劇作家・田町レン

リノ バークレー

1-1(1)

〈ザ――――ッ〉

 〈パシャ!〉〈パシャ!〉…… …… 


 今朝から降り続く雨は一向に止む気配もなく、アスファルトに打ち付ける

激しい雨音が不規則にアパートの窓全体に響き渡る。

 僕はベッドと毛布の隙間から古びた壁に掛かるカレンダーを特に意識する

ことなく見つめていた。


 ……正月気分を味わうことなく今月も終わりか。

 

 カレンダーから枕横にあるスマホに目を移し時間を確認した僕はまるで

冬眠から覚めた小動物のようにゆっくりベッドを下り洗面所へと向かった。

 3日間もの間少々カビ臭さが漂うリビングに籠っていたせいかヒゲが好き

勝手な方向に伸び放題、しかも不摂生していたせいか目の下には大きなクマ

ができ、さすがにこの姿では外出出来ないと判断した僕は身支度にたっぷり

時間をかけ玄関の扉を開けた。


〈ギィ――ッ!〉


 雨風が更に激しさを増す中、僕は一向に気にせず傘を少し前に傾けながら

慎重に鉄製の古びた階段を下りた。

 3日ぶりに目に飛び込む街並みに当然新鮮味など感じられないが、地元を

離れ初めての一人暮らしに心躍らせていた6年前は同じ雨ながらもっと

色鮮やかだったように思う。

 高校卒業後とりあえず企業に就職はしたが時間に縛られる日常にどうしても

耐えきれず入社後わずか半年であえなく退社。

 自身に合ったやりがいを感じる仕事を求め半年間コンビニでバイトし、

都心から離れた郊外の安アパートで暮し今日に至るが未だコンビニでのバイト

暮らしは続いている。

 世の中そんなに甘くはない。

 結局のところ何も見つからなかったんだろと問われれば……、確かに

その通りだがそうとも言い切れない数年間を過ごしたのも事実だ。

 それはまさに何の前触れもなく訪れた。

 あえて奇麗に表現すれば舞い降りたと表現した方が適切かもしれない。

 まさに自身の性格、いや人間性すら変えてしまうほど強烈なものだった。

 僕はその日を境に何者かのメッセンジャーとなった。

 だが結果僕のような脆弱な人間にこの役回りは向いてなかったのか、遂に

軽いうつ状態に陥り今日の劇場での映画鑑賞を最後に終止符を打とう思う。

 今日の映画……、それはそれまでの僕を締めくくるにまさにうってつけ

なのだから。


〈ザ――――ッ〉

 〈パシャ!〉〈パシャ!〉…… …… 


 見慣れた町並みを通り抜け、目の前に広がる大通りの歩道を東方向へと

相変わらず続く向かい風の中ゆっくりと歩みを進めた。

 昨今、映画はヒット作こそマスメディアで大々的に宣伝され、SNS等で

レビューが拡散され更に人気に拍車がかかりロングランとなるが、それ

以外の作品は数週間程でひっそりと劇場から姿を消してゆく。

 当然不人気作品はDVDにもならず大袈裟な言い方をすれば完全に業界から

抹殺されるというワケだ。

 今日の映画はまさにその崖っぷち作品だからこそ今こうして雨風が激しく

なる中劇場を目指してはいるが、実のところその決意が揺れ動くのを僕は

敏感に感じ取っていた。 

 それは雨風のせいだけではない。

 映画鑑賞を機に未練を断ち切り、新たな人生を迎えるための”ふんぎり”

と考えていたがそれは僕の意に反し逆効果になるかもしれないと感じ始めて

いたからだ。


〈ピッコ!〉〈ピッコ!〉〈ピッコ!〉


 歩行者用の信号機が点滅し始めた。

 映画を諦めようかと迷う僕は急いで渡る他の歩行者を邪魔するかように

その場に立ちすくんだ。


……信号が完全に赤となった。


 車が左右から水しぶきを立てながら互に交差する様子をぼんやり眺めて

いると右方向から何やら不穏なざわめきが次々と僕の耳に飛び込んで来た。


                      『うわっ!』

                『キャ―ッ!』

            『何だ!』


〈プ――――ッ!〉〈プッ! プ――――ッ!!〉


 鳴り響くクラクションと共に目が眩むような強烈な光が視界を包むと、

一瞬にして白いセダンが歩道の縁石を乗り上げ僕に向かって物凄いスピード

で突っ込んで来た!


【【うわっ!】】


〈ドッカ――――ン!!!〉

 

      〈キ

        ッ

         キ――ィ!!〉〈ガッシ――ャン!〉


                  〈バラ〉〈バラ〉〈バラ……〉

                     

 車は勢いそのまま減速することなく真後ろの電柱にぶち当たり、その

弾みで運転席を中心に半回転し雑貨店のショーウィンドウのガラスを粉砕

した所でようやく停止した。

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