カットされたエピソード 進藤好道 「中免小僧」
このクラスで中免を持っているのは俺だけ。
男はバイクだろ。そう思うけど、このクラスにバイク好きはいない。
このクラスにって言うか、同世代にバイク好きって少ないのかも。俺が元の世界で乗っていたのは、スズキのGSX250だ。親戚のおじさんから破格の10万で譲ってもらった。
このGSX250は「KATANA」とも呼ばれる。本来は大型二輪なんだけど、限定版みたいな感じで出た250ccバージョン。それだからか、街中に停めてると、おっさん連中から声をかけられる。
「お、渋いな、ボク」
こんな声をかけられる。「渋いな」これがだいたいオッサン連中から言われる定番セリフだ。
バイク好きの俺だ。スキル名も中免小僧。
異世界にガソリンがないのは解っている。なら魔力で動くんじゃないかと思った。車輪が付いているのを動かす力だ。
しかし誤算。この世界に自転車みたいな物は無かった。とりあえず、木板の下に4つの車輪が付いてあるのを茂木たち工作班に作ってもらった。早い話がスケボーだ。
今日はみんなで決めた休日だった。朝食が済んだ後に、隠れ里の大通りにスケボーを持って出た。
乗ってみる。
「中免小僧!」
スケボーが動き出した。おお、いいじゃん!
「すげえな、進藤」
キングがそう言いながら横を歩いていった。うん。動くのはいいけど、遅いな。
早くなれ! 心で念じてみた。気持ち早くなった・・・・・・気がする。
「どうでい、俺の滑走板は」
茂木が来て言った。滑走板? ああ「スケートボード」を無理やり日本語にしたのか。あいかわらず、へんなやつ。
「スピードを出すコツがわかんないわ」
茂木が腕を組んで考えた。
「舵取り棒がいるってぇ話か」
舵取り棒? ああ、ハンドルか。もうホント、茂木の茂木弁は、ややこしいわ!
次の休日、また里の大通りでスケボーの練習をしていると、茂木が来た。
「蹴り板、作ってやったぜい!」
蹴り板? 茂木からわたされたのは、T字ハンドルの付いたスケボーだった。
蹴り板・・・・・・キックボードか!
キックボードに乗ってみる。
「中免小僧!」
T字のハンドルがブルブルッと震えた。おお、なんか懐かしい感触! エンジンがかかった時みたい。
キックボードがゆっくり進み始めた。
「加速装置を開けてみやがれい!」
か、加速装置? ・・・・・・アクセルのことか!
T字のハンドルは丸い棒だった。右手の握っている部分を回すと・・・・・・回る!
木工細工のように、右手の所だけ回る機能を付けたのか。回すとスピードがぐんと上がる。ああ、これ、染みついた「感覚」なんだろうな。「速く走れ!」って念じるより、ぐいっとスロットルを回すほうが気合いが入る。
しかし、これで楽になったぞ。おれは農業班にいるので移動が遠い。一番端の畑で作業したと思ったら、反対の端の果樹園に行かなきゃならなかったりする。
「ずるーい、進藤」
同じ農業班の毛利真凛が、俺の後ろにぴょん! と乗った。軽快に走っていたキックボードはカメのような遅さになった。
「降りろよ、毛利!」
「これ、二人乗りできないの?」
「無理!」
「だっさ」
毛利真凛はキックボートから降りた。ださいとは何だよ! 毛利は美術部なので、絵画やデザインが得意だ。なので「かわいい!」みたいな声を聞いた事は、あまりない。けっこう変わり者だ。
あんにゃろう、二人乗りできるようになっても、絶対乗せてやんない。
次の休みになった。俺はまたキックボードの練習だ。今日は後ろに岩を乗せて走ってみる。
ドクが「スキルは使えば使うほど進化する」と言っていた。ならば練習あるのみだ! 二人乗りできるようになって、同じ農業班のノロさんでも乗っけ、毛利真凛の前を走ってやる!
練習を始めると、案外と難しい。小さい岩ならなんとか。ちょっと大きくなると無理だな。
「おう!」
茂木が来た。
「いいもんが今日にもできるぜい!」
なんだろう? 茂木が工作班の倉庫に取りに来いと言う。
「夕方ごろにはできる。そのあたりに来るぜい!」
それから昼間はずっとキックボードの練習をした、空が赤くなりだしたので、工作班の倉庫に行った。そして、おどろいた。
「車、いや、馬車か!」
「おう。ちゃんと動くぜい」
車と馬車の中間のような造りだった。4つの車輪に荷台。その前に馬車のような操縦席がある。
乗ってみた。ハンドルを握る。
「中免小僧!」
ガタ・・・・・・ガタタタタタタ! 今までなかったような振動が車体に走った。
よし、スロットルをひね・・・・・・れない!
「茂木、スロットル動かねえぞ」
「べらんべい。俺様の作った車だぞい」
茂木はハンドルに近づくと、スロットルをくるくると回した。あれれ?
「よし、じゃあ、もういっぺんする。中免小僧!」
ガタガタっと車体が震え、俺はスロットルを力の限りひねった。でも、ビクともしない。
車体の重さか。さっきキックボードに乗せた岩の何十倍もあるだろう。これは無理か。
「わりぃ、茂木。せっかく作ってもらって」
「気にしないでいいぜい!」
茂木は威勢のいい声で言ったが、少し寂しげだ。そりゃあね、これ作るのにどれだけ時間がかかったんだろう。
「あっ! 手押し車がわりに使えるわ!」
「手押し車は前に作ったぜい」
「ああ、あれはあれで活用してる。ありがと」
農業班のために、茂木は手押し車を作ってくれた。ほんと、器用なやつ。
「あれ、一輪車だから、あんまり重い物を乗せると倒しちゃうんだ」
「なるほどねぃ。なら、存分につかってくれぃ」
「ありがと」
俺は車を押して工作班の倉庫を出た。ハンドルと荷台のふちに手を掛けて押してやると、動かない事はない。ただ、かなり重い。
えっちらおっちら押していると、近くの山すそに誰かいる。その山すそにはリンゴ畑を造っていた。リンゴの樹の下にいたのは、毛利真凛だ。
「毛利!」
こっちに気づいた。
「ちょっと手伝ってくれよ!」
「無理! 忙しいの!」
なんでリンゴの樹を見上げてるだけで忙しいんだよ!
俺はイライラしながらリンゴ畑へ上がって行った。
「なにしてんだよ」
「あのリンゴ」
毛利が指したのは、まだ熟してないリンゴだ。半分ほど赤い。
「まだ食えねえぞ」
「ちがうの。ちょうど半分だけ赤いでしょ。あれを取りたくて」
「だから、食えねえっつうの」
「食べない、絵をかくの!」
ああ、なるほど。半分だけ赤いリンゴの何がいんだか。俺は周りを見まわし、長い棒を見つけた。
「じゃあ、落とすか」
「だめよ! 落ちて凹んじゃう!」
じゃあ、どうすんだっての。って思ってたら・・・・・・
「毛利! あぶねえって!」
毛利は樹に登り始めた。
「よせって、枝折れたら落ちるぞ」
リンゴの樹は、それほど高くはないが低くくもない。毛利が乗っている一番下でも1.5mぐらいはある。
毛利は手を伸ばしたが、わずかに届かなかった。
「もうちょっと、なんだけどな」
もう一つ上の枝に足をかけた。
「おい、そこは細いって!」
俺が注意を言い終わる前に、枝がバキッ! と折れた。毛利が落ちる。
枝を登ろうとした時だったので、ストンと足から落ちた。運の良いやつめ。そう思ったら毛利は地面にふせて横になったまま、立ってこない。
「おい、毛利!」
毛利は足首を押さえて震えていた。
「ズボン、上げるぞ」
毛利の履いているズボンを上げ、靴下をさげようとした。
「ひっ!」
毛利が小さく悲鳴をあげた。
「わりい。ゆっくり脱がすから」
足首を動かさないように靴を脱がせ、靴下を取った。足首は広範囲に真っ青だ。これ、折れてるんじゃ・・・・・・
「おい、誰か呼んでくる。動くなよ!」
「いや! 一人にしないで!」
暗くなり始めていた。ここは里の端、それも山すそだ。女子が怖がるのはわかる気がする。
俺は毛利の横に行き、首の下に手を回し、反対の手はひざの下に入れた。お姫様抱っこのポーズだ。
立ち上がる。重い。毛利は女子が背の順で並んで後ろの方だ。ゆっくりゆっくりと斜面を下りた。
リンゴ畑の下にある道まで出ると、すでに俺の腕は限界に近かった。
「毛利、一回下ろすぞ」
毛利は目をぎゅっとつむり、歯を食いしばっていた。
「お前、痛いんだろ!」
お姫様抱っこでゆっさゆっさ揺られてきたんだ。足が折れてりゃ、そりゃ痛いぜ。
俺は視界の端に車を見た。近くの大通りまで押してきてある。
「毛利、車持ってくるから、待っとけよ!」
車まで走って戻った。運転席に座り、ハンドルを握る。
「中免小僧!」
車体が震えた。スロットルに力を入れる。動かない。両手で握って回した。
「ぐぬぬぬぬ・・・・・・」
俺は握力があるほうではない。なんでスキルや魔法で握力を使わなきゃいけないんだ。
・・・・・・いや、待てよ。魔法使いなんて、そもそも痩せ細った爺さんと相場が決まっている。腕力じゃなくて精神力なんじゃないか?
俺は助手席に座り直した。これは「KATANA」だ。スズキの名車。バイクにまたがる自分を想像する。
ハンドルを握った。左手にクラッチがあるはずだ。クラッチ。見えないクラッチをつかめた。クラッチを目一杯に握る。右のスロットル、ふかすぞ。
スロットルを勢いよく回した。ブオン! と排気音。そうだ「KATANA」の排気音だ。
半クラにして、スロットルをゆっくりひねる。動き出した。
大通りから小道に入り、毛利の近くで止めた。毛利をゆっくり抱えあげ、荷台に載せる。
「KATANA」のハンドルをにぎった。そう、これは「KATANA」なんだ。俺にはもう、銀色に輝く車体にしか見えない。
「毛利、つかまってろ!」
毛利がわずかにうなずいた。
「中免小僧!」
エンジンがかかった。俺は里の中央にある広場へとバイクを走らせる。
広場の近くになった。調理班が広場にテーブルを出し、夕食を並べ始めていた。
回復スキルを持った花森がいる。
「はなもり!」
花森がふり返った。
「来てくれ! 毛利の足が折れた!」
花森、それにみんなが駆けてくる。よし。よく走ったな。俺は自慢のバイクをねぎらうように、エンジンを切った。
エンジンを切った途端、目の前が真っ白になり、俺自身のエンジンも切れた。
目を覚ますと、広場近くの掘っ立て小屋にいた。これは茂木たちが雨の日用に作った小屋だ。
俺は大きなテーブルの上に寝かされていた。
「スキルの使いすぎだ」
誰の声かと思ったら、キングだった。
「俺、どのぐらい寝てた?」
「もう、夜中だ」
俺は身体を起こした。沼田睦美のライトスキルによる外灯で明るいが、そのほかは真っ暗だ。
「毛利は?」
「花森が回復をかけた。折れてないそうだ。花森の回復も効いて、もう歩いてる」
そうか。それは良かった。
「毛利が、お礼に車を塗っといてくれたぞ」
毛利のスキル「ポスターカラー」か。あれがあればバケツ一杯の水でも絵の具に変えれる。ありがたいな。木目では、やはりバイクの雰囲気は出ない。
「メシ、残してるぞ」
俺は首をふり、テーブルから降りた。
「感覚が残ってるうちに、もう一度、バイクに乗りたい」
「バイク? ああ、あの車か」
「車じゃない。バイクだ」
キングはうなずいた。
「ちょっと走ってくる」
俺は歩きだした。
「進藤」
キングの声にふり返る。
「どこに行く?」
俺は真夜中の空を見上げた。
「ピリオドの向こうへ」
キングは静かに笑い、そしてうなずいた。
「熱いな、進藤」
「ああ、バイクはいつだって熱い」
キングに背を向け、歩きだした。
俺のバイクは外灯の下で照らされていた。
立ち止まる。バイクを見て、震えが走った。
「なんで、ピンクやねーん!」
俺の絶叫は、夜深く寝静まった里に響いた。
「ピンク、かわいいよなー!」
キングが後ろに来ていた。
「毛利が銀色に塗ろうとするからよ、いや、みんなが使うからピンクだろ! って言ってやったんだ」
俺は密かに、キングこと有馬和樹を尊敬していた。だが今日は、生まれて初めての言葉が口をついて出た。
「殺すぞ! ボケキング」
明日、毛利に頼み込んで、塗り直してもらおう・・・・・・。
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