第13話 センパイ、寄り道していくんですか

 学校から家までの帰り道を、美幽センパイと並んで歩く。


 足の長いセンパイと、そうでない私。

 歩幅がちがえば歩く速度だってちがうはずだし、そもそも美幽センパイは宙を飛んでいける。

 それなのに、美幽センパイは私と過ごす時間を愛おしむように、ゆっくりと歩調を合わせてくれた。


「そうだ! 旭ちゃん、ちょっと寄り道していかない? この近くに私のお気に入りの場所があるの」

「センパイのお気に入りの場所、ですか?」


 私は腕に巻かれた細いピンクの腕時計に目を落とした。まだ時間に余裕はありそうだ。


「いいですよ。どんな場所なのか気になりますし」

「やったぁ! それじゃ、出発進行♪」


 美幽センパイは鼓笛隊の先頭を行く指揮者みたいに、張り切って歩いていく。

 その後ろに素直につき従う私。

 こんなふうに誰かと下校するのは中学校に進学してから初めてだから、心がつい弾んでしまう。

 美幽センパイには絶対に内緒だけどね。


 通学路を一本それた大通りの、反対車線の向こう側に、美幽センパイのお気に入りの場所はあった。

 横断歩道をわたり、目的の場所の前までやって来る。


「センパイ、ここって」

「そう。稲荷神社よ」


 私は朱塗りの大きな鳥居を見上げた。

 現代的な建築物が連なる大通りのはざまで、稲荷神社の入り口だけが、千年の昔にタイムスリップしたみたいに幻想的なたたずまいを見せていた。


 美幽センパイは一礼し、慣れた足取りで鳥居をくぐっていく。

 私も真似をして一礼し、吸いこまれるように敷地のなかへと足を踏み入れた。


 背の高い木々に挟まれた石畳の参道はほの暗く、静かで、心がしんと沈んでくる。

 稲荷神社は、横幅はけっして広くはないものの奥行きがあり、本殿までは思いのほか距離があった。


 歩くうち、なつかしい記憶がよみがえってきた。


「幼いころ、お母さんに連れられてここによく来ていました。あのころは公園に来たくらいにしか思っていなかったけど」

「境内にブランコとすべり台があるからね。遊具にはしゃぐ旭ちゃんもかわいい」

「また私のこと子ども扱いしてません? ずっと昔の話ですからね」


 私は不満げに頬をふくらませて念を押す。

 一方、美幽センパイは楽しそうだ。


「それにしても、まさかセンパイのお気に入りの場所がここだとは思いませんでした」

「どんな場所だと思っていたの?」

「かわいい店員さんがたくさんいる喫茶店とか」

「あら、それも悪くないわね。今度一緒に行きましょうか」

「お一人でどうぞ。センパイの邪魔しちゃいけないし」

「もう、旭ちゃんったら、つれないんだから」


 私がツンとした態度で返すと、美幽センパイは不服そうに唇をとがらせる。

 そんな美幽センパイの仕草がいじらしくて、私はくすっと小さく笑った。

 

 私たちはお堂の前までやって来た。

 歴史を感じさせる古びたお堂をしげしげと眺めつつ、私は口を開いた。


「幽霊ってこういうところ大丈夫なんですか? すごく神聖な空気を感じるんですけど」

「もしかして、私には近づけない場所だと思った?」

「はい。幽霊には苦手な場所なんじゃないかって」

「邪念に満ちた悪い幽霊なら祓われていたかもね。でも、私は悪い幽霊じゃないから。それに……」


 美幽センパイは私のとなりに並び立ち、お堂を見上げながら切なげに目を細める。


「ここが旭ちゃんにとってなつかしい場所であるように、私にとっても、ここは不思議となつかしさを感じる場所なの。なぜかは分からないけどね」


 美幽センパイの澄んだ声が静かな境内に響く。


 幽霊になる前の記憶がない美幽センパイ。

 もしかしたら、この稲荷神社をなつかしく感じる心のなかに、美幽センパイの過去を知る手がかりがあるのかもしれない。


 ふり返ってみれば、美幽センパイにはたくさんの謎がある。


 美幽センパイがどんな理由で幽霊になったのか?

 人助けがしたいから成仏しないと打ち明けた、あの言葉はほんとうなのか?

 美幽センパイに記憶がないのはなぜか?

 この稲荷神社をなつかしく感じるのはどうしてなのか?


 そもそも、美幽センパイが教室のなかで感じた妙な視線の正体だって、まだつかめていない。

 これらの謎がすべて解き明かされた時、美幽センパイの過去も明らかになるのかな?


 私は賽銭箱に二人分のお金を投げ入れた。

 そして、美幽センパイと一緒に手を合わせた。


「旭ちゃんはどんなお願い事をしたの?」

「センパイの姿が見える人がもっと増えますように、って。センパイは?」

「旭ちゃんにもっと友だちができますように、って」

「なあんだ。私たち、お互いのことをお願いしていたんですか」

「そうみたいね。気が合うわね、私たち」


 私たちは笑い合った。

 それからふり返り、来た道を戻ろうとしたところで、美幽センパイが不思議そうに首をかしげた。


「あら?」

「どうしました、センパイ?」

「おかしいわね。狐が一匹いないわ」


 美幽センパイが指さす方向に目を移す。

 すると、参道の左右で対をなして座っているはずの狛狐こまぎつねの石像の片方が、きれいになくなっていた。


 どうして一匹しかいないんだろう?

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