俺、世界救います。〜ゲームそっくりの世界に転移、色々あって邪神を倒す事になりました〜

珠希 林檎

第1話 ファンタジア・ゲート






 『ミカ、デバフ頼む!』


 『了解!』


 男騎士の合図で、ミカと呼ばれた女魔導師は目の前に立ちはだかる巨大なドラゴンに防御弱体魔法を唱える。

 全長20メートルを超える赤鱗のドラゴンは、唸りを上げその巨躯を大きくよろめかせた。


 『効いた!いけるよリヒト!』


 女魔導師のミカがすかさず男騎士に攻撃力上昇の魔法を掛ける。だが──


 『──ッ、まずい、ミカ!避けろ!!』


 体勢を立て直したドラゴンが、鋭い爪をミカに向けて振り下ろす。


 『やばっ…!』


 防御強化魔法は間に合わない。迫る強靭な爪を前に為す術もなく、ミカは覚悟を決めるように目を瞑る。


 ──瞬間、金属と硬いものがぶつかり合ったような轟音が短く響いた。

 ミカは自分の身に何も起きていない事を不思議に思い、目を少しづつ開ける。

すると、目の前には重厚な装備を付けた大男、重装騎士が大盾でドラゴンの攻撃を弾いていた。


 『大丈夫か。…油断は禁物だぞ。』


 『ありがとう、ベルタ!』


 『ナイス、さっすがベルタ!』


 二人から称賛を貰った男重装騎士のベルタは、先程の攻撃をただ弾いただけではなかった。彼のスキル【カウンター】によって、ドラゴンに少なからずダメージを与えていた。更にスキル【ヘイト】により、ドラゴンは低く唸りながらベルタに標的を定める。


 『リヒト、今だ!行け!』


 ベルタの掛け声で、男騎士のリヒトはドラゴンに向かって走り出す。


 『うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおッッッ!!!!』


 リヒトは地面を強く蹴り上げ大きく跳躍すると、光り輝く長剣をドラゴンの首に向かって振り下ろした。


 鋭い斬撃音の後、数秒の静寂。そしてその静けさをかき消すように、リヒトを中心に突風が巻き起こり、衝撃波となって地表を捲り上げる。


 『くっ…!』


 『ミカ、飛ばされるなよ…!』


 ミカを庇うように大盾を構え、片方の手でミカを支えるベルタ。彼ほどの大男でも風圧で飛ばされかねない程に強い衝撃波が彼らを襲う。

 そして首の落ちたドラゴンは、事切れてゆっくりと倒れ伏す。

 三人は、衝撃波が収まると、動かなくなったドラゴンを見つめて棒立ちする。その中で先に口を開いたのはリヒトだった。


 『やった……のか…?』


 『多分…。』


 ミカが小さく答える。やがて、目の前の光景が現実のものだと理解が追いついたのか、ミカは笑顔を浮かべて声を上げる。


 『…やった、やったんだよ!ドラゴンを倒したんだよ!』


 『マジか……マジか…!!俺たちドラゴン倒したのか!!』


 リヒトもつられるように歓喜の声を上げた。


 『いや待て、喜ぶにはまだ早い。……嫌な予感がする。』


 ベルタはドラゴンから目を離さず、喜ぶ二人にもう一度戦闘態勢をとるよう片手で合図し促した。


 『ベルタ、もう首斬ったんだから死んだに決まって──』


 と、ミカが言い終える前に、ドラゴンの首の切り口がボコボコと蠢き始めた。


 『なっ……!?』


 『嘘だろ!?』


 『お前たち、早く後ろに下がれ!』


 ベルタは二人を自分の背後に誘導すると、大盾を地面に突き立て防御姿勢をとり始めた。

 首を斬られたはずのドラゴンは、切り口からみるみるうちに再生していき、やがて三つ首のドラゴンとなって復活を遂げる。

 三つ首のドラゴンは低く唸りを上げると、ベルタ達に向けて火炎放射を放った。


 『こ、こんなの…アリかよ!!!』


 『復活するとか聞いてない〜!!!』


 『…ッく、皆…すまない、この威力は…流石に私にも受け止めきれん…!!!』


 光線同然の火炎放射を浴び、三人は敢えなくその業火に身を焼かれる事となってしまった。











 【パーティーが全滅しました。】











 「だぁ〜〜〜〜〜っっっ!!くっそ〜、こんなの理不尽だろ〜〜……。」


 悔しさとやり場のない怒りを覚えながら、俺は机に突っ伏す。テレビの画面には無情にも【クエスト失敗】と表示されている。


 ミカ『無理ゲーwww』


 ベルタ『すまない、あのダメージ量は想定外だった…。』


 ピコン、ピコン、とパーティーのチャットが画面右端に更新されていく。気だるげに机に頭を乗せたまま、テレビ画面を見つつ手元のコントローラーを操作してチャットを返す。


 リヒト『マジでつらい。』


 ミカ『来るまでのダンジョン攻略もメッチャ時間かかったのにこれは酷すぎる!』


 ベルタ『あの火炎放射のダメージ、カンストしていたな。あれでは防ぎようもない。』


 皆思い思いの愚痴をチャットに書き込んで行く。俺は次々流れていくチャットをぼんやりと眺めながら、再度込み上げてきた悔しさに小さく唸る。


 ふと、机の上のスマートフォンが振動する。画面には"着信:神代巳影かみしろみかげ"と表示されている。

 おもむろに画面の受話器マークを指でスライドさせると、そのままスマートフォンを手に取り耳に当てた。


 「理人りひと、制作会社爆破しに行っていいか?」


 「電話してくるなり犯行予告をするな。」


 このふざけた電話をしてきた男は、俺の幼なじみでもあり親友の巳影。ゲーム内ではミカという名前で、女魔導師としてプレイしている。

 ゲームの主人公はやっぱり可愛い女の子キャラ安定だろ、とは本人の談。

 ベルタはというと、このゲーム内で一年くらい前に知り合ったばかりのネット友達だ。彼の家の都合上ボイスチャットが出来ないらしく、こうしてチャット等の文面でしか話した事はないが、自分的にはかなり仲が良いと思っている。


 「これ倒せた奴チートでもやってんじゃねーの?」


 「マジで有り得る。」


 俺たちが今プレイしている、この"ファンタジア・ゲート"というゲームは、いわゆる何処にでもよくある王道オンラインRPGだ。五年ほど前からサービスを開始したのだが、今ではRPGを語る上で知らない人は居ない程の知名度と絶大な人気を誇るゲームとなっている。


 自慢じゃないが、サービス開始当初からプレイをしている俺たちは、ほぼ毎日やり続けたお陰で今やゲーム内ではかなりの上位プレイヤーとして活躍している。

 最近は社会人として社畜というゲームを楽しんでいる(笑)ので、学生の時と比べてプレイ時間は減ってしまったが、何だかんだ皆でうまく時間を作って遊べている。お陰で上位ランクから落ちることもなかった。


 ベルタ『さて皆、すまないが私は先に落ちるとするよ。明日は早いしな。』


 ピコン、とチャットが更新される。


 「理人、ベルタ落ちるってさ。」


 「そっか、なら俺達も今日はここまでにしとくか。」


 スマートフォンを肩と耳で挟みながら、コントローラーでチャットの返信を書き込む。


 リヒト『ベルタお疲れー!』


 ミカ『おつー!』


 ベルタ『お疲れ。また明日やるなら呼んでくれ。』


 【ベルタがオフラインになりました。】と、テレビの画面に表示されると、巳影がスマートフォン越しに質問を飛ばしてきた。


 「お前明日は仕事?」


 「いや、休みだけど。」


 「おっ。じゃあ早速明日昼過ぎからドラゴン討伐の作戦会議な!!」


 「また勝手に…。…まあ特に予定も無いし、付き合ってやるよ。」


 巳影は一度言い出したら聞かないタイプだ。融通が効かず困る事は多々あるが、優柔不断よりはよっぽど良い。(本音言うと、先の事をパッと決めてくれるから楽なんだよな。)


 「んじゃ12時過ぎてるし、俺も寝るわ。」


 「えぇ〜!夜はまだ始まったばかりじゃねぇかよぉ。オレともっと会話を楽しもうぜ!!」


 「その言い方キモイな。じゃあまた明日な。」


 「おいちょっ待っ───。」


 未だ何かを喋り続ける巳影を無視し、容赦なく電話を切る。

 ファンタジア・ゲートからもログアウトし、一度背伸びをするとそのまま背後のソファに身体を預けた。


 「…ありがたい限りだけどな。」


 ポツリと独り言を吐いてみる。社会人になると同時に一人暮らしを始めてみたものの、案外一人とは寂しいもので、こうして気軽に話せる友人の存在はかなり大きいという事をしみじみと実感する。


 「……やめやめ、ノスタルジックになる前にさっさと寝ちまおう。」


 リモコンで部屋の電気を消し、ソファに置いてあるブランケットを引っ掴んで雑に包まると、そのままソファにゴロリと横になる。


 「(アイツらと、いつまでこうして遊んでいられるんだろうな…。)」


 オンラインゲームにおいて、どうしても避けられないのが、サービスの終了だ。巳影はともかくとして、ベルタとは所詮ゲーム仲間。ゲームのサービス終了こそが縁の切れ目だ。明日SNSのアカウントでも聞いておくか。

 そんな事をぐるぐると考えながら、うつらうつらと微睡んでいく。


 ふわり、と心地のよい夜風がカーテンを揺らし、頬を優しく撫でる。空に浮かぶ朧月の微かな光を浴びながら、俺は小さく「おやすみ」と呟いた。


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