第20話 門馬みな実 「ケルベロスとキャスパリーグ」

視点変わります。ミナミちゃんこと門馬みな実(もんばみなみ)

ほか今話登場人物(ニックネーム)

有馬和樹(キング)

根岸光平(コウ)

山田卓司(タク)

姫野美姫(ヒメちゃん)

関根瑠美子(ルミちゃん)

ジャムザウール(ジャムさん)

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 クーラー小屋に現れた精霊さん。


 ただ遊びに来たんじゃなくて、キングを呼びに来たのだった。


 この精霊さん、通話スキルを持つ遠藤ももちゃんの力を得て、思わぬパワーアップ。このあたり一帯の人間を察知できる能力がついた。何万年もの間に張り巡らした根っ子がどうとか、こうとか。


 難しいことはわかんないけど、男子は「菩提樹レーダー」と呼んでいる。


 この里のまわりには、めったに人は来ない。けど、たまに近くの森に迷い込む人もいる。普通の人なら、そのままほっとく。盗賊だったら、戦闘班の人が対応した。


 戦闘班にいるコウくんやタクくんは、初めの頃に比べ、雰囲気が変わった。こういう世界にいるのだから、仕方がないことだと思う。


 みんなで広場に戻ると、ヒメちゃんこと姫野美姫がすでにいた。


「コウくんを調査で送ったよ」

「わかった。菩提樹、どんな感じ?」

「南西の森に人間が四人、魔獣が二匹」

「魔獣? それなら操っているのは、あいつかもな」


 キングが「あいつ」と言ったのは、あたしらを召喚した魔法使い。


 前にサラマンダーが里に来たけど、その首に鉄の首輪があった。あのサラマンダーを放ったのも、その魔法使いだろうというのが、みんなの意見。まだ、あきらめずに、あたしらを探しているのか。


「ごついで、今回」


 いつのまにか、コウくんが帰っていた。


「やっぱ、ハゲ過ぎのジジイやった」

「ハビスゲアルね」

「そそ、ハゲ過ぎである」

「もう。それで連れてるのは?」

「三つの頭の犬」

「……ケルベロスか!」

「キング正解。わいらの世界で言うと、そいつやわ」


 ケルベロス、あたしでも知ってる。三つの頭をした犬。


「もう一匹も化け猫みたいなやつや」


 ヒメちゃんが、ほっと安心したように一息ついた。


「その系統なら、大丈夫かも」

「ほんまか? かなり大きかったで?」


 ヒメちゃんがうなずいた。


「ケルベロスはミナミちゃん、ついに来たね」


 あたしはうなずいた。


「化け猫はルミちゃんが、いけるかも」


 ルミちゃん? 関根せきね瑠美子るみこだ。彼女のスキル、なんだったっけ?


 キングとコウくん、それにジャムさんに護衛されながら里を出た。


 里の外で人に近寄る時、わざわざ回り込んで反対から近づくらしい。あたしらが住む「隠れ里」の方向が、バレないようにだってさ。


 森の中に馬車が二台。


 一台の荷台には、大きなおりが二つ。


「おい! ハゲ過ぎデアル!」


 ……キング、ぜったいわざとだ。


「吾輩は、ハビスゲアルだ!異世界の子らよ」

「どっちでもいいけど、何してんの?」

「知れたこと! お主らを捕まえに来た」


 キングはあきれた顔して腕を組んだ。


「もう、ほっといてくんない? おれら、何も悪いことしてないぞ?」

「なにを! 召喚祭から逃げ出しおって!」

「そこな、おれらって、脱走犯ってわけ? 捕まえたら賞金でもあんの?」

「賞金なぞ、あるものか! 帝国からすれば家畜が逃げだしたようなものよ」


 家畜。そういえば、あの闘技場の場内放送で「二十八匹!」と聞こえた。


「んじゃ、いいじゃん。ほっといてくれよ」

「いいものか! お主らの二度に渡る脱獄のせいで、吾輩は司教の末端に落とされたわ!」

「それ、何人いるの?」

「七十二人だ!」

「うひゃ、多いね。今何番?」

「七十二位ぞ!」

「どべじゃん」

「お主らのせいぞ!」


 キングは頭をかいた。


「それ言い出せば、お前のせいで、こっちのみんなは普通の生活が消えたんだけど」

「むぅ……」

「みんな別れの言葉も言えず、親と離れ離れだよ。なあ、じいちゃん、子供いないの?」


 ローブを着た老人の顔が曇った。


「これも大義たいぎのため。非難は冥府めいふで聞こう」


 老人が手を挙げると、お供の兵士が檻の鍵を開けた。ゆっくりと、二匹の獣が荷台から降りてくる。


 二匹の獣は、思ったより大きい。頭の高さは人間より高く、パクリと一口で頭が食べられてしまいそうだ。


「でかいで! これ、ほんまに女子二人はいけるんか?」

「姫野が大丈夫と言ってたから、まあ、大丈夫だろう」


 キングのヒメちゃんに対する信頼は厚い。


「キングとヒメがくっつきゃいいのに!」


 と、黒宮和夏は、よくいう。和夏ちゃん、嫉妬ないのかな?


 二匹の獣は老人の足元に伏せた。


「まずは、お前からいけ!」


 老人の命令で、三つ頭の犬、ケルベロスのほうが起き上がった。こっちにのっそり歩いてくる。


「あかん、下がれ」


 コウくんはそう言ったが、前に出た。


「門馬!」


 あたしの前に来た。前足を上げ、あたしを噛もうと口を開けた瞬間、叫んだ。


「おすわり!」


 ケルベロスが座る。頭を振って、もう一度立った。


「おすわり!」


 またケルベロスが座る。


「なにをやっておる、立たんか!」


 老人、激オコ。しかしケルベロスは、地面に伏せて縮こまってしまった。


「こんなスキルあるんかい!」

「すげえな。動物相手なら最強じゃね?」


 うしろで話をしている二人に言った。


「これ、犬にしか効かないの。サラマンダーにも言ってみたけど、さっぱりだった」

「なんでまた、こんなスキルなん?」

「あたしのウチ、犬が五匹いるから。毎日使う言葉はこれだったの」


 キングが妙に喜んでいる。


「いいな! これペットにできるかな?」

「おいキング、いらんやろ!」

「あ、そうか。エサ代かかりそうだもんな」

「そういう意味、ちゃうて!」


「キャスパリーグ、行け!」


 老人の声に化け猫のほうが飛び出した!


「ルミコ・プラチナム!」


 ルミちゃんが叫んだ。化け猫は「ギャン!」と鳴いて、空中で身をよじり、倒れた。


 起き上がった化け猫を見て、おどろいた。


「毛、毛が……」


 化け猫の毛がバッサバサに落ちていく。


 ツルッツルの身体になった猫は、飛ぶように森の奥に逃げて行った。


 あたしとキング、コウくんはポカンとそれを眺めていた。


「おっと、ぼけっとしてる場合じゃないか。どうだハゲスギ……」


 キングが振り返った時、ローブの老人は、すでに馬車を走らせていた。


「覚えておれー!」


 遠くから声が聞こえる。


「逃げ足、早っ!」

「じいさん、もう来んなよー!……聞こえてねえか」


 それより、あたしはルミちゃんに振り返った。


「ルミちゃん、さっきのって……」

「そう、私のスキル、脱毛なの」


 男子二人がおどろいている。


「うそやろ! わざわざスキルで!」

「だって! まだ完了してないのに、異世界に来ちゃったんだもん!」


 あたしはルミちゃんの手を取った。


「ルミちゃん! 神!」


 ルミちゃんがうなずく。


「明後日の五時半に予約、お願いします」

「初めての方は、初回はカウンセリングのみになりますが」

「パッチテストはできますか?」

「はい。カウンセリング時に希望があれば行います」

「では、お願いします」

「かしこまりました。明後日の五時半ですね」


「……なんやそれ!!」


 予約が取れて安心していると、キングがケルベロスに近づいた。


「粉・砕・拳!」


 ケルベロスの首輪が割れた。けどケルベロスは立たない。


「あっ! そうだった。おすわり解除!」


 ケルベロスは立ちがって、ブルブルっと身体を震わせた。解除を忘れてた。ケルベロスさん、ごめんなさい。


 どこかに逃げるのかと思ったら、あたしの足元に来て靴の匂いを嗅ぐ。


 里に連れて入ると面倒なので、入り口の洞窟にいてもらうようにした。言葉が伝わるか不安だったけど、洞窟に水を入れた皿を置くと、わかったみたいだ。


「これで、女版ダメンズ3にならなくて、良かったね!」


 ルミちゃんが笑った。その「女版ダメンズ3」とは、あたしにルミちゃん、そして和夏ちゃんだろう。でも、和夏ちゃんの顔は沈んでいる。クーラーのスキル、精霊さんでもできたからなあ。


 どうなぐさめようか? と思っていると、ヒメちゃんが来た。


「和夏ちゃん、ちょっと頼んでいい?」


 なんだろう? あたしもついて行く。場所は岩塩が取れる洞窟だった。


 採掘場所じゃなく、違う道を進むと、扉のある行き止まりに着いた。


 ヒメちゃんが扉を開ける。中は木の棚があって、何も入ってない。でも、棚は綺麗だし、灯りの石もあった。


「前に倉庫に使われてたみたいでね。あ、ちょっと待ってね」

「お待たせでござる!」


 ゲスオくんが来た。


「じゃあ、お願い」

「はいはい。お茶目な落書き! 零度を追加!」


 ゲスオくんはそう言って、和夏ちゃんの身体にふれた。


「和夏ちゃん、それでこの部屋にスキルかけて」

「あっ!」


 あたしは思わず声を出した。


「冷蔵庫!」


 ヒメちゃんがうなずく。


「和夏ちゃんしかできない。みんな喜ぶよ」

「ヒメー!」


 和夏ちゃんが泣きながら抱きついた。


 あ、そうだった。二人は小学校から同級生だっけ。


 和夏ちゃん、キングも大好きだけど、ヒメちゃんも大好きなのね。

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