043


 フィイの指さす先、崖道がけみちの上にはセクタ峡谷きょうこう特有のモンスターが跋扈ばっこしていた。


 全身が砂で構築されたサンドゴーレムや、直剣を携えた骸骨スケルトン、高いHP回復リジェネを持ったゾンビスライム。それらモンスターはLvが51-70と、格下であることを考慮すれば、さほど脅威とは呼べないが……。


「う、ううぅ……」


 予想と違いなく、コトハは崖に沿った細道を見ては恐怖に身体を強張らせていた。


「今度はモンスターがいることだ。おぶってやることはできないぞ」


「し、知ってるわよ……大丈夫、モンスターがいなくても、わたしは冒険者、勇猛果敢ゆうもうかかんな冒険者さまよ! これくらい……どうってこと、ないんだから」


 呂律ろれつが回っていないけど、一応、自力で行く気力はあるらしい。


 しかしこの状態で戦わせてもあんまり意味がないな。コトハは足元に気を取られて、モンスターに集中できないだろう。IDの手前ということもあり、下手にHPを削られてほしくもないし――。


「いっけぇ、マジックボルト!!」


 突如とつじょ、俺たちの後方から簡素なスキル名が鳴り響く。直後に空をはしった魔力弾まりょくだんの数は四つ。そのすべてがモンスターたちを捉えては、討ち滅ぼす。


「メテオウェーブ!」


「アローレイン!」


 そして追撃に、衝撃波やら降り注ぐ弓矢やらが放たれて、モンスターたちはあっという間に全滅。後ろのがひと仕事してくれたようだ。


「……」


 長弓を構えたリーダーらしき風貌ふうぼうの男は、何を言うでもなく氷のように冷たい眼差しでこちらを凝視している。


 俺たちの後にやって来た彼らもまた冒険者なんだろう。数は四人で職業はマジシャン2、ファイター1、アーチャー1と、悪くない編成だ。やや後衛が多い気もするが、モンスターたちを容易に一掃してのけたあたり、そこそこな手練れと見える。


「倒してくれてありがとう、おかげで道中が楽になった」


 長弓の男に感謝を伝える。すると彼は鼻で笑ってから、


「こんな雑魚相手に立ち止まってるんじゃあ、行くだけ無駄だ。お前たちはここで引き返すんだな。たかが70Lvの冒険者三人で〝谷底〟を周れるわけがねえ。ほら、邪魔だよ。さっさとどいてろ」


 と乱暴な語調ごちょういた。他の冒険者たちも忌々いまいましげな視線を寄こしては、崖道をくだっていく。


 俺たちが立ち往生していたせいで迷惑していたんだろう。これは悪いことをした。


「なによあいつら、見下すような言い方をして」


「酷い言いぐさだったのだ。われもあまりこころよくない」


 コトハとフィイは怒り心頭な様子で、去る彼らの背中を仏頂面ぶっちょうづらで眺めていた。


「いいんだ、迷惑をかけてしまったことは事実だし、ああいう反応も理解できる。それより俺たちも早く行こう。モンスターが再びポップする前に通った方が合理的だ」


 これには二人も同意見なのか、特に口を挟むことはしなかった。というのもモンスターがいる道中に、別のパーティーを先に行かせるうまみを、彼女たちはすぐに理解した。


 俺たちが歩む道は、モンスターが倒された後の安全地帯。あの口ぶりだと奴らもIDが目的のようだし、俺たちは最初から最後までくつろいでいられるというわけだ。


 もちろん、このような手段は寄生プレイの一種であり、あまり好ましいとは言えない。


「あとでポーションなどの消費アイテムでも渡しておくか。それで貸し借りはゼロ……にしてくれるとありがたいけど」


 ちらりと、俺たちを一瞥いちべつしてきた長弓男と目が合う。その視線の鋭さは尋常じんじょうではなく、おおよそ大きな誤解が生じているのだと分かった。


 別に俺たちは、寄生先を探すために立ち止まってたわけじゃないんだけどな。


 何はともあれ二つのパーティーは〝谷底〟へと到着。コトハとフィイは初めて目にするID転送用の魔法陣を前に、瞳をきらきらと煌めかせていた。

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