073


「なんだかそれだけ聞くと、装備を強化する利点がないように思うんだけど、メリットはあるの?」


 コトハが男に冷たい視線を向けて言った。


  内心、あり得ないと思っているのが透けて見える。


「大いにあるぞ。たとえば谷底のリングは未強化だと〝防御力+1% 貫通力+1%〟だけど、最大値の+10まで強化すれば〝防御力+10% 貫通力+10%〟になる。序盤のIDにしちゃあかなり破格の性能だし、終盤のIDでも通用する」


「通りで需要が絶えないわけだわ。アイテムを壊す人がいるから、供給が不足するのね」


「まあな。とは言えいずれはお前も通る道だぞ? アイテムの強化とエンチャントは、冒険者ならやって当然のイベントだからな」


「……え?」


 コトハはまるで信じられないものでも見たかのような目を向けてくる。


 なんだその眼差しは。そのうちお前もやるんだぞ。


「ちょっと、なに、嘘でしょ? わたしも武器も壊さなくちゃいけないの?」


「初めから負け覚悟で挑むな。勝つつもりで強化しないと、一生武器ができないぞ」


「いやよそんなの、自分の装備を壊すなんて、それならわたし+0のままでいいから!」


「ちなみに武器の強化値はかなり重要で、+5からでも倍以上の火力差がつく。それでもやらないっていうのなら話は別だが」


「う、ううううぅぅっ……」


 情けない声を出して涙目になるコトハ。少しいじめすぎただろうか。


「とは言っても、今は強化する必要がない。ここに立ち寄ったのは装備の更新が目当てだからな」


 オークション画面に戻って、目当ての品を購入していく。


 ミスリルソード、ミスリルロングボウ、ロイヤルレザー防具一式。


 装備はここらへんの地域よりも、もっと後の方で入手できる強い代物だが、どれも供給過多だったみたいで、価格は絶賛大暴落中。そのおかげでコトハとフィイの防具を買っても、全部で3mもかからなかった。


 そりゃあレアアイテムでもなければこうなるよな。


「ねえアルト、ちょっとこの防具ダサすぎない? わたしこんなの着たくないんだけど」


 と言いながら、彼女は俺から渡されたロイヤルレザー防具を着込んでいる。


 ……突っ込み待ちか?


「いちおうそれなりの等級ではあるんだけど、気に入らないか?」


「だってなんかカビてるみたいな色合いだし、質感も最悪だわ」


「カビてるって……まあいいや、それじゃあオプションから〝防具を非表示〟に設定してみろ。見た目が私服だけになるから、ファッション重視ならオススメだ」


「わ、こんな機能があるのね、最高じゃない。これならどんなにダサイ防具でも平気ね」


 そばにいるフィイもいつのまにやら防具を着ては非表示にしている。


 かくいう俺も、レザー装備のダサさは気になるため設定を適用した。


「これで下準備は完了っと。ようやくコロシアムにいけそうだな」


「それにしても盲点だったわ。まさかこんな簡単に装備が手に入るなんて。てっきりショップに行って買うものかと思っていたんだけど」


 コトハはあっさりと一式揃った装備を見て、嬉しいような悲しいような複雑な表情をしている。


「慣れていないとそういうムーブをするだろうな。だけど大抵ショップは品揃えが悪いし、異様に高い値段で設定されていることが多い。オークションはみんなが出品するからな、品揃えも段違いだし、溢れていたら安く買い叩ける」


「やっぱりアルトは何でも知っているのね。お手軽に装備を手に入れて、レベリングの準備も万全ってわけ」


「そうっちゃそうだけど、今回のコロシアムはかなりの格上狩りとなる。油断はできないからそのつもりでな」


「分かってるわよ。デスペナルティのことよね……ああはなりたくないわ」


 昨日のアルクたちを思い出したのか、コトハは身震いしていた。


「――そろそろ行こうかと思うんだけど、フィイは何をしているんだ?」


 オークションを眺めているのかと思いきや、彼女はヘルプ集に見入っている。


 画面には〝エンチャントとは〟との表示が。フィイはどうもまだやっていない機能に興味があるようだった。

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