第10-3話 花森千香 「壁の花」
夕方までかかり、村の死体の片付けが終わった。
友松さんの掃除スキルで死体を消す作戦は、失敗した。そこまで重いものは消せなかったみたい。たしかに、それができれば、お城だって消せれそう。
村には滞在せず、近くの森で夜を過ごす。そのまま村にいると、盗賊の仲間が来るかもしれないらしい。
私は、途中で倒れたゲスオくんに付き添っていた。高熱が出ている。骨折したのに走り回るからだ、とキングが言ってた。
村から持ってきた木桶で水をくみ、濡らした布をひたいにかける。本人の希望を尊重して、回復スキルはかけない。
まさか異世界で、治療拒否されたドクターの気持ちがわかるとは。
思えば「治療」を担当するというは、それだけ大変な場面に出会う。そこまで考えてなかった。回復魔法ができたらチヤホヤされそう、そんな打算もあった。
だって、このクラスは男子もすごいけど、女子もすごい人が多い。姫野さんも美人だけど、ほかにも芸能事務所に所属している美人だっている。それに比べ「花森千香」の「花」はウォール・フラワーだ。
壁の花は誰も気づかない。
「まーだ寝てるか」
その姫野さんがやって来た。一緒に「ドク」こと坂城秀くんもいる。
「なんで弱いのに、一緒に行くかな」
姫野さんが怒っている。
寝ているゲスオくんに代わって、ドクくんが答えた。
「それは、今日がキングの初戦闘だから」
「あっ、そう言われればそうかも。親友として心配ってやつ?」
「うーん、残るのが嫌なんじゃないかな。二人とは常に対等でいるために」
二人と? おどろいたのは私だけなく、姫野さんもだ。
「二人ってキングとプリンス? うわっ、無謀!」
「あの二人と張り合うからね。けっこう変わり者だよ」
「変わり者ってより、命がけじゃん! あっ、花ちゃん、これ、起きたら飲ませてくれる?」
陶器のカップにはお湯が入っていて、何かの草がひたしてある。
「これ、なに?」
「解熱効果のある薬草。ドクの鑑定で探してきた」
薬草! そんなこと、考えもしなかった。私は、朝にのんびり花を眺めていたぐらいだ。
「ごめんなさい、そういうの私の分担なのに」
「えっ? あっ! 花ちゃん花屋だった。植物の知識は豊富だ」
姫野さんが空中を下からスワイプした。そこに、何かを書き込んでいるような動作をする。気になってたので、聞いてみた。
「姫野さん、それってスキル?」
「うん。スプレッドシート」
「スプレッドシート?」
「表計算するやつ」
「うわっ、表計算なんだ。僕、メモ帳かと思ってた」
ドクくんがおどろいている。
「僕って天才とか言われるけど、こういうのが本当の天才だよね。まさか表計算を異世界に持ってくるなんて」
「だって、ゲスオがスキルは最も得意なものか、一番使う物にしろっていうから」
そうだ。あの時、ゲスオくんは、みんなを回りながら、そんなことをコッソリささやいていた。私は何も思いつかなくて、よくある回復魔法にした。でも、その時も「傷を癒やす」ではなく「癒やす」だけのほうがいいと言ったのもゲスオくんだ。
「僕が思うクラスの天才は姫野さん、ゲスオ、プリンス、渡辺くんとかだよ」
幻影のスキルを持つ渡辺裕翔くんか。たしかに頭の中で精密な映像を作るってすごい。
「うげっ。ゲスオは違うわ。それに、わたしは仕事で一番使うのが表計算ってだけよ」
「あ、そっか。姫野さんって、家がヒメノスーパーだ」
「そそ。弱小スーパーね。仕入れの数とか利益率とか、表計算ないと仕事になんないの」
「前にTV出てたよ。現代に生き残る個人商店とかって」
「んー、まあ、なんとか個性出してやってるけど、もう無理じゃないかなぁ」
この歳で商売まで手伝ってるなんて、やっぱり姫野さんもすごい。
「私、ぜんぜんだなぁ……」
二人の会話を聞いていて、思わずつぶやいた。
「ん? 花森さんは天才ってタイプじゃなくて、名人ってほうでしょ?」
ドクくんの言葉に首をひねった。
「だって、僕らの教室前の花壇だけ、やたらと花が綺麗で。なかなか、あそこまで咲かせられないよ?」
「ええっ? 知ってたの!」
一階にある教室の前には花壇がある。普通は学校側がするのだが、お願いして私が管理させてもらっている。誰も知らないと思っていた。
「花ちゃん、知ってるもなにも、クラスの全体写真、あそこで撮ったじゃん」
ああっ! なんで、よりによってここだろうと思った!
……みんな知ってたのね
「むふぅ。じいさんは、あそこでチカタンが土いじりするのを、草葉の陰から眺めるのが好きでのぅ」
「それストーカーだから。っつうかゲスオ、起きたんなら薬草飲め!」
ウォール・フラワー、壁の花。うわぁ、孤独ぶった自分が恥ずかしくなってきた。恥ずかしいやら嬉しいやらで、涙も出てくる。
「……チカちゃん、泣いてるとこ悪いが、ゲスオがパンツをガン見してるわ」
はっ! 寝ているゲスオくんの頭の横に正座してたんだ。
「わあ! 見ないでください!」
思わず叩いたら目に当たってしまった。
「ああっ! ごめんなさい!」
「目がぁ! 目がぁ!」
「大げさに痛がるな!」
姫野さんが怒った。
「わ、私、回復かけましょうか?」
「ことわる!」
「どんだけ煩悩大事なの! ある意味すごいわ!」
ドクくんは、そんな二人のやりとりをあきれた顔で見た。
「……すべてにツッコム、姫野さんもすごいよ」
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