092
「――で、二人は楽しそうに何をやってるの」
俺たちが業績〝釣り名人〟を獲得したところで、自力で二十匹釣り上げたコトハがやってきた。
非常にむすっとした顔つきをしている。
「何って手伝いだよ。フィイが運動神経良くないのは知ってるだろ。放っておくのは悪いと思ってさ。業績もあることだし」
「なんだ、そういう理由なのね。それならまあ……分かるけど……」
分かると言いつつ、コトハの顔色は暗い。何が不満なんだろう。
「とりあえず今日はこの辺にしておこう。もう辺りも暗くなってきたし」
「いやよ」
「……は? いま何て?」
「わたしまだ業績終わってないもん。あと一匹釣らないと〝釣り名人〟手に入らないし」
「お前、さっき二十匹目釣ったばっかじゃ……」
「まだ釣ってない、あと一匹足りてないの!」
本当か嘘かは置いておいて、とても不機嫌そうなので言及しないでおこう。触らぬ神に何とやらだ。
「じゃあさっさと釣ってきたらどうだ。コトハならすぐだろ」
「えーっと……わたし運動神経良くないから……手伝って欲しいなーって」
「……?」
恥じらいも露わに、コトハは両の人差し指をつんつんさせている。
これってギャグだよな。さっきまで
「ねえ、手伝ってよ」
沈黙していると、コトハがずいと顔を近づけてくる。……膨れっ面だ。
「分かったよ。だけどあと一匹釣ったら帰るからな」
「――うん!」
フィイから離れて、コトハの背に回って竿を握る。今度はフィイがむすっとした顔になったのだが、もう知らんよ。理由を考えるのも
「これでいいか」
「うーん、もうちょっと近寄って」
「こうか? だいぶ密着してる気がするけど」
「いいのこれで。ふふん、やっと集中できるわ」
「集中ねえ……」
ほぼ俺が抱き着いているみたいな形になっているのはいかがなものか。公衆の面前とあって、やや気後れする。俺、次々と少女に抱き着く変態みたいに思われてないよな?
「なるほど、釣りが上手いとああやって美少女を抱けるんだな。いいご身分だ」
「きっとそのうちカムイさんだって……」
「俺にはまだまだ遠い道のりだよ。ああ、羨ましい」
隣から、明らかに誤解のある野次が聞こえてくる。カムイとその付き人か。こいつらまだいたのかよ。いやむしろ日中よりも冒険者の数が増えているような――。
「ねえアルト、なんだかすごくでっかい影が見えるんだけど……あれって……」
「……ああ、そう言えば十八時を回ると
「出るって、え、なにが?」
「それはな……この湖の主だよ」
「ぬ、主!? そんなの出るなんてわたし聞いてない――」
とその時、ぐんっと
こいつは合わせるのが全魚種中トップクラスに難しいのだが、初見にも関わらず速攻で反応したコトハが恐ろしい。お前、やっぱり俺の手伝いなんて不要だろ。
「フィイ、お前もこっちにきてくれ! こいつはパーティーで釣り上げるとみんなで業績が獲得できる!」
「われは筋力1で何の助けにもならないと思うのだ。あやかってもいいのだろうか」
「そんなことは構わない、だから早く!」
「う、うむ、それなら……」
ぎゅむ、とフィイが抱き着いてきた。背中から圧倒的な弾力を感じる。
彼女は俺の後ろから手を伸ばし――いやきみ、竿まで手届いてないけど。俺の腕を掴んではいるが、これは加勢扱いとみなされるのか? いや分からん。未知の領域だ。
「あいつらまさか主まで釣り上げてみせるのか!?」
「これは伝説が誕生するかもしれねえな」
「美少女に板挟みされるとか、マジかよ……」
そしてヒートアップする周囲からの声援。最後に聞こえた声はカムイだな。あいつ涼しい顔して意外と欲望に塗れてやがる。
「これはきたわ! 絶対に……釣り上げてやるんだからああぁぁ!!」
完璧なタイミングでコトハが竿を引き上げる。その直後、
『おぉ……』
派手な水しぶきをあげて空中に舞い上がる大魚、ソードフィッシュ。鱗やらヒレやらが刃物並みに鋭利である魚は、全長20mオーバーの巨体を誇る。
さすがはコトハだ、俺が指示しなくても一人でやれるなんて。
……いやていうか、馬鹿みたいにデカイあの魚、空から降ってきてるんですけど。明らかに落下地点はこっちなんですけど。このままじゃ俺たちやばいんですけど!?
『あああああああああああああぁぁ!!!!』
どすん。落下してきた湖の主によって俺たちは下敷きにされた。
〝新たな業績を獲得しました バルド湖の覇者〟
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