023


「すまないアルトくん――努力はしてみたものの、交渉はうまくいかなったよ」


 戻って来たフィイが開口一番に悲報を報せた。


「あの様子じゃあな。フィイが謝るような事じゃないさ」


「そう言ってくれると助かる。彼――ハイデ神父は悪人というわけではないのだが、いかんせん状況が状況だけに、やや錯乱さくらんぎみなのだよ。

 なにせわれらが敬愛する女神さま、その象徴である女神像が破壊されてしまったのだからね。外から来た者に対して偏見へんけんを持ってしまってるんだ」


「それは分かるけど……いつ転職できるのやら。これじゃあ本当にのんびり観光する羽目になっちゃうな」


 ハイデと呼ばれた神父は、仏頂面ぶっちょうづらのまま受け付けに立って、にらみを利かせている。新規登録しにくる冒険者たちをすべて追い払う算段なのだろう。


「事情は分かったけど、だったらわたしたちはいつになったら転職できるわけ。ていうかここじゃ転職できないの?」


 急き立てるような口調でコトハが言った。


「それはできない。転職という冒険者を強化する異能は、神様だからこそなせるわざだ。適切な場所で女神像に祈りを捧げなければならない。

 そのためにはやはり二階に上がらねばならないのだが、この状況では困難を極める」


「だったら他に手段はないか考えてちょうだい、いつまでもここにいるわけにはいかないもの。……アルトはたぶん、早く進みたいんだろうし」


 思いあぐねるフィイにコトハがしぶとく食らいつく。


「どうしてもと言うのなら、それはやはりハイデ神父をどうにかして頷かせるしかないと思う。彼はここで最も高い権力を持っているからね」


「つまり説得すればいいってことね、それだったら話が早いわ」


 突然、自信満々な笑みを浮かべるコトハには嫌な予感しかしなかった。


「おい、今から何をする気だ?」


「いいから、ここはわたしに任せて!」


 えっへんと平坦な胸を張っているコトハは、十中八九ろくでもないことを考えているのだろう。残念なことにその予兆は的中した。


「ちょっとあんた、さっさとわたしたちをギルドに登録しなさいよ。じゃないと転職ができないじゃないの!」


「誰だね君は。随分と高圧的な態度だが、私を誰だと思って――」


「わたし? わたしはアルトと同じパーティーのコトハよ。いずれ世界で最強の名を手にする冒険者のひとり。そんなわたしたちが、いつまでもこんなところで時間を潰すなんて、とんだ損害だわ。だから一刻も早くわたしたちを転職させて欲しいの。言ってること分かるわよね?」


 突っ込む隙も与えずに、怒涛どとうの早口で息を巻くコトハ。言葉を失って立ち尽くすハイデ。


 かつて見たこともないであろう傍若無人ぼうじゃくぶじんの冒険者には、信徒しんとを導く神父でさえも、頭を悩ませているようだった。


「君は少々、礼儀というものをわきまえていないようだね。先ほどから見ていたが、焦っているような素振りもいぶかしい。本当は人の振りをしたモンスターではないのか?」


「何を馬鹿なこと言ってるの、わたしはちゃんとした人間、いいえ冒険者よ!」


「それが怪しいと言っているんだ。だいたい君は口の利き方が――」


 そして世界で最も無駄であろう言い合いが始まった。二人はあーでもない、こうでもないと持論を押し付け合っている。


 頼む女神様、どうかその藍色髪を導いてくれ……。


「はあ、しょうがないな」


 このまま続けていても迷える羊は永遠に迷ったままだろう。いやそれどころか羊が二匹に増えてしまうかもしれない。ここはアレを使うとするか。確かここの聖書の内容は――。

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