第二章 ~『テロンとの決闘』~
「アトラスさんも逃げましょう!」
「駄目だ」
子供たちを抱き寄せるマリア。彼女の提案を呑むわけにはいかない。
「上級魔術師相手に子供を連れて逃げるのは現実的じゃない」
「でも!」
「消去法だ。子供か俺か、どちらが生き残るべきかだ。マリアになら分かるだろ」
「なら私が囮になります!」
「それも無理だ。この場で足止めができる実力は俺にしかない」
マリアはギュッと下唇を噛む。自分の無力さが悔しくて、ポロポロと涙が零れる。
「わ、私……ぐすっ……あなたのこと……」
「泣いている暇があったら早く逃げてくれ。俺の命が無駄になるからな」
「――ぅ……このご恩は一生忘れません!」
マリアは子供を連れて牛舎の裏口へと走る。アトラスの想いを無駄にしないためにも振り返っている余裕はなかった。
「良い判断だ。だが私相手に足止めが可能だとでも?」
「可能さ。なにせ俺の方が強いからな」
「減らず口を。それならば姫たちを逃がす必要もないだろう――弱者の負け惜しみに付き合うほど私は暇ではない。終わらせてもらうぞ」
青髪の男は魔力から大剣を錬成し、アトラスへと放つ。飛ばされた刃は彼の身体を串刺しにした。胸に刺さった刃から噴水のように血が噴き出す。
「子供たちは逃がしました。だがら――ア、アトラスさんッ」
裏口まで辿り着いたマリアは脱出できたと告げるために、一度だけ振り返る。そこには刃物で刺され、血をポタポタと零す彼の姿があった。
「……っ――ご、ごめんなさいっ……ぐすっ……」
アトラスが残してくれた時間を無駄にできないと、マリアはそのまま裏口から走り出していく。
残された死体を青髪の男は冷めた目で見つめる。しかしすぐに表情は一変した。殺したはずの死体が動き出したのである。
「マリアは無事に逃げられたようだな」
アトラスは手に刺さったナイフと、腹を串刺しにしている大剣を抜き取る。先ほどまでの致命傷が嘘だったかのように塞がり、カスリ傷だけが残されていた。
異常事態が発生していると、場の空気が緊張感に包まれていく。
「さっきの疑問に答えてやるよ。俺がマリアを逃がしたのはな、お前より弱いからじゃない。あいつに魔術を見られたくないからさ」
「……私になら見られてもいいと?」
「俺以外の死人は口を聞けないからな」
魔術は正体を知られれば、その有用性を大きく損なう。例えばアトラスの回復魔術なら、殺すのではなく、捕縛することで死からの蘇りに対抗することが可能だ。
「流石は、アトラス様。魔術師の生き様を理解してらっしゃる」
メイリスがパチパチと手を叩いて賞賛する。彼女が身体に纏う魔力量は只者のそれではない。
二対一、さらにその内の一人は死すら克服する怪物である。青髪の男は自分が不利な立場にいると知り、対抗策に打って出る。
「私、テストス家の当主テロンは貴様に一騎打ちを申し込む!」
「ははは、二対一で不利だからと、決闘で戦うと?」
「正々堂々の魔術戦だ。まさか逃げまいな?」
「随分と都合の良い話だが、よし、受けてやる。それくらいの余裕を見せられるほどに、俺とお前の実力には差があるからな」
一騎打ちを受けたことで、テロンは意識をアトラスだけに集中させる。
「貴様は回復系の魔術師だな。俺の知り合いでも使い手がいるが、あれは厄介な力だ」
「俺以外にも似たことができる奴がいるのか。興味があるな」
「どんな致命傷でも癒せる男だ。性格は最悪だが、あの能力だけは評価している……ただし、あの男でも死を克服することはできていなかった。貴様も同様であると、私は考えている」
「疑り深いな。死んでからの蘇生をその目で見ただろ」
「致命傷ではあったが、命を失うギリギリの状態だったのだと考えれば、筋が通る。つまり貴様を殺すなら腹に大剣を突き刺すだけでは駄目なのだ。頭を吹き飛ばし、確実なる死を与えてやる」
「お前にそれができるかな?」
「私の魔術ならばなっ!」
テロンの推察は間違っていた。アトラスの『死んだことさえカスリ傷』は、その名の通り、頭や心臓を失っても、元通りとすることができる。だがそのことを敢えて教える義理もない。
(希望を与えてやらないと、俺を殺そうとする気概も失せるだろうからな。折角の魔術をコピーする機会だ。有効活用しないとな)
アトラスは魔法で殺されれば魔法を、魔術で殺されれば魔術を会得できる。
既にテロンの大剣によって殺されているが、あれは『創剣』という魔力から剣を錬成する魔法によるものだった。
まだ必殺の魔術を体得していない以上、戦いを諦められては困るのだ。
「貴様は確実に殺す!」
テロンは魔力を放出し、錬成した大剣を宙に浮かべる。その数は数十本を超えていた。
だがアトラスの口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「その程度の魔法で俺を殺せるとでも?」
「無理だろうな。だから貴様を殺すために私も奥の手を使う!」
「だが生半可な魔術は俺に通じないぞ」
「安心しろ。私の魔術は犠牲も大きいが威力も桁違いだ……これでまたあの男の癒しの力の世話になるが、貴様を殺せるなら躊躇いはない」
テロンの魔術が発動したのか、右肩から先の腕が魔力の塵となって消え去る。
「代償型の魔術か。これは威力も期待できそうだ」
魔術は条件が厳しいほどに威力が増す。その条件の中でも身体の欠損は多大なリスクとなる。腕一本を犠牲にした魔術は、大規模な攻撃になることが予想された。
「これが私の魔術『右手を剣に』の力だ!」
空中に浮かぶ大剣の数が加速度的に増加する。その数は百を超え、千を凌駕し、万へと達する。
「右腕を代償に一万本の剣を創造する大魔術だ! さぁ、命乞いをしろ! 私に跪いて、無礼を詫びろ!」
「御託は良いからさっさと来い」
「――――ッ」
怒りのボルテージが最大に達したテロンは大剣の矛先をアトラスへと向けると、砲撃を放つように発射命令を出す。
すると一万本の大剣が雨を降らせるように、アトラスの身体を串刺しにしていく。魔力の鎧で防御することも可能だが敢えてそうしない。剣戟を受け止めながら、魔術が完了するのを待った。
「ははは、私の勝ちだ!」
剣の山に埋もれたアトラスは、ハリネズミのように剣でボロボロになっていた。周囲には血が舞い散り、彼の死は誰が見ても明白だった。
だが死体は動き出す。一本、一本、自分に刺さった刃物を抜いていく。そのゆったりとした動きに、テロンは恐怖を覚える。ガタガタと歯を鳴らす。
「よくも俺を殺してくれたな……」
「ば、化け物おおおっ」
テロンは恐怖のあまり魔術を解除する。魔法で生み出された剣は消え、残されたのは復活したアトラスだけ。彼は何事もなかったかのように、不敵な笑みを浮かべていた。
「貴様はいったい何なのだ!? どうして死なない!? 人であるなら頭を潰されれば死ぬのが道理であろう!」
「お前の常識を俺に押し付けるな。俺は死んでも蘇生する。それが俺の道理だ」
アトラスは全身から魔力を放つと、空中に大剣を生み出す。浮かんだ剣を、テロンはポカンとした顔で見つめる。
「その魔法は私の……」
「魔法だけじゃない。魔術も俺のものだ」
アトラスの右手が消え、彼の背後に一万本の大剣が出現する。しかしテロンとは違い、彼の失ったはずの右腕は、何事もなかったかのように元に戻った。
「右腕を犠牲にする魔術は俺の回復の力と相性ピッタリだ。役立つ力をありがとな」
「こ、降参する。私の負けだ。だからどうか命だけは!」
「駄目だ。俺は魔術で復活したが、お前は一度俺を殺しているんだ。他人を殺しておいて、自分の番になったら許されるほど世の中は甘くない」
「――――ッ」
「殺した相手に殺されるのだ。本望だろう。潔く死ね」
アトラスが念じると、大剣が一斉にテロンに向かって射出される。大剣の雨を防ぐ手段は持ち合わせていない。テロンは剣で串刺しになりながら、全身から血飛沫を吹き出す。癒しの力を持たない彼は、痛みと出血で命を落とした。
「おめでとうございます、アトラス様の勝利ですね」
メイリスが手をパチパチと叩きながら、勝利を褒めたたえる。
「上級魔術師と戦えたのは良い経験となった。便利な魔術も得られたしな」
「敵は倒しましたが、次はどうしますか?」
「マリアたちが気になるな」
「ふふふ、逃げ切ったようですよ」
メイリスの魔術、『千里の鏡』によって、マリアたちの様子が映し出される。山の茂みに子供たちと隠れる彼女らは緊張が緩んでいた。その表情こそ逃げ切った証拠でもある。
「強敵も排除しましたし、これからいかがいたしましょうか?」
「負傷者たちの手当てでもするよ。メイリスはどうする?」
「私は残党狩りを楽しんできます♪」
村にはまだ敵が残っているかもしれない。原因を取り除かなければ、『回復魔法』で治癒しても、新しい傷が生まれるだけだ。
「任せたぜ」
アトラスはメイリスと離れて、村を駆け巡る。死者を蘇生することはできないが、怪我人なら助けることができる。一人でも多くの村人を救うと、彼の正義が身体を突き動かすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます