第38話 ナフとラウラ、朝陽とクロン
それじゃあ手はず通りに。巨大な門をくぐってクロムベルの街に入った後、リームはそう言い残してすたすたと雑踏の中に消えていってしまった。
しかし、俺は今リームがさっさと離脱したことより、街の雰囲気に完全に呑まれていた。
「すっ、すげえなこの街……」
彼女には角と翼があって街の中じゃ目立つんじゃないかと思ったけど、さすがは異世界の巨大な街と言うべきか。
大量の人に混じって鳥の頭をした鳥人が焼き鳥を食べ歩きしていたり、夏服のように薄い衣服を着たガイコツが眉を潜ませながら露店のアクセサリを眺めたりしている。
他にはジャラジャラと大量の宝石を付けたラミアみたいな女の人が人の波をかき分けるように道を進んでいたり、額に角を生やした小鬼らしき子供が複数人で追いかけっこをしていたり……なんというかカオスである。
これだけ人に混じって別種族が街にいるのなら、角と翼を生やした竜族であるリームが道を歩いたところで、「あっ、きれいなお姉さん」ぐらいにしか思われないんだろうな。
魔王という存在はこの世界ではほとんど君臨していなかったそうだし、人間とモンスターが共生する街とかもう俺にとっては平和になった後のゲームの世界のようだ。いや、まぁそもそもゲームの世界のようなものなんだけど。
想像以上の光景にぼーっとしていた俺の肩をナフがトントンと叩いて、意識を引き戻してくれた。
「先程話しましたけども、クロムベルはユズガルディ王国外からも人々が来るのでかなり多種多様な人種・モンスター種にありふれています。まだここは入り口なので、中心街へ行けばもっと多くの種族が見られますよ」
「お、おう。でもまずはナフの家や馬車を出迎えるはずの人達を見つけないとな。場所はわかるのか?」
「ええ、自慢ではないですけど、けっこう大きな家ですし」
僕に許された部屋は小さいですけどね。そう小さい声で付け加えたナフの顔は少し暗かった。
「あれだけ並んで走っていた馬車を出迎えるんですから、きっといっぱい迎えに来ていた人がいるでしょうねぇ。あっ、あそこにいる金髪の人、ナフ君と同じような目の色をしていると思いますよ!」
「いや、目の色って……よくここから見えるなクロン」
ドジっ子な一面もあるクロンの言うことだし半信半疑で向こうを見てみれば、そびえたつ壁の下にはスーツ姿やメイド服姿の団体が並んでいた。
確かにその中にはリボンでまとめられた長い金髪で、白い服姿の少女がいる。胸元にはきらりと光を反射する宝石が飾られていて、目はナフと同じ桜色……なのか? 俺の視力だとわからない。
「俺達が乗っていた馬車、貴族の人達が乗っているみたいだったし、その迎えかな……? 近くに行って聞いてみないとわからないかな」
「いや、あれは確かに僕の姉さんです。ラウラ姉さんだ」
ちょっと弾んだ声でナフがその人物を確かめる。見慣れた顔や佇まいは遠くからでもわかるというし、あれがナフの姉さんで間違いないようだ。
しかし、その直後に嬉しそうだった顔が曇る。
「父さんと母さんもいますね……アレス兄さんが帰ってくるのだし、当然か」
父親や母親とは仲が良くないのだったか。いや、他の兄妹と差別して扱うような最悪と言っていい人間関係だ。
アレスは平民を下に見るような人だったし、もしかすると父親や母親も同様な考えをしているのかもしれない。
それが正解だからできれば会わないようと言うように、ナフは振り向いてぺこりと頭を下げた。
「皆さん、見送りはここまでで大丈夫です。その……ありがとう、ございました。こんな僕と仲良くしてくれて」
「いいんですよナフ君! 私もナフ君とお話しできて楽しかったし、勝負して悔し……嬉しかったです!」
「なあ、ナフ。いいのか? その、俺にできることだったら家族関係のこととか相談に……」
「いいんです! やめてください! いいんですよ朝陽さん……」
「だけど……」
「本当にやめてください! これは僕の家の問題ですから大丈夫です。自分で解決します。またお会いできればいいですね」
何かを決意したように、されど寂しく笑うナフ。踵を返す彼に、俺は一言だけ送った。
「俺でよければ、いつでも助けになるから」
こくりと彼は小さく頷いてくれた。
そして今一度振り向いてお礼した彼は、トランクケースを大事に手に下げ、向こうで待つ家族の下に今度こそ行ってしまった。
馬車と一緒に帰郷せず、突然声を掛けられたことに驚いたラウラという姉がナフの肩を叩いたのが分かった。でも、ナフは暴力を受けたようなものではなく困ったような笑いをしている。
だけど、後ろに立つ父母の顔はどこか重苦しそうなものだった。
「ナフ……」
自分で解決すると言ったのだから、ナフは一人の力で解決するつもりなのだろう。俺も他人の家の事情には首を突っ込みづらい。クロムベルの内情もほとんど知らないし。
「強く拒絶されてしまったし、こればかりはナフから助けを求める声が来た時、かな……」
もう今の俺達が彼にしてあげられることは無いと、しこりを残しながらも俺とクロンはその場を後にするのだった。
――――
あまりに人が多すぎて離れそうになってしまうため、俺達は手をつなぎながら比較的人通りが少ない路地に入った。少々、いや大分周りの目が気になったけどしょうがない。
ちなみに手を先に握ってきたのはクロンの方だ。「えへへー、ご主人様と手つなぎー」なんて調子に乗ってだ。不安事項が抜けてくると彼女の可愛さが急上昇してくるのは何なのだろうか?
「で、次は宿探しだな。宿泊施設が集まっているのは西の方だっけ? 看板とかないのかな」
「宿ならお任せくださいご主人様! 私は何度か来たことがあるので道案内できますよ!」
俺の前に立って両手を腰に当て、ムフーッと息を吐いてドヤ顔をするクロン。尻尾は楽し気にふりふりと左右に揺れている。
おいなんだこの可愛い生き物。ポンコツ具合が隠せていないけど、それを踏まえてでも頭をなでなでしたくなる可愛さだ。……だんだん俺、彼女の可愛さとスキンシップで染まっていっていないか?
「そうだな。じゃあ道案内頼むよ」
「どーんとドラゴンに乗ったつもりでいてください!」
そして歩くこと数分……
そして歩くこと十分……
そして歩くこと数十分……
「…………あれぇ?」
「クロン、さっきもここ通ったよな? おいちょっと待て、まさかさぁ」
「ごっごごご、ごめんなさいぃぃ」
どう見ても周囲は歓楽街や宿泊施設が集まる場所には思えない。観光客が来るという場所より、不良やチンピラが集まってくるような路地に入り込んでしまった。
レンガや木や鉄の入り混じったクロムベルというジャングルに俺達は放り出されてしまったのだ。
クロンはやはり、可愛くてもポンコツだった……。
「リームゥウウウ! 助けてくださああい! びえええええん!」
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