マイクロノベル集

伊島糸雨

海胎

 死にゆく人は、”海”へと向かう。

 だから、砂浜は足跡で溢れている。重なり、埋もれ、風化してなお、刻まれ続けている。

「海はすべての母って、そういう話、聞いたことある?」

 薄暮の中、指先で砂を弄ぶ。隙間から溢れる白い粒子は、不可逆の砂時計を思わせる。消えた人は戻らない。肉体は分解され、”海”から回収された分子資源は、合成されて都市の一部となり、人々の生活を彩っていく。

「胎内回帰っていうの、知ってる?」

 ほら、生命いのちに倦んだすべての人が、生まれた場所へ帰っていくよ。

 指差す先で、生者が行進する。

「あなたは、どう?」

 手を差し出して、彼女は笑う。

 私はその手を握りしめ、

 私たちは行進する。

 海胎うなばらへと向けて、跡を刻む。

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