしょうか?」



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