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「僕の負けだ。規定に従ってあやまちを認めようじゃないかアルトくん。強さは必ずしも正しさに結び付かず、そして不要なマウンティングも行ってはならないと」


 アウラに戻った折、カーリグルが改めて言った。


 場にはアッシュとメルもいる。彼女たちも交えての話し合いとなりそうだ。


「意外とあっさり認めるんだな。もっと難航するものかと思っていたよ」


「無駄口は叩かないさ。何故なら君は僕よりも強い。だから君は僕よりも正しいということだし、敗者が足掻くなんてみっともない。そうだろ?」


 カーリグルがまばたきを寄こしてきた。……生涯で最もいらないアプローチだ。できるものなら今しがた受け取ったウィンクをゴミ箱に捨てたい。


「いや……その考えは根本的な解決にはなっていないんじゃないか?」


「根本的な……というとどうだろうか。僕にはよく分からないのだけれど」


「だってカーリグルが俺の言うことを聞くのって、俺の方が強いからだろ? それじゃあ根っことしては変わってないっていうかさ。お前は自分よりも弱い奴に対してはどう思ってるんだ」


 俺の疑問に、カーリグルが微笑する。


「そんなの決まってるじゃないか。――ゴミだよ。美しい者を除いてはね」


「キメ顔で言うな。俺はそれがダメだと言ってるんだよ」


「はて……どうしてだい? 強者と弱者じゃあ強者の方が偉いはずだよ」


 真顔で言うカーリグルは本心から言っているんだろう。これはやっぱり難航しそうだ。


「よく考えてくれよアルトくん。強者はいつだって正しいんだ。だって正しく無かったら弱いはずだろ? 強いということはね、それだけ正しいと言うことなんだよ」


「カーリグルの意見はあくまでレベリングや装備の話じゃないか。強いからって何をしてもいいわけじゃないだろ。たとえば不必要な罵倒ばとうとかさ」


 彼は首を横に振った。


「いや決して不必要ではないよ。時には必要な場合だってあるだろう」


「他人への中傷がか?」


「もちろんだとも。たとえばそうだね――相手を見下すことで僕がスッキリする」


 こいつはダメだ。俺にはまともな説得が無理だと思った。


「よぉし分かった! ならばこうしよう。この街にはかつてお前と同じくらいのマウント野郎がいた。今は改心してるけど……彼と一緒に冒険することで、学べることもあるだろう。しばらくの間、カーリグルにはそいつと組んでもらう」


「君が言うなら従うが……その〝彼〟というのは?」


 こんなこともあろうかと一声かけておいてよかった。俺は個人チャットで元マウントおじさん――もとい即落ち二コマおじさんを呼び寄せた。


 冒険者ダグニア、Lv33のファイターだ。まだ一次転職すら終えていない。


「紹介するよ、彼がこの街で最も高Lvの冒険者ダグニア。これからは常識がつくまで、彼と一緒に活動してくれ」


「れ、Lv33だと!? しかもまだ転職すら済んでいないゴミ中のゴミ――こんな奴に僕が従わなきゃいけないなんて冗談だろ!?」


 驚くカーリグルの肩にダグニアが腕を回す。


「おうおうゴミとは言ってくれるじゃねえか。確かにてめえは昔の俺に似てる。教育のしがいがありそうだぜ!」


「だ、誰が君なんかと……なあアルトくん、もうちょっといい案はあるだろ? せめて僕よりも高Lvの冒険者にして欲しいんだが……」


 カーリグルは露骨に嫌そうにしている。だけど嫌がってるならむしろ効果が期待できる。自分がされたら嫌なことは相手にもしない。マウントプレイヤーにはこの常識を学ばせる必要があるからな。何より彼は、ようだし。


「きっとひと月もすれば人格者になれるだろう。ダグニア、遠慮えんりょはいらない。お前が考える冒険者の極意をカーリグルに叩き込んでやってくれ」


「そんな――待ってくれよアルトくん、僕は!」


「ダメだ、言い出しっぺはお前なんだぞ。ここは大人しく従ってくれ」


「ぐ……ぐぐぐぐぐ……」


 カーリグルがまだ反論したそうにしていたが、やがては悄然しょうぜんと肩を落とした。彼の理念である〝強い奴が正義〟には抗えなかったのだろう。


 そうして彼はダグニアに連行されていった。210Lvの冒険者が今さら駆け出し冒険者の街でクエストなんて、馬鹿らしい。だけどあれで初心に戻ることができるはずだ。


「どうして彼と組ませたの? 別にここじゃなくたって他にも街はあるわよ」


 コトハが聞いた。


「ああいうタイプは周りが見えてないからな。今は強くなったからって、弱かった頃を忘れているんだ。カーリグルも誰かに助けられて、地道に努力してきたはず。その頃を思い出せばマウンティング癖もなくなるんじゃないかなって」


「確かにここなら初心者向けのクエストが多いものね。いくらLvが高くても採集クエストだと関係ないし、良心を取り戻せるかもしれないわね」


「そういうことだ」


 話がひと段落ついたところで、二人の少女が駆け寄ってきた。


「あのねお兄さん……もしかしてLvや装備で張り合っちゃうのって悪いことなのかな」


 アッシュが言った。


「張り合うことは悪くないさ。競争心が高まるからな。だけど一方的に見下すような言い方はやめよう。お互いの仲が悪くなるだけだ」


「じゃあさ、意見が割れた時はどうすればいいの? たとえばレベリングだったりクエストのやり方だったり。正解はひとつしかないよね」


 今度はメルが声を上げた。


「意見が二つ出たならどっちもやればいいと思うぞ」


「そ、それだと間違った方もやることになると思うんだけど……」


「仮に間違ったやり方をしたとして、それが何か問題なのか」


『……え?』


 メルとアッシュは呆然とした。返す言葉もなく瞬きしている。


「初めから正解を求めるからいけないんだよ。何が正解か分からない、じゃあやるしかないだろ? そうやって知識ってついてくるもんだしさ。その前に言い合っていても始まらない」


「言われてみればその通りかも……さすがはお兄さんですね!」


「間違えてもいいなんて全然思いつかなかった! えっとね、アッシュ――その、今までごめん、無理に張り合っちゃって」


「だいじょうぶ、わたしだって言い返しちゃってたしお互いさま! これからも二人で頑張っていこうね!」


 彼女たちは手を取り合ってすっかり仲直りしている。もう心配ないようだし、後は二人に任せよう。何より、女の子同士の間に男が割って入ったら刑事罰ものだ。


 これでマイアさんの依頼も完了。俺たちはしばらくレベリングに専念できるだろう。次の都市に入るために早くLv200を目指さないと。

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