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「お疲れさま、すごく接戦だったわね!」


 観客席に戻ると、コトハに満面の笑みで出迎えられる。


「さすがはアルトくんなのだ、こうもあっさりとTOP4に残ってしまうとは」


 フィイが満足そうに頷いていると


「だってわたしのおにいちゃんだもん。負けるわけないよね」


 リズが横合いから口を挟む。


「ククク……我らがギルドマスターに敗北はあり得ない。必ずやこのまま優勝まで突き進むことだろう……」


 そして邪気眼ポーズを決めているペル。


 こうもギルメン総出で祝ってもらえると素直に嬉しい。スキルポイントを消費してでも勝ってよかったと思う。無くなったポイントは……またレベリングして溜めよう。


「やあやあ見事な活躍だったなアルトくん。特に終盤は手に汗握る駆け引きだった」


 気さくな声調トーンで話しかけてきたのは騎士団長のメルクトリ。この人は、毎回俺の試合を見ているのだろうか。もはや熱狂的なファンボーイである。


「ありがとうございます。今日も……そのサボりで?」


「おうとも。何が悲しくてモンスターも攻めてこん南の監視場を見張らねばなるまいのだ。なによりこの三日間はせっかくのお祭り。勤勉に務める必要はなかろうよ」


「はあ……左様で」


 俺の呆れた返事も意にかいさず、メルクトリはガハハと磊落らいらくに笑い飛ばす。


「それでアルトくんは全てのスキルポイントを消費したのか?」


「ええ? そりゃあまあ勿体ないですけど勝ちたいですし。気になりますか」


「そりゃあ気になるとも。何せ君は優勝候補の冒険者だ。まだ見せていない手の内がひとつかふたつはあるのだろう? いったいどんなスキルを選択したのか。楽しみで仕方ない」


 期待してくれているのは嬉しいが、次の対戦相手を見ると俺は憂鬱ゆううつになるばかりだ。


「優勝候補だなんてそんな。次はモンクの転職先ティファレトが相手ですよ。正直言って勝てるかどうか」


「モンク……己の五体のみで戦う接近戦を得意とするジョブか。アルトくんはそれに対抗し得るだけのスキルがないと?」


「ないことはないんですけど、脅威には違いありません。上手いモンクにはほとんど隙がありませんから」


「君がそこまで言うとは、何とも気になるではないか。どれ、残りのスキルを俺に教えてくれてもいいんだが」


「はは……それは本番まで楽しみにしておいてください」


「そうもったいぶるでない。なに、心配せずとも他の冒険者には明かさんよ」


 やけに食い下がるメルクトリは、どこか胡散うさんくさい。なぜそこまで俺のスキルツリーを見たがるのか。


 あいにくこちらは、押されると引きたくなる性分しょうぶん。なおのこと見せたくない。


「――まあ良い、明日には分かることだ。何れにせよアルトくんには奮闘していただきたいものだな。できれば死力しりょくを尽くしてくれることを願うよ」


 俺のガードの堅さを察したのか、ほどなくしてメルクトリは去っていった。


 彼は……もう少し真面目に働いて欲しい。そろそろパーシヴァルにしょっぴかれてもおかしくないのではないか。


「珍しいわね、そこまでアルトが弱気だなんて。モンクっていうと体術だけで戦うジョブよね? そんなに危険な相手なのかしら」


 コトハがさっきの話について触れた。


「危険かどうかはまあ……アレを見れば分かる。下でティファレト対ガンブレイドの試合がやってるだろ。アレをコトハはどう思うか」


「アレって……」


 決闘場を見下ろすと、そこには絶賛タイマン中の冒険者たちの姿が。


 一方は体術に長けたティファレト。もう一方は銃と剣のミックススキルを扱うガンブレイド。リーチ差から見て、後者が有利に攻撃できるはずなのだが。


「何よあれ、身のこなしが人間じゃないっていうか……化け物じゃない」


 ティファレトは迫りくるなまりの雨を疾走のみでくぐり、敵のふところへと至る。


 振り降ろされた直剣にも見てから反応、半身をらした直後に敵へと叩き込んだのは固く握りしめた縦拳たてけん


 打撃によって吹き飛んだ相手はノックバック状態にあり、身動きが取れない。


 そこからはもう拳法家の独壇場どくだんじょうだ。反転の余地も与えない猛撃によってゴリゴリとHPを削り取る。


 まさに格ゲーの鮮やかなコンボを魅せられているようだ。


「とまああんな感じで、モンクはかなりすばしっこい相手だ。何しろ武器が己の五体、あれ以上、機動力に優れたジョブはないだろう。対人でもかなり強い部類に入る」


「強いのは分かったけど、でも……勝ってよね」


「今は俺より自分のことを心配しろ。あの分だとすぐ決着するだろうし、そうなると次はコトハの出番だ。マジシャン系列のジョブ、クロノ――状態異常スキルを使ってくるから気を付けた方がいい」


「もう、ヒントなんて要らないのに……でもありがとう、注意するわ」


 コトハはねたように頬の片側を膨らませている。


 確かに余計なお世話だったかもしれない。彼女にとってここは自分の実力を試す初めての公式戦。俺の手は極力借りたくないのだろう。


 でもそう分かった上で、コトハに勝ちあがってきて欲しいという思いもある。……上手くやってくれるといいんだけど。


「……」


 出番が近づいたコトハは、すっかり集中モードに入っている。無言のままスキルツリーを開いているが、何か習得するつもりなのだろうか。


「スキルポイントを余らせたまま負けるような男じゃない――そうよね、冒険者はそうじゃなくっちゃ」


 前戦、俺が口にしたセリフを嬉しそうに噛みしめながら、コトハはスキルポイントを割り振っていく。


 彼女も負けず嫌いな性分であることは知っている。今さら〝勿体ないからやめろ〟といえるほど、俺もできた人間ではない。


 本気で臨む彼女が上手くいくかどうかは、この後のお楽しみということにしておこう。

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