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 連戦に続く連戦が終わり、ようやく都市戦の二日目が幕を閉じる。


 トーナメントに勝ち残った四人の冒険者は最終日にグループ優勝者を決め、その後に各グループの代表者と真の優勝者を決める。


 よって戦いはまだまだこれからであり、とても気を抜けるような状況ではない。なのに、


「アルトくんとコトハくんをみんなでお祝いするのだ。見たまえよリズくん、こんなこともあろうかとクラッカーを購入していたのだ。ふふふ……」


「フィイはかしこいんだね! でもリズだって負けないもん。おにいちゃんとおねえちゃんのためにいっぱいジュースを買ってんだから。ほら、産地特産のバルドコーラ!」


「ククク……二人は我を差し置いていったい何を話しておるのだ。この漆黒しっこくに満ちたポーションを見よ。これは世界に災厄さいやくもたらす魔道具のひとつ。かの忌々いまいましき魔道具で勝利を祝うのだ……」


 フィイ、リズ、ペルの三バカ少女はすっかりお祝いムード。パーティーでも始めるんじゃないかってくらいギルドハウスをフラッグやらバルーンやらで装飾している。


 食卓のテーブルにはでっかいケーキ、ローストチキン、ビーフ、ポテト、ピザなどなど、あらゆる料理がところ狭しと並んでいる。


 彼女たちも冒険者なので、それなりに持ち合わせがあり自前で出してくれたものなのだろうが、うーん、これははしゃいでいいものなのかどうか。


 隣で苦笑いしているコトハも微妙な心境であることがまざまざとうかがえた。


 これはもうしょうがないと、ソファーに座って彼女たちの騒ぎを眺めていると、隣にコトハが座ってきた。そっと手を重ねてくる。


「さっきはありがとう、アドバイスしてくれて。おかげでわたしも勝ち上がることができたから」


 いつになく静かな語調ごちょうで切り出した彼女は、わずかに目尻の垂れ下がった慎ましい微笑を寄こしてくる。


「えっと……実力通りってことでいいんじゃないかな。余計な口出しだったかもしれないし……俺が何も言わなくてもコトハはたぶん勝ってたと思う?」


 いつもとは違う気色きしょくの彼女に当てられて、ふと言葉を詰まらせてしまう。


 そんな俺を見てはさらに頬を緩めるコトハ。


「スライムも倒せないLv1だったわたしがここまで強くなれたなんて、昔のわたしが見たら絶対にびっくりしちゃう。――本当にありがとうね、育ててくれて」


 これまでのことを振り返りながらじっと見つめてくる彼女はどこか彼女らしくない。


 やけに熱っぽい視線もそうだ。気恥ずかしくて思わず視線を逸らしてしまう。


「レベリングを手伝ったことは認める。だけど努力は間違いなくコトハ自身がしたことだ。百回以上もダウンして、それでもめげずに戦い続けた。その結果が今だ。だから俺が育てたんじゃない、お前が勝手に育ったんだよ」


 なんて柄にもなく俺も真面目な切り返しをする。


 コトハはムッと口を結わえて顔を近づけてきた。


「わたし知ってるもん」


「なにがだ?」


「結局、全部アルトのおかげだって」


「それはどう考えても言い過ぎだ」


「言い過ぎじゃない、本当のこと」


 真っ向から反論してくるコトハは一歩も引く気がないらしい。


 しかし「そうだな」と相槌あいづちを打っても彼女は「むむむ」とうなるばかりで。どう答えて欲しいのかいまいち釈然しゃくぜんとしない。


「わたしね……本気なの。アルトには本当に……ありがとうって思ってるんだから」


「それは……どうも?」


 肯定こうていしたのにコトハの視線はますます鋭さを帯びる。


 困った。どう返事をすればいいのだろう。


「ふーん、そうね。アルトが分からないって言うのならわたしにも考えがあるんだから」


「考えって?」


「それは――」


 言葉を切ってコトハはさらに距離を縮めてくる。


 肩は密着し、顔は吐息がかかるくらいに近い。風邪でも引いたんじゃないかってくらい、耳まで真っ赤に染めている。


「お、おい!」


 何のつもりだ。そう訴える間もなくコトハは少しずつ迫ってくる。


 繋いだ手からは強い震えが伝わった。彼女が極度に緊張していることが分かる。


 それでも決心したかのようにぎゅっと固く握り締めると、目を閉じたまま――


『わああああああああぁぁぁ!!』


 とその時。頭上から雪崩なだれを打って押し寄せてきたのは三人のロリっども。


「ほらおにいちゃん、はやく食べないとせっかくの料理が冷めちゃうよ」


「このチキンはとっても美味しいのだ、だから急いでこっちにくるのだ」


「ククク……無慈悲なる晩餐ばんさんを始めようではないか、死霊しりょうどもの血肉が冷えきらぬうちにな……」


 なんて言いながらもみくちゃにされて、コトハと無理やり距離を取られる。


「うううううううぅぅぅ……」


 一方でコトハはぷるぷると身震いし、恨めしそうに俺を睨んでいた。


「どうしたんだ、コトハも早くこいよ。せっかくの料理が冷めるぞ」


「分かってる、分かってるわよ! ……うううううぅぅ!!」


 理不尽に俺へと怒鳴る彼女は、すっかりいつもの調子らしい。この分なら放っておいても問題はないだろう。まだ何か言いたそうに、じっとこちらを見つめてはいたが。

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