ケンカ負け知らずのヤンキーが女装してお嬢様の専属メイドになるようです

デトロイトのボブ

第1話 俺、女装メイドになります

 

 どうしたらみんなみたいな「普通」の子になれるの?


 昔、心が今よりも汚れきっていないころに小学校の担任の先生に質問を投げかけたことがあった。俺はある事故のせいで人の顔にモザイクがかかるようになり、同級生の顔を覚えるのが普通の子たちよりもとても遅かった。同級生の親からは気味悪がられ、同い年の子たちからは醜いアヒルの子とからかわれた。



 小さかった俺にとって先生という存在は周りからの陰湿な嫌がらせを辞めなさいというたった一声で止められる神様みたいなものだと当時は考えていた。だがそんな砂糖菓子のような甘い考えは綺麗に溶けていく。




「普通の子になれないのは君が人よりもかなり劣っているからなんだよ。だからまともな人間になれるように努力しなきゃ」





 悪意もなく笑顔で俺の心を壊した悪魔はこの後もその先も俺がいじめられている光景を無視していった。ああ、親も含めて大人という生き物は人としてのレールから外れた子供なんかを救ってくれないんだと涙ながらに思い知らされた。




 あれから十年が経った。事故による後遺症は高校生になっても消えることはなく、今も道行く人々の顔に黒いボヤがかかっている。薄暗く人気がない高架下で耳障りな電車の音を聞きながら、地面に突っ伏している金髪のモブを見下ろす。顔が見えない以上、俺にとってはただの脇役だ。覚える価値がない。





「おい……とっとあの娘たちから盗んだ財布出せよ」




 俺は真横にいる生まれたての子鹿のように怯えている少女たちを指さす。少女たちもまた金髪モブと同様に顔が見えない。……可愛らしい制服を見るに俺と同じ高校の生徒だろうけど。




「……嫌だって言ったら?」




「また殴る」





 どんなに言葉を言い放っても金髪モブたちには俺の声が届かない。どうせ俺なんかを正義感を振り回すだけのバカだと思っているに違いない。振り下ろしていた拳を彼らの顔面に叩きつけようしたが、それは叶わなかった。




「その辺にしとけ、これ以上痛めつけたところで楽しくないだろ」






 錦戸アキ、唯一顔が見えるキザなナルシスト野郎だ。成績優秀、文武両道と天は二物を与えずという言葉が嘘だと確信できるほどアキは才能に溢れた人間だ。

 だがどうしたことか、天才様は崇拝される環境に飽きたのか普通じゃない俺のところに転がり込んできた。俺がモブの不良に絡まれたら、一目散に加勢して音を上げるまで叩き潰す。


 東西南北とありとあらゆる不良グループから因縁をかけられたが、それらを全て二人だけで壊滅させた。

 アキは俺という普通じゃない人間のどこが良くて付いてきてくれているのだと、今更ながら不思議に思う。






「それもそうだな」





 アキは金髪のモブから少女たちの財布だと思わしきものを抜きとる。苦し紛れに奪おうとするのを華麗に避けながら、少女に財布を投げる。財布を投げたあと、癪に障ったのかアキは金髪の顔に一発蹴りを入れた。……俺よりも容赦ないだろうコイツ。






「いつもいつも喧嘩ばかりしていい加減飽きてきたな〜、なんか良いバイトとかないの」






「事情知ってるくせに嫌味な奴だなお前は」





 ガハハと二人で笑いながら、カバンを拾い上げて学校に向かうことにした。現在、朝の八時半。今更走ったところで遅刻は確定だ。





  02






 口うるさい生活指導の先生の話を聞き流した俺たちはいつもの場所で授業をサボることにした。誰も行くことが出来ない屋上で青空を見上げながら寝そべるのが俺の日常だ。その日の気分で授業に出席したり、しなかったりとアキと一緒に決めている。





「悪ぃ、ちょっと彼女からLINEのメッセ来たから先に行っててくれ。めんどくせぇな……アイツ」






 だが今日に限ってアキは彼女との関係性を維持することを優先した。これは長引かない可能性あるな、今の彼女とは。アキが言うにはワガママで高飛車で自己中心的な性格なのに他人には外面がいい女の子らしい、つくづく女運がないと思う。


 適当な返事を返し、駅前のコンビニで買ったイチゴパンを貪りながら屋上の扉を開けた。目を焼き尽くすと言わんばかりに太陽の光を一身にして浴びる。季節は既に六月、そろそろサボり場所を変えるときが来たかもしれない。俺はいくつかの候補場所を模索していると、既に先客がいた。




「……ずいぶんと遅い登校なんですね柊木桜くんは」



 俺の特等席である屋上のベンチに今どき珍しい三つ編みをした文学少女が本を読んでいた。……どう反応したら良いのかわからない、この子の顔にはモザイクがかかっていなかった。以前、どこかで出会ったのか?






「別にいつ登校してもいいだろ? それよりもアンタ誰なんだ?」




 少女は穏やかに笑いながら、俺に名前を名乗った。ああ、新鮮だな。俺を気味悪いと思わない人の名前を聞けるなんて。




「西ノ宮冬雪です。やっぱり噂通り可愛い人なんですね」





 誰に聞いたのかわからないが、西ノ宮は微笑みながら俺を可愛いと言ってくれた。人として存在価値がない俺に可愛いって言うなんて変わってるな。


 西ノ宮冬雪は私立明智学園高等学校という超お嬢様学校に通っていて、自分のボディーガードをスカウトするためにわざわざ「ドラゴンテイル」という異名を持った人間がいるこの学校に来たらしい。……ちなみにドラゴンテイルと呼ばれているのは数年前に蹴散らしたヤンキーたちに勝手に付けられた俺たちのあだ名だ。




「柊木くん、どうか私のためにボディーガードになってくれませんか?」




「断る、何で見ず知らずの人間のために命を貼らなきゃいけないんだよ」






 ボディーガードは死と隣り合わせの仕事だ、そう簡単に引き受けるわけにはいかない。




「どうしても生き延びなきゃいけない事情が私にはあるんです」




 彼女は真剣な眼差しで俺に事情を話し始めた。西ノ宮は後継者争いのせいで姉妹から命を狙われており、そのせいで自分の家の部下が信用出来ない。だから最強だと呼ばれているドラゴンテイルの俺やアキに頼らざるを得なかったということ。

 どこの馬の骨がわからない人物にボディーガードを頼まなきゃいけないなんて、相当精神的に追い詰められているに違いない。




「アキには頼んだのか?」





「彼から俺よりアイツの方が強いからボディーガードぐらい快く引き受けるよと言われました」





 俺が困っている人間を放っておけない性格なのを知ってわざと紹介したに違いない。事情を知ってしまった以上帰れとは言いきれない、昔の俺みたいな人間を生み出さないためにもできる限り救っていきたい。




「まぁ、うん仕方ないな……体を張るのは苦手だけどスカウトを受けるよ」




 渋々、スカウトを引き受けたのにも関わらず西ノ宮は心から幸せそうな笑顔で喜んでくれた。人から頼られるというのは今までに無かったことだからとても嬉しい。




「それでボディーガードはバイト制なのか?」




 出来ることなら学校は辞めたくないな。






「いえ、四六時中私と一緒ですよ。女装して私と一緒に学校に通うのが仕事ですから」




 どこから出したのか彼女からフリル状のスカートが施されたメイド服を渡された。もしかして俺、とんでもない事に巻き混まれている可能性ないか?


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