第11話 センパイ、教室になにかいるんですか
午後は数学の授業だ。
予鈴が鳴り、私は席について教科書とノートをいそいそと準備する。
私のとなりには美幽センパイが当然のように浮かび、爽やかな笑みをこぼしていた。
「あの、センパイ。午後も私と一緒に授業を受けるんですか?」
「ええ、そのつもりよ」
私の友だちになってくれそうな子を探すんだと言って、朝から一年C組の教室をずっと見学している美幽センパイ。
その気持ちはありがたいのだけど、授業中までべったりくっつかれていると、なんとなく落ち着かない。
「センパイにずっと見られていたら、私だけ授業参観してるみたい」
「うふふ、大丈夫よ。授業中の旭ちゃんもかわいいわ」
「見えすいたお世辞、ありがとうございます」
「あら、ほんとうのことよ。かわいい子ぞろいのC組のなかで旭ちゃんは特にかわいい」
「うそ。センパイのお気に入りは六条さんでしょう? 私にかまわず六条さんに取りついたらどうです?」
「旭ちゃん、もしかして、すねてる?」
「すねてません」
「安心して。今は旭ちゃんにしか取りつく気はないから」
「やっぱり取りつかれているんだ、私」
だと思った。
相手が美幽センパイだからそれほど深刻には感じないけれど、学校でも家でもず~っと幽霊と一緒というのはどう考えても普通じゃない。
私の顔が不安そうに見えたのか、美幽センパイはおだやかな声で言った。
「ごめんごめん。取りついたというのは冗談だから安心して。でも、旭ちゃんのそばにずっといたいって気持ちはほんとうよ。私、一人で過ごす時間があまりに長かったから。今は旭ちゃんとお話しできてすごく嬉しいの」
美幽センパイの言葉が、私の胸に切なく響く。
だって、私も美幽センパイと同じだから。
なかなか友だちができなくて、教室で盛り上がっている子たちが気になりながらも、ずっと一人で過ごしてきた。
話し相手を求めていたのは、なにも美幽センパイだけじゃない。
私はふっと口元に笑みを浮かべ、美幽センパイの顔を見上げた。
「その気持ち、分からないでもないです」
美幽センパイがぱあぁっ! と表情を輝かせる。
「じゃあ、旭ちゃんとずっと一緒にいてもいい?」
「まあ、迷惑かけないでいただけるなら」
「やったぁ! 大好きよ、旭ちゃん!」
美幽センパイは感極まったのか、笑顔を弾けさせて私に抱きついてきた。
「寒っ!? もう、迷惑かけないでって言ったばかりなのに」
たちまち背筋が凍りつくような悪寒に襲われて、私はぶるぶると身体を震わせた。
私は温もりを取り戻そうと両腕で身体をさすりながら言った。
「私以外にもセンパイと会話できる子がいるといいんでしょうけどね」
「……いるかもしれないわ」
「えっ?」
軽い調子で言ったのに、思いがけず真剣な声が返ってきた。
驚いて美幽センパイの顔を見上げると、美幽センパイは探るような目で注意深く教室を見わたしていた。
もしかして、私以外にもいるの?
美幽センパイの姿を見ることができる人が?
私も緊張した視線を教室に注いだ。けれども、いつも通りの和やかな風景が広がっているだけで、普段と変わったところはなにもない。
けれども、美幽センパイは確信を持った声で、
「この教室、なにかいる」
と念を押すようにくり返すのだった。
「なにかって、なんですか?」
「分からない。けれども、時々、妙な視線を感じるのよね。ヒリヒリと肌を刺すような、鋭い視線を」
たちまち、私の胸の奥で警鐘が強く鳴りはじめた。
美幽センパイにも分からないって、かなりヤバい状況なんじゃ……。
まもなく校舎にチャイムが響きわたり、数学の授業がはじまった。
教卓の前に立つのは滝本
「いいか、今日は方程式の応用問題を解いていくぞォ! 全員顔を上げて、黒板をよォく見ろ!」
先生は力の入った声を響かせながら、テキパキと黒板にチョークで数式を書いていく。
字は大きく、筆圧が強くて、当番の子があとで黒板を消すのに苦労しそうだ。
私も方程式の問題をノートに書き写し、解こうとした。
けれども、さっきの美幽センパイの言葉が気になって思考がまともに働かず、ペンが動かない。
すると、美幽センパイが背中を丸めて私のノートをのぞきこみ、優しい声をかけてくれた。
「旭ちゃん、分かる?」
「うーん……」
「この数字を右辺に移してみて。そうしたら、左辺がxだけの式になるから。あとは割り算をして」
「あっ、そうか!」
私は美幽センパイの教えにうなずき、手を動かしていく。
「解けました!」
「よかったね、旭ちゃん」
私がホッとして表情をゆるめると、美幽センパイも嬉しそうに口元をほころばせた。
しかし、喜んでいたのは私たち二人だけではなかった。
なんと滝本先生まで満足げにニカッと笑っていたのだ。
「そうか、解けたか! よかったな、浅野ォ!」
どうやら私が美幽センパイに向けた無邪気な声は、教室のみんなに聞かれてしまっていたらしい。たちまち教室に明るい笑いがわき起こった。
私は真っ赤になってただ下を向くしかなかった。
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