死が、僕たちを分かつまで
どくだみ
プロローグ:幽体離脱の夜
夢にしてはリアルだった。
一人暮らし二年目の夏。やっとのことで大学の課題を書き終わり、晴れ晴れとした気持ちで布団に身を委ねた。体感としてはまさにその直後。突然の浮遊感で、僕の意識が現実へと引き戻されたのだ。
冷房を効かせた室内は適度に涼しく、真夏の今でも心地よく眠ることが出来る。こうして目が覚めるのは珍しいことだった。床につく前、スマートフォンで動画を見ていたのがいけなかったのだろうか。それとも紅茶を飲んだのが失敗だったか。
しかし原因が何であるにせよ、考えても意味が無いのは明らかだ。
さっさと寝直そう。ボンヤリとした頭でそんなことを考え、僕は半ば無意識的に寝返りを打つ。
刹那。経験の無い違和感に全身が強張った。
眠気が吹き飛ぶ。思考が一気に研ぎ澄まされる。何かが……いつもと違った。具体的に何かは分からない。けれどそれを無視することが不可能なほどには、強烈で異質な感覚だった。
これは……一体何だろう。
目を閉じたまま、僕は全神経を総動員する。
そのまましばらく考えを巡らせた後で、僕はようやく違和感の正体に辿り着いた。
身体が、軽いのだ。
「……え?」
あの浮遊感が、まだ消えていない。
それだけじゃない。服の重みも無かった。寝ぼけて脱いでしまったのだろうか? そう思ったが、すぐに有り得ないと結論を出す。僕はそこまで器用じゃないのだ。
極めつけは背中側。少なくとも感覚の上では、そこにある筈の微妙に固いベッドが忽然と消え失せていた。
まるで身体が宙に浮いているようだ。不安感に苛まれた僕はおそるおそる目を開けて、周囲の状況を把握しようとした。
見慣れた天井が見える。そのことに少しだけ安心して……すぐに、次なる違和感が僕を襲った。夜にしては、世界がやけに明るいのだ。いや、確かに室内は暗いのだが、目が慣れたとかいうレベルを越えて闇を見通せるようになっている。
僕は辺りを見回しつつ上半身を起こした。
いつもと変わらない部屋だった。というより、電気を消す前とまったく同じだ。テレビは微妙に斜めを向き、エアコンのリモコンは机の下に転がっている。ベッドだって、ほらここに……。
「う、ああああぁああ!?」
思わず悲鳴を上げ、仰け反る。
バッタのようにその場から飛び退き、反対側の壁にぶつかるまで後ずさる。
心臓が太鼓のように大きく脈打つ。鳥肌がぞわりと湧き上がる。背筋に冷たいものが走って、我が目を疑いたい気持ちで心は一杯になる。
とんでもないものを見てしまった。それも、二つ同時に。
一つは、半透明になった今の僕の身体。
そしてもう一つは……目を閉じて寝床に横たわる、他ならぬ僕自身の姿だった。
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