第25-5話 姫野美姫 「希望の光」

 しばらくすると、もう一つの脱出グループも戻ってきた。


かがりを焚きましょう」


 そう言ったのは、脱出グループを率いてきたカラササヤさんだった。


 里の大通りに大きな篝火かがりびを作る。工作班の茂木くんたちに頼むと、すぐに作ってくれた。


 茂木くんたちが作ったので、篝というよりキャンプファイヤーの形だった。それに火を点けてみると、カラササヤさんが言った意味がわかった。この里には沼田睦美ちゃんのスキルで灯す外灯はあるが、火を見ると気分が落ち着く。


 帰ってきた人たちも火を見ると、そこに向かって歩き出す。そして火に手をかざし、温もりを味わっていた。


 動くのが困難な怪我の人は、暖房小屋に入ってもらった。


 軽い怪我は広場で手当てをする。手当ては森の民の人が率先してやってくれた。やっぱり、こういう事に慣れている。


 わたしは各所を回り、要望を聞いて回った。この物資が必要と言われれば、倉庫に取りに行く。容態が悪くなった人がいれば、回復スキルの花ちゃんを呼んだ。


 里の中は人が増えたが、話し声は聞こえない。たまに傷の痛みでうめく声が聞こえる。それが余計に沈黙を重くした。


 キングがいないのが大きい。キングは自分では気づいていないが、ムードメーカーだ。


 かつて、わたしの両親が経営するスーパーの近くに大手の大型店ができたことがある。一ヶ月にわたり開店激安セールを行った。


 こっちのスーパーには人っ子一人、来なくなった。いくら農家直送の美味しいキュウリを仕入れても、1本1円でやられると負ける。


 資金繰りは急速に悪化し、パートのおばちゃんたちには辞めてもらうことになった。


「おれ、暇だし、手伝うよ」


 どこから聞きつけたか、キングが無料で手伝うと言う。正直、家族だけで回すのは限界だったので手伝ってもらった。


 レジや品出しは経験がいるので、店先の産直コーナーに立ってもらった。八百屋のようにワゴンを並べて野菜を売るコーナーだ。


「おばちゃん! 今日、めっちゃキュウリ旨いよ!」


 キング、通りを歩く主婦にガンガン声をかけちゃう。


「あー! そのピーマン、ちょっと古めな。半額にできないか店長に聞いてくるよ!」


 けっこう勝手にするので困ることもあったのだが、この「活気」というのは馬鹿にできない。


 おまけに、キングの姿を見たかつてのパートのおばちゃんたちが戻ってきた。


「私たちも手伝うから、姫野さん、がんばろう!」


 町内の主婦たちがボランティアで店を守った。その美談はTVに取り上げられ、店はV字回復した。


 TVでは救世主が主婦になっていたが、わたしと家族は知っている。救世主はキングだ。


 そう思うと、わたしはムードメーカーには絶対なれない。資質が違いすぎる。


 キャンプファイヤーの火を見つめながら、そんな事を考えていると後ろに人の気配がした。


 ふり返ってみると、カラササヤさんだ。


「キング殿からの連絡は?」


 わたしは首を振った。カラササヤさんは腕を組み、にらむように星空を見上げた。


 通話スキルの遠藤ももちゃんは里にいる。聞きにいこうかと一瞬考えたが、やめた。今は戦闘班の邪魔をしないほうがいい。


「助けに行きたいですか?」


 聞いてみた。カラササヤさんはキングをしたっている。行きたいと言うと思ったら、カラササヤさんのほうが首を振った。


「皆が不安で押しつぶされそうになっている。多少なりとも戦える者がいるほうが良いでしょう」


 その通りだった。今、この里にプリンスか、ジャムパパでもヴァゼル伯爵でもいい。誰かいれば、もっと落ち着いているだろう。やっぱり、軍師は士気に影響を与える人がするべきだ。


 不安が少しでもまぎれるよう、火を大きくしよう。キャンプファイヤーに追加のまきを取って帰る時だった。


「みんな、ただいまー!」


 大きな声が響いた。里の入り口を見る。キングだ! 走り出しそうになったが、わたしは薪を腕一杯に抱えている。


 歓声が上がり、里のみんなが駆けていく。


 キングの脱出グループは療養中や病人の人が多かったけど、その人たちも無事のようだ。


 キングは笑顔だ。その笑顔につられて、駆け寄ったみんなも笑顔になる。ほんと、ムードメーカーよねぇ。


 感心していると、ぶん! と何かがすごいスピードで横を通っていった。妖精さんと菩提樹さんだ。彼女たちにも「心配」という感情はあるのだろうか?


 わたしは、しげしげと抱えた薪を見た。なんだか、わたしだけ感動のタイミングを逸した気分。


『ヒメ?』


 急に遠藤ももちゃんから遠隔通話が入った。


「どうしたの?」

『ちょっと入り口の滝に行ってくれる? わたしも行くから』


 なんだろう? わたしはとりあえず薪をキャンプファイヤーの近くに置いた。


 大通りを帰ってくるキングたちには人が集まっている。それを避けて入り口に向かった。


 滝を出たところで、ももちゃんの用事がわかった。


 そこにいたのは、ハビスゲアルさんだった。ツルツル頭のひたいには包帯が巻かれ、血がにじんでいる。片方の腕も釣っていた。


 ・・・・・・そうか、バレたのは村ではなく、ハビスゲアルさんのほうだったのか。

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