第一章 ~『新しい魔王の誕生は拒否された』~
「はぁ?」
跪く美女に対して最初に飛び出したのは戸惑いの言葉だった。
「ふふふ、驚かれるのも無理はありません。私は魔王三配下が一人、エルフのメイリスと申します。あなた様をお待ちしておりました」
「三配下って、こんな奴がまだ二人もいるのかよ……」
現状に理解が追い付いてないが、メイリスと名乗る美女が異常であることは察していた。小声で呟いたためか、彼女はハッキリと聞き取れなかったらしく、顔を上げて、首を傾げる。
「何か仰いましたか?」
「いや、何も……それで残りの二人はどこだ?」
「封印の間で眠っております。起こしてきましょうか?」
「いや、やめてくれ。話が余計にややこしくなる。それよりもここがどこなのかを教えてくれ」
「いいでしょう。ですがその前に――ささ、こちらに玉座を用意しました。どうぞ、お座りください♪」
赤絨毯の先、そこには黄金に輝く玉座が置かれていた。手摺には髑髏の意匠が施されている。
(悪趣味な椅子だな。これに座るのかよ……)
「言葉を失うほどに素敵な椅子でしょう?」
「あ、ああ……」
「えへへ、趣味まで一致しているなんて、なんだか運命を感じますね♪」
嬉しそうに頬を緩ませるメイリスを前にして、座らない以外の選択肢はない。玉座に腰掛けると、柔らかい感触が腰を包み込んだ。
「座り心地は悪くないな」
「なにせ私が用意しましたから!」
「ありがとな……って礼を言うのも変か?」
「ふふふ、その反応、生前の魔王様にそっくりですね」
「魔王って、あの御伽噺の?」
魔人種を率いて、人間を滅ぼす一歩手前まで魔の手を広げた悪の王。その圧倒的な悪を封じた伝説の魔術師の英雄譚を、吟遊詩人が物語で歌っていた。
「魔王様は実在された方ですよ。それはあなたも実感しているはずです」
「知り合いに魔王なんていないんだが……」
「扉の前を守護していた鎧の人物。あの方こそ魔王様ですよ」
「あの黒鎧が!?」
「といっても、魂だけの残滓でしたが……魔王様は我らの次なる主が現れるまで、死後も配下である我々を守り続けてくれていたのですよ……」
寂しげに俯くメイリスに、罪悪感がチクリと刺さる。
「悪かったな……」
「どうして謝るのですか?」
「ほら、あいつを倒しちゃったからさ」
「ふふふ、気にせずともよろしいのですよ。なにせあなた様が我らの前に現れてくれたのですから♪」
自分の存在が喜ばれることに悪い気はしない。照れ隠しをするように頬を掻いていると、疑問が頭を過った。
「そういや次なる主って……」
「あなた様のことです」
「やっぱりかよ。でも悪いが、俺は部下を持つほど偉い人間じゃない」
「ご謙遜を。あなた様は魔王様を倒されたお方。並みの人間にできることではありません」
「確かにあいつは強かったよ。でもさ、強さと主の器はイコールじゃない。他を当たってくれ」
「では私が一方的にあなた様を主とさせていただきます」
「だから俺は――」
「私が勝手にお慕いするだけですから。それとも私に止めるよう命じますか?」
「うぐっ」
命じるとは、即ち主であると認めたに等しい。何も言い返すことができず、黙り込んでしまうが、すぐに降参だと両手を挙げる。
「分かった。俺の負けだ。主とやらになってやるよ」
「それでこそ、あなた様です♪」
「だから主として命じる。俺のことはアトラスと呼べ。様付けされると、背中がムズムズするんだ」
「ではアトラス様とお呼びしますね」
「……話聞いていた?」
「はい。アトラス様♪」
「絶対、聞いてねぇ」
仕方なく、アトラスが様付けを認めると、メイリスは愛らしい微笑みを返す。
「それでは正式に主となられたアトラス様には、覇道を歩んで頂こうかと思います。まずは世界征服など如何でしょうか?」
「馬鹿馬鹿しい。誰がするかよ、そんなこと」
「権力に興味がないと?」
「あるわけないだろ。そもそも征服して何が楽しいんだよ? 恨まれるだけじゃん」
「ですが支配者となれば、アトラス様の威光を世に知らしめることができます。道を歩くだけで民が平伏す光景を見たいと思いませんか?」
「見たくねぇよ。俺はな、そんな光景より人から『ありがとう』の言葉を貰いたんだ」
「あ、ありがとう、ですか……」
「人はパンがなくても、心が満たされていれば生きていけるんだぜ」
「あー、なるほど。アトラス様はこういう人でしたか。では魔王になる夢は?」
「却下。絶対にならない。俺は誰よりも勇敢なヒーローになるのが夢だからな」
「そうですか……」
メイリスは肩を落として落胆する。
「さっきは俺が折れたが、今度ばかりは譲らないからな」
「いえ、私はアトラス様の従者です。主が望むことを叶えるのが職務ですから。ヒーローとなる夢、是非、私にも応援させてください♪」
「メイリスにも正義の心が伝わったようで嬉しいよ」
「ふふふ、ではさっそく悪党どもを殺しに行きましょうか♪」
「俺の話、聞いていた!?」
「もちろんですとも。正義とは悪を断罪する者。アトラス様に相応しき姿かと……ではさっそく、私の魔術で目的の人物を探しましょう」
メイリスが魔術を発動するため身体から魔力を放つ。大理石の床が軋み始めるほどの魔力量は黒鎧にさえ匹敵する。
「私の魔法は《遠離》。遠くのモノに干渉するのが得意な魔術です」
「初めて聞く魔法だな」
「アトラス様の《回復魔法》と同じで、数百万人に一人の珍しい魔法ですから」
「通りで聞いたことがないわけだ……ってあれ? どうして俺の魔術を」
「ふふふ、私の魔術は遠くのモノに干渉できますから。覗き見も得意なのですよ」
「俺と黒鎧の闘いを見ていたってことか……」
「ささ、魔術を発動させますよ。見ていてくださいね♪」
メイリスの魔力が空間を歪ませていく。宙に浮かべられた魔力は、円を象り、こことは違うどこか別の場所の光景を見せる。街行く人々が活気づく様子から、王都の映像だと分かる。
「私の魔術の一つ、『千里の鏡』です。遠くの映像を投影することが可能です」
「王都はここから三百キロ以上先だよな。限界はないのか?」
「距離についてはそうですね。ただし制限がないのは一度行ったことのある場所に限られます。初めての場所であれば、百キロ圏内が限界です」
「初めてって地名なんかでも遠視できるのか?」
「もちろん。他にも住所や探し物で検索も可能です……例えば、困っている人のような曖昧な検索対象でも、私の鏡は望む光景を映し出してくれます」
「便利な魔術だな。でもその分、制約も重いだろ?」
「私には膨大な魔力がありますから。縛りは軽くして、消費魔力を増やす形で設計しているのですよ」
「そんなに軽いのか?」
「はい。三大欲求が刺激されるだけですから」
「三大欲求ってことはまさか……」
「眠るか、食事をすれば解決するということです」
「そ、そっか……そりゃそうだよな……」
三大欲求の中でもお手軽に消費できる食欲と睡眠欲で優先して処理するのは当然の考えだ。変な勘違いを口にしないでよかったと、胸をなでおろす。
「なぁ、その魔術、コピーしてもいいか?」
「アトラス様は他人の魔術を模倣できるのでしたね。私の魔術でよければどうぞ」
「では早速、その魔術で俺を殺してくれ」
「……どのようにでしょうか?」
「あっ!」
アトラスは回復魔術の弱点に気づく。彼がコピーできるのは、他人を殺傷可能な力だけ。遠くを見るだけの『千里の鏡』では殺されることができないため、模倣することもできないのだ。
「でもまぁいいか。必要ならメイリスに頼めばいいもんな」
「ふふふ、そうですとも。私を頼ってくださればいいのです♪」
メイリスは機嫌良く鼻歌を歌いながら、『千里の鏡』に映る光景を切り替える。映し出されたのは泣いている男の子だった。
「この子は迷子にでもなっているのかな」
「どうでしょう。私は百キロ圏内の困っている人を映しただけですから……ですが、迷子の可能性は低いと思いますよ」
「どうしてそう思うんだ?」
「私の能力は最も条件に合致する人物を選び出しますから。困っているだけなら、他にも大勢います。それなのに彼を選んだということは――」
メイリスが言葉を言い終えるよりも前に、その答えが映像として出力される。剣を手にした甲冑姿の男が、少年の首を刎ねたのだ。
血飛沫を浴びながら、男は邪悪な笑みを浮かべている。まごうことなき悪の所業だった。
「いったい何が起きたんだ!?」
「格好から推察するに盗賊崩れでしょうか……それにしては装備が綺麗ですが……」
「教えてくれ! この場所はどこなんだ!」
「知ってどうするのですか?」
「もちろん助けに行くに決まっている。だから頼む。住所を教えてくれ!」
「アトラス様が私に願いを……っ――分かりました。お教えしましょう。ここより西に九十キロの地点。そこにある小さな集落フドウ村です」
「九十キロだと……あまりに遠すぎる……」
早馬を走らせても、間に合わない距離だ。悪党が罪のない人たちに害をなしているのに助けに行けない歯がゆさに、ギュッと手を握り込んだ。
「諦めるのはまだ早いですよ」
「だがここからどんなに急いでも半日はかかる。それではあまりに遅すぎるっ!」
「ふふふ、アトラス様に優秀な配下がいて良かったですね」
「何か手があるのか?」
「私の魔術が一つだと口にした覚えはありませんよ」
メイリスが大理石の壁に手を当てると、魔力が浸透し、人が通れるような大穴が生まれる。穴の向こう側には樹木の密集する森林が広がっていた。
「私の二つ目の魔術、『千里の扉』です。『千里の鏡』で見た場所に移動できる力があります」
「ならこの先は?」
「アトラス様の助けを待つ人がいるかと」
移動の問題はメイリスによって解決された。ならアトラスが取るべき行動は一つだけだ。
「困っている人たちを助けに行くぞ」
「私もお供します♪」
二人は魔力により生みだされた扉を超える。正義を執行するため、アトラスは悪の元へと赴くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます